スキューバダイビングをやる人なら知っていますが、窒素酔い、という現象があって、40mを超える大深度になると地上の5倍の窒素を吸うことになり、お酒に酔ったような気持ちになるんです。
あらすじ
人生をささげて働き続けた会社に裏切られて、その原因は大の親友だったビジネスパートナーの友人、その友人と裏でできてしまった最愛の彼女。何重にも裏切られて、もう生きていけない、死ぬしかないと決意した、かつてはダイバーだった主人公。
窒素酔いを利用して、酔っぱらったままどんどん大深度に沈んでいけば楽に死ねると計画を立てるんです。
そして実行する場所は黒潮海流のど真ん中、1000mの海底から岩盤が高層ビルのように何本も海底にそそり立つ西表島仲ノ御神島東の根。
深度が増すにつれて意識がかすんでいく。そんな中で目の片隅に映ったものはディープブルーの海底からスローモーションのような緩やかさで近づいてくるジンベイザメ。
主人公の周りをゆっくりと旋回しながら語りかけてくる。
お前はいろいろな人に裏切られたのか、おまえはその誰かがいなければ生きられえないのか。私は一人で生きている。
人間も一人で生まれて一人で死んでゆくものだ。お前は一人で生きてゆけ。
(というような仏陀のおしえ、みたいないい言葉を語ってくれる)
深度70mを超えてタンクのエアーが8倍の速度でなくなってゆく、ピッピッピッとダイブコンピュータのアラートが小さく小さく遠のいてゆくかすれた意識の中、主人公は爪の先ほど残った気力を振り絞り、緊急浮上用炭酸ガスバルブのレバーを力強く握りしめた。