• 締切済み

なぜ五輪開会式にイベントが無いと満足しないのですか

1964年の東京オリンピックを直接観た世代ではありませんが、 市川崑監督のドキュメンタリー映画『東京オリンピック』を観ると、 昔のオリンピックの開会式は、最近のオリンピックのように派手なイベントは殆ど無く、単なる式典だったことが分かります。 それでも、世界中の人たちが満足していた訳です。 いつ頃から、今のように、オリンピック開会式に派手なイベントが無いと人々が満足しなくなってしまったのでしょうか? なぜ昔のオリンピックのように『式典』だけでは駄目で、派手なイベントが必要なのでしょうか。

みんなの回答

回答No.6

1964年の東京オリンピックで、ブルーインパルスが空に五輪マークを描いたのが始まりという説があります。

  • yama1998
  • ベストアンサー率41% (1168/2843)
回答No.5

転機になったのは1984年のロス五輪です。開会式にロケットマンが登場するなど、ド派手な催しでした。 背景にはこれまで五輪は国威発揚が目的で、その意義な薄れつつなって開催しても赤字なってしまうなど、五輪開催の意味がなくなってきた矢先に、ロス大会が初の民営で開催され、テレビ放映権やスポンサーなど募って莫大な黒字となり、「商業五輪」となったことでしょう。ロス大会のときは、誘致のときは他都市の立候補はなく、無投票でロサンゼルスに決まってしまったほど、五輪誘致にはみんな消極的で、いかにお金をかけないようにするか、がこれまでの五輪でした。 ロス大会の成功で、金儲けのために五輪の開催誘致がし烈になり、同時に開会式にもお金をかけて派手な演出が当たり前になってきた、ということでしょうね。

回答No.4

オリンピックはもはや純粋なスポーツの祭典ではなく、選手・コーチ&トレーナー・観客も全てがビッグビジネスになっていますので、イベントとして盛り上げる要素を織り込んでいます。

  • t_ohta
  • ベストアンサー率38% (5292/13825)
回答No.3

地味な式典では、高額な放映権料を世界中のテレビ局から徴収できないからじゃないでしょうか。 オリンピックに群がって金儲けをする人が増え過ぎたんでしょうね。

回答No.2

今の時代の視点で考えて言いますと 4年に一度の祭のようなもんなので 派手に見せたいんじゃないでしょうか? 昔は行進しながらの紹介でしたが 華やかに見せるためにその時代の著名人を 使い、派手にしているのでしょうか? 私個人の意見で否定されても仕方ないです とりあえずこんな感じです

  • trytobe
  • ベストアンサー率36% (3457/9591)
回答No.1

ちょうど、冷戦末期の1980年に当時ソビエトでのモスクワ五輪、1984年にアメリカでのロサンゼルス五輪があり、互いに参加ボイコットがあるとともに、開会式で相手陣営に国力を見せつけるような演出がされたのに始まるのではないか、 と思います。もう1990年には冷戦は終わるのですが、オリンピック開催が名誉ではなく放映権などの金になるイベントと認識されるようになった転機と思います。 開会式が派手じゃないと満足しないのは、それを放送する権利を高く買って、視聴率を上げないといけない広告代理店とかテレビ局とかオフィシャルスポンサーとかでしかないのですけれども。

関連するQ&A