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何となくぎくしゃくする家族。
愛の少ない家庭で育った子供は、愛の大事さを知らずに大きくなると聞きました。 愛の多い家庭はみな仲良しなのだろうなと思います。 両親は堅実な家庭を築いてくれて感謝をしていますが、小さい頃から家族(父・母・兄・私)はどこかぎくしゃくした家族だという気がしていたのも確かです。 何となく気を遣いすぎてしまうのです。 他人行儀というか。 (これは今の感じです) 皆大人だから一線を引いて付き合えてよいのかも知れませんが。 自分の育った家族を振り返り、今ひとつなぜかしっくりといかなかったとか、あまりうまく行っていなかったという方、過去・現在・現在の自分を培ったものなどを振り返った体験談など教えてください。 よろしくお願いします。
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質問者が選んだベストアンサー
30台既婚♀です。質問者様と同じくギクシャクしています。 愛の少ない家庭で育ったと思っている一人です。 でも親からすれば過剰な愛だったのかも!と、今となっては思います‥(しつけは暴力、褒められた事はありません。甘えさせて貰った記憶も‥) 未だにしっくりいかない理由は、小さい頃に自分が受けた肉体的、精神的虐待を許せていない事。 心のどこかで許せていません。 なので自分でも心の処理に困っています。 親は昔はよく叩いたと笑い話にしてますが、全然笑えません。 自分の子どもが出来て、親も大変だったんだろうなぁと思うことはありますが、今思っても小さな子に暴力を奮った事は理解できません。 自分的に分析するには、親を尊敬できていないので、未だにギクシャクなのかもしれません。。。。 暗い話になり、おまけに 質問の趣旨からズレ、回答になってませんが、自分が思ったままを書いてみました。
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- yukki-asimo
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私は小さい時から家族揃って食卓を囲んだことがありませんでした。ある時親戚の家に1ヶ月お世話になる事になった時、その家庭では食卓を囲んで食事をしていて、私も一緒に食べていて(自分だけ親戚の家に居るので、その家のルールを守る事が大事だと思っていた)感じたのは、温かいぬくもりです。そして親戚の叔父さん(泊まっている家庭では父親)が私の学校生活について尋ねてきて答えるとアドバイスまでして下さり、自分の家族で私の進路の話になったことも無く、とても嬉しかったのを覚えています。今では一人暮らしをしていて時々戻っていますが、わたしと家族はぎくしゃくしています。でもネコの事になるとコロッと変わって私にも優しくなってしまうという関係です。
お礼
懐かしい思い出を聞かせてくださってありがとうございます。 読んでいてこちらまで幸せな気分になりました。
補足
#1さんごめんなさい、#2の方への回答欄が足りなくなってしまいました。この投稿に関して共通のお礼内容となるので、この場を借りてもう少し話をさせてください。 (#2さんのお礼欄から続く)・・そんな私の知らない母の姿を、当時の母と同じ歳の自分になってから垣間見ることができたら、もう少しいろいろと掘り下げた話ができたのではないかと今更ながら残念な思いです。 でもまさに母親を必要としている頃母がいないことが多く、その不安を抱えて毎日を送っていた当時の自分を振り返るうちに、ぽっかりと空いてしまっていたパズルのピースのところが埋まってくるような不思議な気持ちがしているのも確かです。親のこと、完全に理解はできないけど、輪郭がつかめるだけでももしかすると親もこんな気持ちだったのかな・・と。それについて話せると一番よいのでしょうが。 親子のやり直しはその当時に帰るのが一番の解決というような話を聞いたこともあります。なかなかそういうことは難しいでしょうが、その最中にはどうしようもなかった気持ちは、意外と後になって懐かしく思えたら少しは許せるものかもなぁ・・と思います。 自分ごとばかりで申し訳ありません。 愛の少ない親に育ててもらったのはお互いちょっぴりアンラッキーかも知れませんね・・でも、私達は反面教師を得たと思いがんばっていきましょう。 お話ありがとうございました。
お礼
体験談を聞かせてくださり、ありがとうございます。 お礼がとても遅くなってしまったことをお許しください。 私も愛の少ない家庭で育ったのかも知れないなと思います。 私の場合はもしかしたら「愛情の表現」が下手な親だったのかもともお話を拝見して思いました。 回答を拝見してから実家で母親の遺品を整理する機会があり、常々気になっていたものを見つけました。 それは宗教の関係で母親と3ヶ月離れ離れに暮らしていた私が小学生低学年の頃母に宛てた手紙です。8歳の私がどんな言葉をしたためていたかずっと気になっていたのです。 母は何でも大事に取っておく人だったので、その期間に私だけでなく他の家族や親戚・知人からもらった手紙が大事に箱に入れてしまってありました。 最初に幼い頃自分が書いた手紙を読みました。 そこには、 「おかあさんは●●ちゃん(私)のこときらいかもしれないけど、私はおかあさんがだいすきだからなみだが出るほどかなしくなります」 と書いてありました。 やっぱりそうだったんだ・・・と思いました。 母親から嫌われているかも知れないってことは、きっと子供ながらにも何か感じていたんだろうなと思います。それはもしかして母親と離れて暮らさなくてはならなくなったことや、その当時母親が入退院を繰り返していた(そのために修行に出たのですが)ことを自分が悪い子だから・・と思ったのかも知れません。 子供の中には親の不仲を自分のせいだと感じる子もいると聞いたことがあるのです。 今から思うと母は結婚当初から父とあまりうまく行っていなかったようで、兄を産んだあと流産をしたりして子供はあまり欲しくなかったと聞いたことがあります。そんなときに出来た子が私で、あまり可愛く思えなかったのかも知れませんね。 母が生きているときはお互い気が強い同士でなかなか打ち解けた話ができなかったように思います。母に宛てられた手紙を読むうちに(その中には父からのものもありました)、私の知らない母の姿というのを少し見た気がしました。(続)
補足
すぐにお礼ができなくて申し訳ありません。 今まだ立て込んでおりますし、この件についてのお礼はもう少し考えをまとめてからお礼をさせていただきたいので、もう少しお時間をください。 よろしくお願いします。