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必死こいて二浪、その結果不本意な大学しか・・・
私は私大文系志望、数学選択者です。 一年目の浪人の時、宅浪をしました。がんばったツモリでしたが、偏差値はあまり伸びず、どこにも合格せずに働こうかと思ったのですが、ある出来事をキッカケに二浪を決意し、大手予備校に入りました。 携帯解約し、ゲームを全て売り、四月から文字通り一日も休まず。一日も早く帰らず遅刻せず、なおかつ独断的な勉強観に陥らないため助言を進んで仰ぎ、何度もテキスト・問題集を繰り返し、完璧な一年を送りました。そして、当然偏差値もついてきました。 数学以外は・・・ そして今受験が終わって合格通知は専修大学しかきていません。A判定でていた明治・中央・成蹊も落ちました。もう親はすごい剣幕で「もうお前に選択の自由はない」と迫ってきます。しかし、私は「人生の大事な節目は一切妥協しないで生きてみたら、どうなるんだろう」という気持ちを強く持っています。しかし当たり前ですがいつまでも親のスネかじって浪人なんて無職をやってられません。来年は新聞奨学金で三浪しようとおもいます。たしかにキツいですが、やり通す自信は大有りです。将来は高校教師か予備校講師になりたいとおもいます。それに予備校で出会った師により早稲田の教授のすばらしい方々の話を聞き、真面目に大学で学びたいと思います、早稲田大学で。すばらしい教授や学生たちに感化され、もっと自分を高めて生きたいです。つまり、早稲田ブランドだけで早稲田を目指すのとは少し違うんです。 以上、動機・精神面的にはしっかりあると思うのですが、いまいち踏み込めません。僕は専修大学行ったほうのがいいのでしょうか?それとも三浪して早稲田を目指すべきでしょうか。(三浪して受かる保障はないのですが・・・)どうも親と自分との意見しか耳に入らず、もっと広く客観的な意見を取り入れるべきだと思いました。みなさん、よろしくおねがいします。
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- haruka96
- ベストアンサー率58% (25/43)
>早稲田ブランドだけで早稲田を目指すのとは少し違うんです。 これを読んで、もう一年頑張ってみられたらどうかな、と思いました。確かに周囲からのプレッシャーもご自身の心労も大変ではあるでしょうけれど、明確にその大学で学びたい理由があるからには、あきらめる意味が不明瞭です。私もとある大学に対して「入りたい理由」を持っていましたが、学んでいる期間はもちろんのこと卒業してからも、「受けたこと・受かったこと・学んだこと・卒業したこと」すべてに誇りを持っています。 「妥協」という選択も、人生ではかなり大切なことだと思います。その時は「妥協」でも、その後の自分の進み方、選択、頑張り、与えられた運、などによって「妥協」してよかった、くらいに思えることも多いからです。要は「『妥協』した、と後悔する人生にはしないぞ」という心意気のようなもの次第でいくらでも人生はよくなります。だから、ここで専修大学を選ばれてもまったく問題ないと思うのですが、最初に書いたような理由から、今年はまだ粘ってみられてもよいかもしれない、と思ったのです。 親御さんの言い分もごもっともで、私は素晴らしいなと思いますよ。子供の意見を尊重して二浪も許してくださったわけですよね。だけどどこまでも放任というわけでもなく、「『もうお前に選択の自由はない』と迫」る厳しさも併せ持っていらして。心中、どれだけお辛いだろうかと思います。 親のスネをかじって……それも「今は」と心の中で前置きして、見事合格したあかつきには少しずつご恩返ししていきましょう。 三浪で難関突破の経験者も世の中にはたくさんいらっしゃいます。そういう方たちの体験談や勉強法に真摯に耳を傾けることも大切です。メソッドもですが、なによりヤル気につながるので。 Keep trying a little longer!
- NIHSNAH
- ベストアンサー率14% (11/76)
僕は一浪の時、自分では考えられくらいの三流大学に行きました。二浪までは考えてなかったので・・・・ 授業はは余裕でついた行けたので、特待生奨学金をもらいバイトの時間を極力すくなくして、ボランティアやいろんな活動に参加しました。 確かに、学閥はありますが大学時代に知り合った友人・お世話になったかたのおかげでバリバリと仕事に遊びにやっています。 何処の大学じゃなく、4年間を何をするかが大事ではないでしょか? 人からの話しだけでなく、直接会って早稲田大学の教授と会って貴方が討論したんであればいいんですが、第三者にはブランドにこだわってるとしか見受けられません 世の中にはすばらし人はたくさんいてます。 何故、このような人がこんなところでと不思議な事が多いものです。
お礼
そうですね。僕も実は偏差値50以下の高校でして、大学行く人なんかクラスで数名のような学校でした。だから予備校なんて腐ったところ、現代っ子の集大成ここに極まり!かと思ってました。しかし、腐ってる生徒もいましたが、まぎれもなく多くの人に、とくに講師達に大きな影響をあたえられました。これを妥協とか負けかとか考えず、専修大学、これを生かしきる、そして自己を学歴などに縛られない人間に育てて生きたいです。夢を夢のままで終わらすのではなく、決意にかえるためにも。
お礼
haruka96さんが二つの意見を書いてくれてありがたく思います。今でもまだ迷っていますし、決定は自分がするものだとも思います。専修大学という世間の相対的なブランドが不満、立地条件が不満なども少しあります。しかし、大学を目指す理由は上に述べたとおりです。反面、僕には財産というべき親友がいます。彼らはほぼ全員就職してるのですが、彼らが三浪を理解できずに自分の元から去っていったらと考えると怖いです。いろいろな心労が形になっていくことで生まれる利害などを考えてみようと思います。