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喪中と年賀状の疑問
- 喪中の期間は一定期間とされていますが、具体的な決め手はなく、個別の家庭や地域によって異なるようです。
- 喪中につき年賀状を控えるとしても、送る側から出すことには問題はないようです。
- 喪中の期間に関しては、それぞれの家庭や個人の感じ方がありますが、喪中の喪を引きずる必要はなく、元気に明るく過ごすことも大切です。
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(1)本来、仏教には「喪中」という考えはありません。 「神道」で、人の死を「けがれ」と考えていますが、明治以後戦前に「神棚」が強制されたので、そのしきたりがスタンダードに思われているだけです。(明治政府の「忌服令」では「親」の服喪が13ヶ月(「数え」ですから、1月に葬式を出した人は翌年の1月まで) 浄土真宗やキリスト教みたいに、なくなった方は阿弥陀さまやイエスさまのもとにいらっしゃる、という考え方では、喪に服するということはありません。 (2)元々は、「けがれた人が年始回りにいったらけがれを広めることになるから(相手のおうちに神棚があります)家でおとなしくしてなさい、という意味だったのが、 年始挨拶の変わりに「〒」で挨拶する、という習慣がうまれ、それにのっかったのが「喪中につき…」葉書でけがれが拡散するのなら、喪中葉書でも同じだろうと思いますが、まあ、本人がどう思うか、ということに尽きるでしょうね。 (3)私は、いままで「喪中葉書」を出した事はありません。なくなった親の遺志を継いでがんばります、という決意表明をこめた挨拶のほうがよほど心がこもっています。 形式的に「喪中葉書」だけ出して、正月をお笑い番組見ながら過ごす人たちって、けっこう多いんでしょうね。何が喪中なんだ・・・?
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#2さんの推奨アドレス拝見。具体例としての「喪中につき年末年始のご挨拶ご遠慮申し上げます」についての疑問。 「ご遠慮申し上げる」が正しい日本語であるとして、年末の「今年もお世話になった」方への礼状や歳暮も授受できなくなりますね。 自分の死亡が原因で、愛する自分の子供たちが上記欠礼を強要されて苦悶する。故人は成仏できるでしょうか。 天寿をまっとうし、天国への道すがら、故人はそれを知り、理不尽、悪習と嘆くのではないでしょうか。 私は愚息に「習慣に囚われずお前の判断でやれ」と遺言したいですが、ドリーム様は如何お考えでしょうか
お礼
コメントありがとうございます。 私ははっきり申しまして、(父は既に亡くなっていますが)今後自分の近親者が年末直前に亡くならない限り、平然と年賀状も出すと思います。その方が亡くなった方もよほど喜ばれていると信じています。
- surasui
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私は、昨年に母を亡くしました。葬式が、12月25日だったので、喪中はがきをだすのも、かえって迷惑かと思い、毎年だしている方や年賀状を頂いた方には、年が明けてから、寒中見舞いをだしました。 また、喪中はがきをもらった時も、年賀状は遠慮して、親しい人には、寒中見舞いを出すことにしています。
お礼
メッセージありがとうございました。 そうなのですか・・・12月25日ではどうすることもできませんよね。 そういう場合は、まさに喪に服するということでしょうね。 早く元気になられてください。
- fitto
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(1) 一般的には一周忌までを喪中と考えているようです。 仏教のしきたり?で一周忌を含め、喪中にはいろいろな法要や行事?があります。 (2) マナー違反です。 http://www.houjinet.com/manner4.html 私の場合、年賀状を送ってきた相手に腹が立ちました。 (3) 明るく振る舞ったり、元気だぞー宣言は、他の日にやればいいです。 正月や法事・行事など特別な日は故人を偲んだ方がいいのではないでしょうか。
お礼
ありがとうございました。 なるほど、これが一般的な「マナー」なんですね。 でもその一方でマナーって一体何なんだろうとも考えてしまいます。 時代に伴いどんどん変わっていく部分と、あくまで固執しようとする部分。 まあ、マナーではありませんが、結婚式を大安に挙げようというのも、何の意味もない(少なくともキリスト教徒や無宗教者には)ことを何の意味もなくこだわる人も多いですよね。 私にはこの故人の偲び方も、いろいろあるように思えてなりません。 でもとにかく普通の日本人のマナーは理解しました。ありがとうございました
回答ではなく私見を。 (2)どうも印刷屋さんの文案集から選んだような葉書が多すぎますよね。 中には葬儀の際「天寿」を配ったにも拘らず「喪中、、」なんて変なものもありますね。 (3)同感です。 (他)数年来「賀状書きは正月休み」と決めています。「初日の出見られず残念、、」「年末の大雪で清められた正月、、、」等拙文でも好評ですよ。 私お世辞をまともに受ける年寄です。
お礼
コメントありがとうございます。 少なくとも私と同じような考えをお持ちの方がいて少し安心?嬉しく思いました。 何か正しいのか、昔からの慣習が正しいのか、時代とともに変わりゆく部分もあるでしょうし・・・ 微妙な部分もあるのでしょうね。
お礼
メッセージありがとうございました。 目からウロコでした。 結婚式や、葬式だけでなく「喪中」までもが宗教に関わることだったというのは私にとっては盲点でした。 (3)については、全く同感です。 私はこれからも生きていく人の方が大切だと思います。これは何も亡くなられた方を軽く見ているわけではなく、そのことでいつまでも残された人が良くない方にひきずられることがよくない、と思うのです。