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高校野球の指導者
プロ経験者が高校野球の監督をするにはどのような手続きが必要でしょうか? また、練習生であってもプロの扱いをされるのでしょうか?
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こんにちは そうですね 1さんの仰るとおり、教職が必要となりますけどね。 しかし、実際の話を聞くとプロ出身で高校野球の監督になると非常に苦心するケースが多いと聞きます。 以下長文ですが(すいません) 私が知っているのは阿井投手(元ヤクルト)の話ですね。 阿井さんは、1985年頃(若松監督が現役の頃)に今で言うセットアッパーとしてヤクルトの屋台骨を支え、130試合中60試合登板で120イニング投げていたという事が続き、肩を壊して千葉ロッテに移籍。その後はヤクルト時代の球の切れは復帰せずにロッテを退団しました。 しかし、阿井さん自体「高校野球の指導者になりたい」そして「学力をつけたい」(東京農大二高から直接プロに入ったため)こともあり、その会社には下記の条件をつけて、入社したらしいです。 ・夜間大学に行きたいので17:00退社の了承 ・教員の採用が決まったら退職の了承 この条件のもと、当時住んでいた埼玉県志木市の自宅から池袋の会社まで朝は通勤して、仕事をこなし17:00になると日大の文理2部(だったと思う)に通学し、志木の自宅への帰宅は23:00を廻るのは通常だったと述べていた。 その後、プロアマの緩和がされ茨城県にある新設私立校の社会科教員として採用されたが、当初理事長の回答は「野球部を作らない」との回答だったけど、本人は満足していた。 それから数ヶ月経ったら、阿井英二郎の名前が知れ渡ったことから何故か野球部を作ることとなり、阿井はそこの野球部監督になり、初出場でいきなり茨城県大会でベスト8の記録を残した。 そうなると学校側も当初は「野球部を作らない」と言っていた理事長の考えが180度変わり、強豪高にせよという通達が出されたのだが、中々勝てないことに気付いた。つまり初年度は典型的な“ビギナーズラック”だったのだ。 阿井がやっていた頃の練習方法と現代ではの隔世のギャップがあり、阿井自身社会科の教師で立っている時の“阿井先生”とグラウンドに立つ“野球人阿井監督”ではグラウンドに立つと自制心が利かなくなる(=良い言葉でいえば青春してしまう)事によって、自身が部員に高いものを要求してしまう事を自覚しており、その事に苦しんでいたとも言っていました。 また同時に学校の理事長も硬式野球部の強さで生徒募集の宣伝を企んでいるにも関わらず、一向に強くならない「阿井野球部」に業を煮やしその学校での監督・教員を解任し、新しい監督を迎えたらしい。 その後、阿井英二郎は別の高校で野球部監督をするつもりだと答えていたが、多分なっているであろう。 この内容はネットか朝日新聞に掲載されていたと思うけど、この様に プロ出身=必勝=生徒募集のツール と大人のロジックで考えるのであれば、プロ・アマの融合(特に高校野球の指導)はどうかと思う。 同じようなプロからの指導者では盗塁王を獲得した大野久氏(取手ニ高・東洋大・日産・阪神・ダイエー・中日)も東洋大牛久の倫理教諭として野球部の監督をしていると聞きますね。 さて練習生に関しては、プロの扱いは受けないと聞きますけど、どうなんでしょうか? 過去には西武伊東監督や元阪神の中込投手なんかが練習生からプロ入りした例がありますが(実際は球団職員の扱いですが)、その時は無かったと思いますけど… 長々すみませんでした。
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- mitsuruw
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現状では教職に着かなければむりだと思います。 選手登録されてなければプロ選手にはならないのではないでしょうか。(自信なし) 最近は高校野球とプロ野球が歩み寄っているので、近いうちにもっと緩和されるかも知れなしと思います。 高校野球のレベルを上げるには、プロ経験者の力も必要だと思います。
補足
大変丁寧にお答えいただき感謝感激です。 実はこれは私のことです。 高校生が教えてくれと親を通じてくるケースが大変多いのですが昨今こういう時代ですので、恩があだ となっては思い是非お聞きしたかったのです。 私は韓国の方でやっていたのですが、球団職員解いての契約でした。 しかし、日本の野球界の不親切さ痛切致しました。 同様の質問をして返事があったのが2団体レスポンスがよかったのはプロ野球の博物館だけで高野連に至っては1ヶ月たつ今も返事すらないです。 ネット時代にレスポンスの悪さは世間から取り残される前兆に他なりません。 これを機会に違う分野でも色々とお教えください。 それでは