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石川啄木の「ふるさとの歌」について
中学の教科書に 「馬鈴薯のうす紫の花に降る 雨を思へり 都の雨に」 という石川啄木の短歌がでてきました。 父にそれを解釈してもらったところ、 下記の様なものになりました。 時代背景も有り、大多数の人間が馬鈴薯の花を見た体験もあり、 決して恵まれた環境ではない都会に出て雨に打たれたときに この詩を見たときに、自分の体験と重ね合わせると言う事が 技術としての短歌だとしたらいわゆる「つかみ」が上手だという ただこれだけなんですか?下敷き山藤章二の俳句の手練を思う。
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何を質問されているのかよく分からないのですが、このうたの鑑賞を試みたいということでしょうか。 >「馬鈴薯のうす紫の花に降る 雨を思へり 都の雨に」 まず、馬鈴薯(じゃがいも)は、啄木の当時でも、すでに日本全国に出回っていたかも知れませんが、その「花」を見たことのある人というのは、あまりいなかったはずです。仮に、「黄金の稲の穂の……」だったら、一応、日本人の多くの人が見て知っていたでしょう。しかし、馬鈴薯の花は、特殊なものです。それは、馬鈴薯を栽培している地域の人か、それに関連する人しか知らないでしょう。 だから、このうたの最初「馬鈴薯のうす紫の花」と読むと、「馬鈴薯」はともかく、「うす紫の花」はロマンティックで美しいと思います。それが馬鈴薯の花だとすると、珍しさもあって、異郷趣味的な美しさもあるでしょう。 しかし、うたを読むと、明らかに、「馬鈴薯の花」と「都会」が対比的に出されています。馬鈴薯は、北海道か東北でしか栽培していないはずですが、それを知らなくとも、多くの人は、どこか異郷・田舎に咲く馬鈴薯のうす紫の花と、「都会」が対比されているということは分かります。 「馬鈴薯」が何となくやぼったいですが、反対にこれが、土着の世界、田舎の郷愁、都会に対比された、「重みとしての感慨」を読み手に伝えるのです。どういう感慨かというと、「都会」に対比される、おそらく「田舎の故郷」への「郷愁」です。都会に住んでいて、雨が降るのを見て、あるいは経験して、ふと思い起こすのが、「馬鈴薯のうす紫の花に降っていた故郷の雨」であるというのです。 これは、「美しく哀しみのある郷愁のうた」です。啄木の人生を知らなくとも、そういううたに読めますし、「悲しみのある郷愁の美しさ」が伝わって来ます。馬鈴薯の花を実際に知っている人に向けて書いているのか、知らない人に向けて書いているのか、知りませんし、どうでもよいのですが、少なくとも、圧倒的に多くの人は、見たことがないはずです。そのことは啄木も知っていたはずです。 馬鈴薯という、どこかやぼったい物象と、うす紫の花というロマンティックで美しい物象の対比、そして、田舎である故郷に降る雨と、都会に降る雨の対比、この時、非常に美しく切なく、ロマンティックに、都会に住んで感じた故郷への「郷愁」の思いがうたに結晶化されていると云えるでしょう。 参考URLに少し背景が記されていますが、そういう背景を知らなくとも、十分美しい、哀切な郷愁のうたです。
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- chukanshi
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starfloraさんの名回答がすでにでていますが。私の受ける俳句からの感じを 説明申し上げたいとおもいます。技巧的な面です。 歌の前半の、 馬鈴薯のうす紫の花に降る 雨を。。 までは、どんなイメージでしょう。 畑いっぱいに広がった馬鈴薯の花。薄紫の花。そのに雨が降っている。 そういう情景が頭に浮かびますよね。大変田園的です。 ところが、 思えり。。 ときたところで、聴いているほうはあれ?っと思うわけです。 空想かな?と思います。 いわゆる「破」です。 そして、 都の雨に ときて、一気にそうか、ここは都なんだ。とわかり、 さっきの牧歌的田園風景から、いっきに都会の 泥まみれの馬鈴薯の花が思い浮かび、 聴いているほうもそのギャップにビックリするわけです。 啄木は、故郷への思い、都会にいる辛さをこのような、 前半と後半のギャップの大きさによって表現しようと したと思われます。 そこが、技巧の鑑賞のしどころでしょう。
お礼
よくわかりました。 ありがとうございました。
お礼
丁寧に説明して頂いてありがとうございました。