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現実主義者すぎて・・・愛なんて幻想ですよね?
親が不仲だったためか、愛というものを信じられません。かわいいおばあちゃんを男の人が愛するなんてことがどうしても信じられず、男の人は永遠に若くてスタイルのいい女性が好きで、結婚を誓った女性がいても、新しいきれいな人が現れたら、そちらに心を移す生き物ですよね?たいがいの小説を読んでも、テレビを見ても、それが現実だと思います。男の人に夢を抱いてポワンとしている友達を嘘くさいようにも、うらやましいようにも感じていました。老夫婦で並んで話しながら桜並木の下を歩いている方をみたことがあり、でも、どうしても自分がそうなれるとは思えず、その夫婦も我慢なのだろうと心得ております。 たぶん、現実主義者すぎて結婚はしないと思います。こんな私だから愛されないのか?卵が先か、鶏が先か・・・。愛なんて存在しますか?一瞬にしかないですか?持続など不可能じゃないですか?信じて、それから裏切られたと気づくよりは、最初から信じることを拒みたいです。夫婦仲の良い家庭で育ったお子さんはどんな風に考えますか?自然に結婚していった友人たちの気持ちが私には理解できません。自ら地獄に入る人の気がしれないのです。
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- weavaest
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回答No.2
愛は意外と長続きするものですよ。 年を取っても男は若い女性が好きなのは否定しませんが、そこにあるのは愛ではなく若い世代に対する羨望のようなものじゃないかと思います。若しくは肉欲かも知れないですね。 恐らく質問者様は若い方だと思います。自身を現実主義と仰っていますが、実際は現実を知らない(拒んでいる?)だけじゃないかと思います。 人と人のつながりは、異性同性問わず難しい部分もありますが、だからといって拒んでいては得られる幸せをみすみす取り逃がすことになるのではないでしょうか。
お礼
愛されていたのかどうかはわかりませんが、その人のまなざしがあれば頑張れたということはあります。見守ってくれる優しい視線をどこか端の方にでも感じているときは、心の闇が薄れてとても寒がりで氷のように冷たい心臓があたたかに和らぎ、自分らしい本当の生きる力を発揮できました。春の日差しとはまさしく言いえていて、愛されているとは感じるもので考えるものではないのかもしれません。日差しがあたたかであればあるほど、それに慣れてしまうことが怖くなってしまいます。またどうせ凍えると思うと。少しでもあたたまれたらそれでいいと思う方がよいのかもしれませんが。ずっと寒ければそれが当たり前だと思えるから。ありがとうございました。