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人と通じ合うこと。。。
「今日は短く簡潔に書く時間がなく、冗漫な文章になることをお許しください」(パスカル) なんて言葉を冒頭に掲げながらも、ウディ・アレンの『マンハッタン』の冒頭で、アレンが、ニューヨークについての本を書きはじめる際の、書き出しにあれこれ迷っている場面を思ってしまいます。 よく「コミュ障」ということばを目にします。それがどういう意味であるのかは、未だに知りません。「コミニュケーション障害」という状態を示す言葉が、これほど日常的に使われていることも不思議に感じます。 通じないこと、他者と意思の疎通が持てないこと。 これがつまりわたしの人生だったように思います。(過去形) 哲学科の卒論のテーマが『文学と自殺』でした。 すでに10代後半から、わたしにとって人生は孤独で、暗いものでした。 大学の4年間、そしてそれ以降、20代、30代と、友達を持つこともできず、 仕事はといえば、あちらでゴミの収集を1年半、こちらでウエイターを半年、ここでは皿洗いを3カ月、むこうで電話オペレーターを1年ちょっと、と、正社員になることもなく、80年代~90年代を根無し草のように過ごしてきました。 同僚とは話が合わず、なにより仕事自体が無能力でしたので、これは当然の流れなのですが、これを「コミュ障」と呼ぶのでしょうか。。。 小学校から高校卒業までの12年間を除けば、友達と呼べる人を持てたのは40歳から46歳までの6年間のみ。無論その6年間はわたしの人生のもっとも幸福だった時とも言えますが、その友人を失ってから、全く外に出ることは出来なくなりました。 古い歌の歌詞に”Where Can I Go Without You?" 「キミがいないのにいったいどこへ行けるんだ?」(この歌は何処へ行こうとキミの思い出が離れないというような傷心の歌ですが)という一節があります。 何処へ行っても独り、ひとりで美術館へ行って、ひとりで絵を見て、ひとりでコーヒーを飲んで、ひとりで帰宅する。。。その間口を開くことはない。 無論ひとりでどこへでも行ける人も少なくないでしょう。でもそういう人たちは、はたしてひとりも、何処にも友達のいない人たちでしょうか。「そうだ」という方たちもいるでしょう、けれども、真似は出来ないようです。 何が原因なのか?いったいなんでわたしは人間社会に溶け込むことができないのか? 30歳の時から22年間、日本で最初に出来たという精神科の病院から、大学病院、総合病院の精神科、クリニック等に通い、これまでに様々な診断を下されました。 町沢静夫という精神科医は、自信をもって「キミは自己愛性人格障害だ。え?ボーダーライン?ちがうちがう!」 ある医者に行くと「待合室の人たちを見てみなさい、誰もあなたのような人はいないでしょう?あなたはどこも悪くはないんですよ」 20人以上の精神科医を転々とした結果、現在の医師に7年ほど通っていますが、そこでは「あなたと話の合う人は千人にひとりくらいかな」と言われています。もっともこれは一見意地悪な云い方に聞こえるかもしれませんが、このドクターは、名医ではないかもしれませんが、これまで会った中では、一番親切な医者で、この言葉にしても、わたし自身の実感としては、千人にひとりは多すぎると思っています。 この間、この主治医に「先生、わたしのような患者ってこれまでみた(会った)ことありますか?」と訊ねたところ、「うーん。大学病院時代から30年以上やってるけど、あなたのような人にはあったことがないですねえ」と、(苦笑) 先日、この主治医に紹介状を書いてもらい、「大人の発達障害」を診断する医師のところに初診で行きましたが、「お話を聞いていると、小・中・高とずっと友達がいて、普通に生活していたということですから、発達障害の可能性はほぼないでしょう」ということでした。 無論恋愛経験もなければ失恋の経験もありません。職場の飲み会も未経験。 人といろんな話がしたかったので、このアンケートのカテゴリーで質問をして、みなさんと言葉を交わすことが出来ました。 今日、駅ビルの書店で、「嫌われる勇気」という本を探してみたところ、「品切れ」ということでした。図書館では250人待ち。無論買うつもりはありませんが、いい加減、嫌われ、疎まれ、遠ざけられることに「死ぬほどうんざり」しているわたしにとって、「キラワレルユウキ」とは何ぞや、という興味がありました。 誰かのご質問の回答にも書きましたが、わたしにとって嫌われることは造作もないことです。「ありのままの自分でいる」そうすれば自然と孤立している。 それは上記の主治医の言葉にも重なるでしょう。臨床歴30年以上の精神科医が「これまで見たことがない。。。」というくらい呆れたキャラです。 もちろんここで、「どうしたら人と話が通じるでしょう」と問うことも、また、このままアンケートの場で、様々な質問を投げかけて、多少の「交流」を得て慰めとすることでよしとする、というのも一案かも知れません。 けれども「医療・福祉関係以外の人と」当たり前の雑談をする=好きな絵について、好きな映画について、音楽について、文学について、政治について。。。「30分位で。。。という、時間制限」なしで、話をすることは無理なのか。 そんなことを思っていました。 お読みくださってどうもありがとうございました。 多分、これは「質問」の体を成していませんね。無視してくださって結構です。 この投稿が今後の「アンケート」への質問の何らかの障害にならないことを願っています。。。
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- 芙蓉の華(@purimuro-zu)
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お礼
こんにちは。 そうですか、「コミュ障」は、障害の名称でないのですか。 >周りに哲学専攻の知人がいますが、質問者様とよく似ていますよ とにかく話が長い そうですか。恥ずかしいです。 話は短く簡潔にしたいですね。 このサイトでも、「哲学」のカテゴリーは敬遠しています。何が書かれて問われているのかチンプンカンプンだし、そもそも、「知的な人」ってなんだか苦手です(苦笑) 改めて、どうもありがとうございました。