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誉められても自惚れるだけで自信つかない
以前、自信がないとの事でここで相談した時 バイトをしてみるとかジョギングなど日課をつけるとか 小さなことでもいいから何かを続けて見なさい といわれたので 現在、パソコン教室のアルバイトを週に2回していますが 生徒の方に「わかりやすい」とか「ありがとう」といわれても 社交辞令のようにしか聞こえず 毎日同じ作業をしているような感覚で別に何も自信がつきません。 自信がつかないので自分を前面に押し出すような行為に移れないんです。 何か自信のつく方法はありませんか? 来週あたり、心療内科に行ってみようと思ってます。
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- shibako74
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はぁ~ 皆さんの回答を見ていて、とても考えさせられます。 自信って人に誉められてもつかない、か。確かにそうかもしれません。 最近私は掃除をしていて、編物の本を見つけました。それは数年前、こんなの欲しいなと思って買ったのですが、セーターなんて編めるわけない、と眺めるだけ眺めて押入れにしまいこんでしまったものです。なんとなく、ふと作りたいと思って、数週間前から編物をはじめてます。最初は簡単なマフラーからはじめて、やっとセーターに入りました。辛くはなく、むしろ楽しいのですが、できあがりつつある作品を見て、自信がついてるのがわかります。 もう持ってて当たり前のスキルを、持ってない人にすごいね~、うらやましい、と誉められても、私もピンときませんし、自信もありません。また、そういう時は自信をつけたいがゆえに、くだらないことでも誉めて欲しかったりしました。が、自分ができなかったことができるようになった、と実感すると、他人はどうでもよく、着実に前に進んでる自分に満足しつつあります(自己満足っぽい?)。 質問者さんは、「自信がつかないので自分を前面に押し出すような行為に移れないんです」と書いていますが、逆に勇気をもって前面に押し出すような行為、をしてみれば、自信がつくかもしれません。 自分を前面に押し出すのが正しいかどうかは、程度にもよるかとは思いますけど… 毎日同じ作業をこつこつ、も大事ですが、少しずつ何かを得ることができる作業をこつこつした方が、振り返ってみて過去との自分との差を見ることができ、自信につながるかもしれませんね。
- hazyme
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こんにちは。 23歳 女 学生です。 自分を過信せず卑下せず、真っ直ぐに見ること、難しいけど大事だと思います。 私は、自信ない時の方が多いけど、でも、自信あるときもあります。 そこにたどり着くまではやっぱり自分の努力が必要かなって思います。 例えば、ダイエットして成功して手に入れた自信。 これも自分の努力あっての結果なんです。 質問者さんが努力が足りないとは言い切れません。 頑張ってるから悩むんだと思います。 これはほんの一例ですが・・・。 やっぱり、自分を直視できること、大事だと思います。 どこかで聞きました、どんな人でも自信を失ったらたちまち色褪せますと。 では。
自信とは自分を信じる心と、「自分は愛されている」と信じる心、この二つどちらが欠けても不安になります。 あなたが生まれた時から愛された記憶を、事細かに思い出すことが必要です。 あなたは、愛されているから今生きています。 お母さんが、おなかの中のあなたを大事に大事に、育ててくれたから、あなたは生まれてこれたのです。 愛されなければ、生まれてこれませんでした。 生まれた後も、あなたにお乳を与え、オシメをかえ、あなたの成長を心から喜んでくれた。 そんな小さな、だけど、暖かい愛情をひとつ、ひとつ思い出していくのです。小さな愛情をも感じる感性を養うのです。 人は、感謝の心を忘れるとだんだん不安になります。 朝と、寝る前に少しの時間でも自分と周りを振り返る時間をもっては。
- marizo
- ベストアンサー率32% (28/86)
以前、子育てのサイトで、犬の世話をする事で子供に責任感と自信がついて成長した、という書き込みをみました。 可能であれば、ペットを飼ってみては? 相手が人間だから、ありがとう、等の言葉がお世辞や社交辞令のように聞こえてしまうのでしょう。 でも、ペットは言葉をしゃべりません。また、社交辞令もつかいません。 本心から、相手を好きかどうかだけです。 あなたがきちんと世話をして、あなたがいなければ命をつなぐ事が出来ない存在があれば、自信もつくような気がします。 出来れば、小鳥やハムスター等ではなく、感情表現をしてくれる犬等がオススメですが。 ですが、こればっかりは生き物を扱う物ですし、長期にわたるものですから、安易な気持ちでは始めないで欲しいとは思います。 早々、自分に自信を持っている人なんていないですよ。多かれ少なかれ、みんな自分がどう思われているのか不安だと思いますよ。 普通の事ですから、あせらずゆっくりね。
- floating
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>誉められても自惚れるだけで自信つかない そのとおりだと思います。 自信というのは、他人からの評価によって築きあげるものではないからです。 他の誰に認められても、自分自身に認められなければ、決して自信はつきません。 そういう意味では、例えばそのパソコン教室であなたが生徒さんに何かの説明をしてるとき、すごくいい表現で分かりやすく説明できた自分に気が付いた、とします。「あぁ!!僕って/私って、こんなわかりやすい言い方をする力があるんだ!」って嬉しくなる・・・これは、自信につながると思います。 自信とは結局・・・自分への信頼、に他ならないんじゃないでしょうか。 例えば、これから隔日で必ずジョギングするぞ、って決めて、長い間(何ヶ月、とか何年とか)、雨が降ってもかったるくても、それをやり続けることができたら、かなり自信がつくと思います。 つまり、悪条件であろうがなんであろうが、それを言い訳にせず何かをやり遂げる、ということによって、「何事にも左右されない確固たる自分」への信頼が生まれるんです。どんな種類のことでも、どんな小さなことでも、ひとたびこの「自分への信頼」を持つと、他の全然関係ない分野のことにも、自信をもって臨めるようになってきます。なぜなら、失敗しても、他人の評価を得られなくても、それに左右されずに一つのことをやり遂げることができる自分を、すでに知ってるからです。 一朝一夕に手に入れられるものでもありませんが、だからこそ本物の自信とは、崩れにくく、安定したもの、なのではないでしょうか・・? 以上が、私の思うところの「自信」です。 何かヒントになれば、と思います。
- ikunosuke
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こんにちは。 自信と言っても何に対して自信を持ちたいんですか? その持ちたいものでするべき事が変わってくるのではないかと思います。物事全てに対して持つことは出来ないしみんな得意なことから自信を持つんじゃないですか?jponさんが得意なことから自信を付けて行かれてはどうでしょう?仕事、対人、会話、社交、スポーツ、等色々考えてみられてはいかがでしょう?参考になれば幸いです。
今、目の前の問題をクリアすることで自信がつかない、素直に成功を喜べない、というのは、今現在のjponさんの心の状態または、心がそのように反応してしまう原因が、もっと遡った過去にあるような気が致します。 たとえば、子供の頃、何をやっても、親にダメ、といわれた、とか、言葉で直接言われなくても、暗に否定された、とか(それは、言われた本人が悪いのではなく、親の劣等感の裏返しだったり、なんてこともあったりするのですが←ほんの一例です)、何か心当たりはありませんか? 私の場合は、生まれつき体が弱く、片親で、経済的にも苦しい家庭で育ち、母も子供っぽくて感情的で(良い言い方をすれば、単純で明るい)、目の前の出来事にいちいち不安定になるので、私も、まったくそっくりな人格を持ち合わせた人間になりました。 社会に出たとき、他者と自分との反応のギャップに、驚き、なじむのには苦労しました。他の人は気にしないようなことにでも、傷つき、しばらく立ち直れない、そのことに縛られる、ということは毎日のようにありました。とにかく、傷つきやすかったです。 学生のときは、どうしてみんなあんなに自信に満ち溢れているのだろう、どうしたらそんなふうにはっきり自分の意見をいえるのだろう(私は、考えて考えて、結局言わないタイプなので)、と不思議でなりませんでした。他の人にしてみれば、普通に家で育ったように、外で振舞っていたに過ぎないのですが…。 私が、マイナスの立場にあるのだと気づくまでに、時間がかかったし、それまで、苦しかったでした。どうしてもかみあわない部分があって…。 そして、私は、自分が一体どこで躓いたのか、過去を振り返ることにしました。どんなことに傷ついたのか、それはそんなに反応するほど、自分にとって重大な問題なのか。同じ問題でも、他の人は、意に介さないのではないか、だとしたら、私の心はどうしてそんな反応をするのか…。 わかったことは、母との密接な関係、自分の体に対する劣等感があるということでした。私は、あまり親に反発せずに、割と親の言うことを聞く子供でした。それが正しいのだと思っていました。母の意見が自分の意見だったので、いつしか自分を見失って、わけのわからない葛藤にさいなまれました。このままではいけないとわかっているけど、何が悪いのか、何をどうすればいいのかわからないのです。他の友達と同じようにすることで、輪の中に存在はできたけれど、それは、ますます自分を殺すこといなりました。これじゃあ自信もつきようがないですね。 はやく大人になりたい、そして、家を支えたい、って、張らなくてもいい見栄を張って、他者と付き合って、中身を磨くことではなく、鎧をより強く華やかに磨くことに力を注いできたのですから…。気が付いたときは、ただの張りぼて、マッチョな鎧の中身は、やせこけた体、よくここまで乖離したものだと、恐怖感すら覚えました。 あせったけれど、何から手をつけてよいのかわからず。 けれど、自分に何が欠けているのか、何を欲しているのか、考えつづけました。もっと甘えたい、自分を見て欲しい、愛情がいっぱい欲しい、理解して欲しい、…自分が欲しがっているのは、3歳の子供と同じ、自分への関心、保護。私は知らず知らず、忙しい親に甘えることもなく、けれど抑圧された思いは、10数年かけて、化け物のように大きくなっていたのです。気が付いたとき、そうか、これがほしかったんだ、と、涙が出ました。同時に、こんな化け物のような(しかも幼稚な)欲求に答えられる人など無に等しい、とも思いました。でも、可能な限り、子供時代から、成長が止まったところからやり直そうと思いました。甘えやわがままの欲求って、子供のうちに親子関係の中で解消しておかないと、大変なことになるのですね; 親に見つめられて育って、子供は自分の存在を確かめ、反応してもらうことで、知らず知らず、自信って、身についてゆくものなのだと、強く感じました。 愛情の量は、目には見えません。身体の方は、食べないと目に見えてやせるので、気づくけれど、心が痩せるのはなかなか気づきません。愛情をたっぷりもらえないと、心が太れないのです。 「ちゃんとした子供になれない人は、ちゃんとした大人にもなれない」と、誰かが言っていました。 私も、子供にしては、聞き分けがよく、母に頼られる、大人びた子供でした。 ひずみがはじけて、大地震がきました(笑;)。 でも、意識してからは、少しずつ、”もうひとりの私”が姿を消し、私は私になった気がします。 目の前のことに集中できるようになり、自分にとって他者の意見が異常なほど重大でなくなり、自分の好きなことをやっているうちに自信というものがくっついてきた、という感じがします。 …これは、私のパターンですが、jponさんにとっても、きっと、今のjponさんになる過程で、何かあった気がします。 でも、それはjponさんにしかわかりません。なかったかもしれないし…。 一度、自分のこと、親のこと、友達のこと、先生のこと、など、自分と周りとのことを考えてみてはいかがでしょう? どちらにしても、自分のほんとうの感情を、巧妙にすりかえていることがありますので、気づくには時間がかかるかもしれません(まさか自分がそんなことに傷つくわけない、とか、本当は、悲しくてみじめなのに、、それに気づくと自分の心が苦しいから、ありえない、と自分の心が打ち消していたり)。 少しでも、解決への糸口が見つかって、jponさんが、いつか自然体で、いきいきと毎日を過ごされますよう、心から願っております。 参考にならなかったら、すみません。
パソコン教室のアルバイトは本当に好きでやりたくてたまらないものですか? もしそうでなければ、自信を持てなくてもしかたがないことだと思います。 私は現在、本当に好きでたまらない趣味を持っていますが、そこで同じように好きでたまらなくてやっている人たちの賞賛を受けると、自分への自信につながります。 ここまでのレベルになるまでの苦労が、同じようにやってきた人ならしっかりわかってもらえるから、素人に褒められるより数段嬉しく感じます。 本当に夢中になれることを見つけることができたら、上記の意味がわかっていただけると思います。 私も昔は何か褒められても疑ってしまうような、コンプレックスのかたまりでしたが、今は自信を持てる分野が出来、世界が変わりました。 自信を持とうと焦らなくてもいいと思いますよ。 夢中になれる事との出会いは突然やってくるものです。