謝罪のときのとある一言
地域若者サポートステーションの産業カウンセラー、キャリアコンサルタントの相談員が
相談者にありえない対応をして
謝罪を求めたら、人の家族にだけ電話で謝罪。
本人に対しては、
『謝っていたと伝えてください』
という伝言謝罪、バイパス謝罪。
そんな謝罪方法があるかと抗議したら
電話の後方で『切れ!切れ!』
指導する立場の母体に当たる中小企業団体中央会にこんな謝罪のされ方されたことを伝えても無視。
こんなことがあったから、
5年以上待たされて、ようやく謝罪かと思ったら
その時、統括コーディネーターの相談員が
『家族に謝ります』
と言ったのです。
私は、ひどい対応をした相談員たちやその他の人達に対して人間不信もあり
『家族全員に謝るのですね』と聞き返したが無視された。
それまで、ひどい対応を受けたから
聞き返したのを、なぜ無視するのか?
出来ないなら出来ないと言えば良いのを
余計な一言が心に残っています。
心理専門職という立場で、どんな思いで相談しに言ったか全く理解されていません。
『家族に謝る』
と言い、
『家族全員に謝るのか?』の返答無視
偽証謝罪をされて
落ち零れたら一生おちこぼれていろと言うことなのでしょうか?
前向きになることがそもそも間違いなのでしょうか?
就労体験を望むのは間違いなのでしょうか?
自分は、一人の人間として認められないのでしょうか?
相談者を何故、天下りが揉み消すのでしょうか?
揉み消されると言うことは、人として殺されることになりませんか?
それまでにも、人とかかわるのが苦手、
でも、それを何とかしようとしたのをもっと人間不信にされるのは当たり前なのでしょうか?
地域若者サポートステーションに相談に行くと犯罪者にされるのは何故でしょうか?
自分は、生きているのが、間違いなのでしょうか?
お礼
最初の一行以外、賛同します。その通りだと思います。 安倍さんのように慰安婦では謝罪しないと決めている相手に対し、韓国はハードルを低くし、「一言の謝罪がどうして出来ないのか」と迫ります。 アメリカも「韓国がそれで納得するなら安倍さん、一言くらい謝ってあげたら」と言うでしょうし、 日本国民も「韓国がそれで納得するなら一言謝るくらいはいいでしょう」となります。 でも一言謝ればその後は貴方の仰る通りの展開となります。 とくに「真正性」というのが曲者です。 日韓関係でなにか日本が反論したり、竹島の日に式典をすると「日本の謝罪には真正性がない」と言い出し、振り出しに戻ります。 そしてそれはあと999年続くのです。 ご回答ありがとうございました。