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人間が究極に満たされてる状態
とはどういう状態だと思いますか お金、地位、名誉があり家族は円満、多額の寄付もしている、健康 人間はどんな 状態になっても決してみたされることはない とよく聞きますが こういう状態でも まだ欲しいものがあるのでしょうか? ここに あげられてないことを しりたいのではなく それらも みたされた時 それでもまだ ほしがるものは何なのでしょうか? 永遠の命とか有り得ないものになってくるのですか?
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何も持たずにいられる状態。 死をも受け入れられる状態。 究極ってこれじゃない? 欲というものが消えて、失う事を恐れず、欲しいものもない状態。 精神的な心の満たされ感。 心の充足。究極にはここにたどり着いちゃえばもう何もほしいと思わないでしょう。 でも凡人からみたら全然うらやましくもなければ幸せとも思えないわね。
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- hekiyu
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”人間はどんな 状態になっても決してみたされることはない とよく聞きますが” ↑ 満たされた状態が継続すれば、満たされているという 感覚が麻痺、鈍麻してきます。 そういう意味で、永遠に満たされない、ということは 出来るでしょう。 ”こういう状態でも まだ欲しいものがあるのでしょうか?” ↑ 欲しいモノが欲しい、という状態になります。 だから、成熟した先進国では成長が停止してしまう のです。 ”それでもまだ ほしがるものは何なのでしょうか?” ↑ 人間の脳は、そう創られている、としか言いようが ありません。 より良い環境適合性を目指して、進歩し続けるのが 人間だ、ということでしょう。 ”永遠の命とか有り得ないものになってくるのですか?” ↑ 物質的に満たされ、永遠の命を手に入れたら、地獄の ような怠惰が待っているのではありませんかね。 人間が行くつく先は何なのでしょう。 最後には、神に行き着くのかもしれません。
- pct10968
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じじいです。 >お金、地位、名誉があり家族は円満、多額の寄付もしている、健康 人間はどんな 状態になっても決してみたされることはない とよく聞きますが こういう状態でも まだ欲しいものがあるのでしょうか? 要するに、それが満たされる事の対象では無いということです。 >永遠の命とか有り得ないものになってくるのですか? そんなものも必要無いのです。 >人間が究極に満たされてる状態 それは、ささやかな日常性の中に無数にあります。 例えば、 温かいお風呂に入れば→極楽、極楽。 美味しいものを食べたら→体がとろけそうに成るほど幸せ。 今日も気持ち良くう〇ちが出来てしあわせだあ。 日常性にささやかな幸せを見つけて行く事は、それこそ究極的しあわせだね。 半世紀ほど昔、究極的幸せ、真実、真理を求めて日本を飛び出した。 数ヶ月のつもりが3年を超えようとしていた。 もう既に長い旅に疲れていた。 何処でも落ち着けるが、何処にも落ち着けない自分が在った。 ある日世界の最果てとも思える土地で、見知った人間の後姿を見つけた。 質素な身なりで、家族に囲まれてとても幸せそうに見えた。 その幸せそうな顔を良く見れば、自分の顔だった。 もう・・日本に帰ろう・・・ 今はささやかだが究極的幸せを実践しているよ。 つたない内容だが、君の人生に一石投じられれば幸いだ。
>人間が究極に満たされてる状態とはどういう状態だと思いますか 一般的に全ての人間が普通に欲するものを、 全て手中にしている状態ではないでしょうか。 >お金、地位、名誉があり家族は円満、多額の寄付もしている、健康 >人間はどんな 状態になっても決してみたされることはないとよく聞きますが >こういう状態でも まだ欲しいものがあるのでしょうか? 生きている限り、 全てが満たされている状態であっても、 満たされることのない欲望ですかね。 >ここに あげられてないことをしりたいのではなく >それらも みたされた時それでもまだほしがるものは何なのでしょうか? 永遠に満たされることのない欲望しか思い浮かびません。 >永遠の命とか有り得ないものになってくるのですか? 永遠の不老不死などではないでしょうか。
- microanswer0
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「万能感」を与えてくれる何かでしょう。 お金・地位・名誉・恋愛その他諸々は全て自らの「万能感」を満たしてくれるアイテムです。これらを手に入れても更なる「万能感」を与えてくれるものを欲しがるだろうと思います。