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学歴社会ではないというけれど…
カテ違いなら、ごめんなさい。タイトル通りの質問です。子供の教育で、考えています。私達夫婦はもとより、親兄弟、夫婦の友達もほとんど、大学卒以上の学歴です。当然のように、我が子も大学進学を考えていて、できれば、より良い環境の大学に通わせたいと考えています。 しかし、このところの風潮として、「学歴は関係ない、仕事は働き始めてから、覚え、結局最後は、その人のやる気と人柄だ。」と学歴は関係ないような、記事や、コラムや、ラジオの人事担当者への質問で、見聞きします。 けれど、本当でしょうか?やはり、学校はいっておいたほうがいいと思うし、現に、私の勤めている会社は学閥があります。 国立、私立で、男性同士の足の引っ張りあいなどは見ていて、見苦しいですが、そんな時こそ、「一生付いて回るものだからこそ、人生の一時、頑張って、いい学校へ行っておいたほうがいい」と感じます。 大学の4年間の大人のような子供のような、青臭い議論を朝まで友達と、論じたりした、キラキラした時間があったからこそ、今、心の余裕があるような気がします。(偏見でしょうか?) まあ、これは余談として、実際,将来、会社員になるという前提で、学歴 特に、大学以上は必要でしょうか? ご忌憚のない、ご意見、アドバイスをお願い致します。 我が子は小学6年生です。
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現代の日本においては、「学歴社会ではない」ということがあてはまる社会の領域と、あてはまらない社会の領域がある、というのが事実に近いのではないかと思われます。また、個人の生涯から考えてみれば、一方に「学歴」とはまったく無縁の職業があり、その対極にisawo2000さんが指摘するように「相応の学歴でないと受けつけてくれません」という分野や職業がある、ということだと思います。 eikirinnさんのご質問は、「会社員になるという前提」ですが、それならば、「学歴」はないよりもあった方がいい、大学(4年制)へ進学しないより進学した方がいい、というのが、日本の社会のあり方に即した(わたくしの)回答になります。 eikirinnさんのお子さんが、どのような小学生なのか、まったくわからないまま、ある意味では無責任なアドバイスになりますが、将来、会社員になるとしても、または、それ以外の職業を志望するにしても、次の3つは、お子さんへの配慮として考えてあげて欲しいことです。 1)1時間なり2時間なり、ある一定の時間、机に向かう習慣を身につけさせること――学力とは結局、机に向かってまとまった時間なにかをやり続けられる力にほかなりません。好きなことだけではなく、あまり好きではないことでも、一定の時間、机に向かい続けられるか否かに、その子が生涯にわたってなんらかの能力を獲得できるかどうかがかかっているといっても過言ではありません。この机に向かう習慣を体得していない人が、大人になってから何か能力をつけたり資格をとろうとしても、ほとんどが挫折してしまう最大の原因は、机に向かって1時間なり2時間なり「勉強」という作業をする習慣を持っていないからなのです。 2)英語力を身につけさせること――中学校に入学してからで十分ですが、英語力をつけること、英語を得意科目にして、決して不得意にしないことを学習の最大目標にするべきだと思います。現在の日本では、英語は「学力」と同じ意味を持つ場合があります。英語ができれば開くことができる門も、できないばかりにあきらめなければならないこともしばしばあります。英語が不得意であるばっかりに、自分の持てる能力を発揮できる機会を失っている人が日本にはかなりいるのではないか、とわたくしは推測しています。これは決して良い状況ではありませんが、現状は現状として冷静に受けとめる必要もあるかと思います。 3)子供がやりたいと思っていることは、家庭に経済的余裕がある限り、最大限にやらせてあげること――小学校の高学年から青年期にかけては、好きなことに熱中できる特別な期間です。青年期を過ぎてしまえば、生理的にも、社会的にも、なかなかものごとに熱中することがむつかしくなってしまいます。対象はなんであれ、小学校高学年から青年期に熱心にとりくんだ経験そのものは、その人間にとって一生の財産です。その経験は、かならずあとでその人を助けてくれます。その人の人生を切り拓く力のひとつになってくれます。そこで大人の教育的配慮としては、子供にできるだけさまざまな機会や情報を提供する、ということになります(余談ですが、本来、「学校」とはそういう場であるべきなのです。しかし残念ながら、そうはなっていない学校が多いのも現実です。課外活動・クラブ活動は、だれでも興味を持った子供たちが気楽に参加できる場であるべきなのに、日本のほとんどすべての学校では、そうはなっていません)。無限と言っていい可能性の世界に接触できる子供の特権を最大限に尊重してあげてください。 以上、あまりまとまりがありませんが、ご参考になれば幸いです。
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- puzou
- ベストアンサー率35% (102/284)
こういう考えもあるんだなーということで。。。。 私個人的に社会(人生)で成功するためには、学歴は関係ない、と思いますが、 会社で成功するためにはいい学歴なら役立つかもと思います。 最近教育も変わってきているのでなんともいえない部分がありますが、 会社員で成功するために学歴があってもかなり上の学歴でないと、 「学歴」自体が役立つとはあまり思えません。(今後この傾向はもっと加速すると思われる) しかし、専門的知識を必要とするような分野では有名な研究をした院生は重宝されると思います。 ここでも「学歴」ではなく、その特定分野での成績と思います。 出来る人は普通の大学からやりたい研究をしに難関院入試しますものね。 逆に、社会(人生)で成功するには高学歴相当の頭脳とその学歴に縛られない職業選択の決意、 学校で学べないことを積極的に学ぶことが必要で「学歴」自体は必要でないように感じます。 ただ、周りが高学歴の方が人脈的に有利なのと発育環境的に勉強するのが当たり前なので 本人が悲しい方向へ進んでしまう可能性をいくらか下げれるかも知れませんね。 結論として、現在小6とのことですので、 中堅国立大に入れるぐらいの学力は保つ やりたいことを見つけられるようアシストする というのはどうでしょうか? 中堅国立大に入れるぐらいの学力なら学校の勉強に問題集が解るぐらいで保てると思います。 全ての勉強は無駄にならないでしょうが、 子供にはやりたくないことは大変苦痛ですから。。。。 それより、ただぼんやり会社員になるのではなく やりたいことを働く年頃になるまでに見つけられるお子さんに育てることが 日本社会全般的にも必要かな、と思います。
お礼
アドバイスありがとうございます。 子供に「将来、何になりたい?」と尋ねると、「人にありがとうといってもらえる仕事」と 答えました。 これだけで、親馬鹿な私は感激してしまいましたが、実際問題、社会で生きていくにはもっと具体的な目標が執拗ですよね? 学校の勉強と問題集で、中堅国立に入れるのでしょうか?親は子に安定を求め、子は漠然と夢を求める。いつの世も同じですよね。
- isawo2000
- ベストアンサー率27% (14/51)
日本は学歴社会です。確かに、規制緩和などにより、多少の緩みは見えてきたかもしれません。やる気と人柄は確かに大事だし、それで切り開ける未来も少なくはありません。 しかし、その一方で学歴という名の天井は、依然として存在します。ある一定のコミュニティというのは相応の学歴でないと受けつけてくれません。この場合のコミュニティとは広い意味です。学閥といわれるものは、その最たるものだし、就職、結婚という人との結びつきにおいては必ず何らかのコミュニティが存在し、その内と外を分ける物として学歴は多く、そして強く存在します。 学歴がなくても上(社会的に)を目指すことはできますが、少なくとも学歴があった方が下の底上げは図れると思います。つまり、いい未来をつかみやすく、悪い未来になりにくい。もちろん、やる気がなかったり、人柄が悪かったりしたらだめですが。でも、それも環境によって形成されます。「朱に交われば赤くなる」といいますが、やる気をだしやすい環境、出しにくい環境もあります。 結論としては、学歴があった方が上の方の未来をつかむ可能性が高い、ということだと思います。
お礼
早速のアドバイスありがとうございます。 可能性が広がるのはよく分かります。 極端な話、院卒の大工さんはいても、高卒のお医者さん、公立の学校の先生はいませんよね。 まあ、私が悩んでも、行き着くところ、本人の力や、やる気が第一ですが、サポートはしてゆきたいというところでしょうか。
- muu612
- ベストアンサー率22% (35/153)
四大卒の20代の女です。 現在、広告代理店に勤めていますが、 以前、IT関係の会社で人事関連職についていたので、コメントさせていただきます。 今は、学歴社会ではないというのは真実でしょう。 しかし、不必要というわけではありません。 学歴に変わるものがあります。 それが、スキルや個人の能力です。 簡単な言い方をすれば、資格や職歴(経験)ですね。 私が、人事・採用を担当していて、特に強く思ったのは。。。 今までの環境が「勉強さえしていればよかった」という人種が社会では使えない人間になる確立が高いことです。 手取り足取り先生や親が教えてくれて、言うとおりにしていれば良かった人の場合、自分で考えたり、判断する力がなくなっています。 そんな四大卒の使えない人より、高卒で社会経験の多い人を会社は好みます。 けれど、大学は本当の高等教育です。 多くのことを学べる場所です。 個人的意見を言えば、古い体質の会社は、まだまだありますし、学歴がそんなに重要じゃないと思われ出していることは確かですが、大卒じゃないと受けられない会社もざらにあるので、大学にはいかせた方が可能性が広がるので良いと思います。 しかし、就職のために大学に行かせるのは、おかしな話です。 大学とは、自分を磨く場所の一つです。 >実際,将来、会社員になるという前提で、学歴 特に、大学以上は必要でしょうか? 先にも話したように、大卒でなければ受けられない会社もあります。けれど、そういう会社が、本当の意味で自分を評価できると思いますか? 子どもに楽をさせたいならば、自立して生きていける力をつけさせることに尽きると私は思います。 以上、私見を述べさせていただきました。
お礼
早速の回答ありがとうございます。 自立して生きていく力、納得です。別に、楽をさせたいということが、目標ではないのですが、とても興味深く読ませていただきました。親心としては、仕事を通して、人間として成長もしてほしいし、できれば、自分のやっている仕事に誇りを持って欲しいし、所得も、働きに見合ったものになって欲しい。やっぱり、楽させたいか…
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お礼
きっと教育に関わる、ご経験者なのでしょうね。私のちっぽけな(でも、物凄く真剣な)質問にここまで丁寧にアドバイス頂き、感激しています。とても参考になりました。感謝します。 英語は、母の妹たちが留学したという敬意もあり、割と身近に感じていましたので、小二から個人授業を受けさせました。おかげで、ヒアリングは何とかできます。 六年になり、塾が忙しくなるということで、今、中断しています。先生からのアドバイスとしては、英語から離れて、中学に入り、あまりにも簡単とバカにしていると、急に文法等で、躓く子が多いので是非気をつけるようにと言われています。 特別、ゆとりがある我が家ではありませんが、「役にたつ」と親が話し合い判断したことで、子供のやりたいということは今までやらせてやることが出来ました。それが、だんだん「自分」という意識ができてきたのか、勉強に関することを怠けるようになってきました。それが心配です。 本人はやる気で 塾に行きたいといえば 家族中で、さがし、週末ごとに親子で話しを聞きに行ったり、体験受講をしてみたり… それでやっと見つけた塾なのになんだか意気込みがなく、いつも疲れて寝ています。 ほっておくのも 親の役目か?と考えています。 ありがとうございます。