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自分が正しいのか、わからなくなる時…ありませんか?
50歳・独身(離婚歴あり)・女性・看護助手勤務です。 いい年して…色々な出来事やニュース等、自分の身辺に起る毎日の様々な出来事の中に身を置くなかで、「自分の感じ方や考え方」が“正しいのかどうか?”迷ったり、わからなくなる事はありませんか? 家族との些細な衝突や職場でのちょっとしたすれ違いから来る人間関係の気まずさ…。 ???そんなに大騒ぎする事なのかな? ???口げんか…だれでもどこでもある事…後は気持ち良く気分をリセットできればOKじゃない? ???議論は喧嘩じゃないでしょ。大いに議論して良い物が生まれる時だってある…。 ???誰がどうしたもいいけど、ちゃんと仕事しようよ…。 と、思う場面が多々あります。 木を見て森を見ず(またその逆も然り)の人が多いと感じますし、職業に貴賤なし、人に貴賤あり、と考え思う方です。 特に15年前にこの地方過疎地区に移住してきてから強く、「自分の考え方や価値観って間違っているのかな?」と思わせられる出来事が多くありました。 決して私の思考が唯一、世界基準だ!…等とは恐れ多くとも思いもしません。 でも、なんだか、会話が成立しないと言うか、日本語が通じないと言うか、論点がずれると言うか??? なんだか、自分の立ち位置や流れや方向がわからなくなる時があります。 「郷に入れば郷に従え…」でやってきているつもりですが、どーにもはじかれてしまいます(残念)。 身体外見上にも目立つ方…容姿にも「目立たないような気配り」しています。 (昔の友人が私をみて泣いてしまった程、酷い格好…慣れると楽ですし、気に入ってますけど。) おそらく本当の自分をかなり押し殺しているかな…と最近は自覚しているのですが、さりとて「居住地」を簡単に捨てる訳にも行かず、少々悩んでおります。 皆さまにも、このようなご経験おありでしょうか…。 その為に体調を崩されたり(病気になった)、会社をお辞めになったり、離婚や離別、大きな転機的出来事に繋がったり…なされた方はいらっしゃるでしょうか? やはり生まれ育った土地ではないから馴染めないのでしょうか? 海外を含め、いろいろな土地で過ごした経験もあるんですけど…??? 私、自己分析が必要でしょうか…。 人それぞれ、十人十色、じゃないでしょうか…地方過疎地域の方達は皆同じじゃないと嫌なのでしょうか? 抽象的な質問内容で申し訳ありません。
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- sakura-333
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>地方過疎地域の これが閉鎖的で小さな揉め事を大きくする原因の1つなのか・・ 外に出た事がないから色々な価値観を受け入れられないし流す事もできない。 全ての地域がそうではないと思いますが、部分的に偏ってしまうところも出てきちゃうんだろうなぁと最近よく思ってます。 服装にまで口うるさい人がいるんですよね。 敏感な人は靴からサンダルに履き替えたりして・・
- bekky1
- ベストアンサー率31% (2252/7257)
【職業に貴賤なし、人に貴賤あり、と考え思う方です。】 【50歳・独身(離婚歴あり)・女性・看護助手勤務です。】 【いい年して…色々な出来事やニュース等、自分の身辺に起る毎日の様々な出来事】 うん、少しだけですが、あなたの迷いがわかるような気がします。 なぜなら、医療職の’末端’として職務を日々、背負われているからです。 ここで、重要なのは、人生経験が豊富なあなたには、人間的な貴賎がわかるけど、 職業的な貴賎はないというポリシーがあなたの年月が言わせるものであって、間違いはないのですが、 貴賎というより、医療に限って言うなら、貴賎というより、その職務の'責務’としてかなり、 法律的に、背負うものが違うのです。 なので、無責任に見えるようなことでも、’それは私のやることではない’と’逃げる’様にも見えたり、 なんで、この程度のことがわからない? オバサンの私にもわかるのにとか思われるのが日々の 日常なのでしょうと・・・は、わかる。 職務として、低い位置から、責任を持たずに、満遍なく、いわば足元を見るだけの人と、 上のほうから(上から目線というより、見えなくちゃおかしいでしょう?といわれるような角度?という意味だけです)、わからなくてどうする?という責務を負った人がその責任を負うだけの分だけ 見る・・・事をなす?人と分担するという意味が違うのです。 それが正しいかどうかはまた別ですが、まずは、自分のできることをなす・・・これが、すべておいての鉄則ですから、出来ない人には、当然に’範囲’は狭くなる。 そしてね、さらに、過疎地にいると、人のつながり、一人ひとりのつながっているという感覚はさらに密です。 なので、勝手に見たい、見えた、わかったと思いたがることで、共同体意識が強固ににもなる。 そういう集団にいるときのあなた自身の生活観は、また、職場におけるヒエラルキーとはまたちがって、 一人ひとりのいわば、共同体での分担が勝手に増やされているんですけど、 あなたは、放っておいてなのでしょうけど、 職場ではあなたは勝手にいわば、分担を背負いたがるのでしょう、逆にね。 【そんなに大騒ぎする事なのかな?】 これについては、職場に限っては、対人関係・すれ違いにおいても、’医療現場’なら、 ヒヤリ・ハットという言葉を聴いたことはないですか? 大騒ぎして、そして、次はなんとかしなくちゃいけないこととして記録にも残し、 今後に生かすために’なすべきこと’です。 ゴキブリ1匹の後ろには30匹いる、そのまた後ろには・・・という、考え方をするのです。 一つの失敗、すれ違いの後ろにはその30倍の気がつかない危ないことがあったという認識をまずしないとだめだということなのですが、わかりますか? 何を’大騒ぎ’しているとあなたは書いてないけど、医療職にある人が職場で、 責任ある視点でものを見るなら、そういうことになる。 あなたの人生経験は豊富だが、職業的な責務を負わない目線が正しいわけではないという話ですが。
お礼
ご丁寧で細やかなご回答をありがとうございます。 そうですね。 立ち位置と言いますか、観点と言いますか…その役割、そのポジションになってみなければわからない(見えない)視野視点…と言うものがありますでしょうね。 成る程! ヒヤリ・ハット…必然事項ですよね。(インシデント報告を含めて) 何を「ヒヤリ・ハット」と感じるか…には医療知識や経験を積むほど受容体は広く深くなると同感です。 「知らなかった(知らない)事」自体に問題があるのであって、「ヒヤリ・ハット」してしまったミス(に近い事例) に対しての対応は、厳しいものであっても「指導・教育」の必要性や「再発防止の為の方策」の実施が大事なのであって、その人を責めるモノではない筈…と認識していますが。(程度や内容にもよりますが…) 詳細を略しての質問でしたので、大変抽象的で、「自分が正しいのか?わからなくなる時はありませんか?」と言う本質から外れてしまいました。 ご回答者様の様なご意見(ご回答)の方もいらっしゃる事を知る機会となり、十二分に視野が広がりました。 ありがとうございます。
自分が正しいかどころか、正しくないんじゃないかと常に疑っています。 自分が正しいなんて思い込んでたら、独善的になります。 究極、テロを起こしかねない。 自分が正しいかわかんないのは正常です。 自分が正しいことに疑いをもたなくなったら危険です。
お礼
ありがとうございます。大変明瞭で端的な表現でのご回答…すっきりしました。 「正しいかどうかがわからない」状態が「正常」である…成る程! 常に自問自答、自己評価に囚われている訳ではありませんが、「自分の立ち位置」とか「判断の大本となる思考」については、厳しい目を向けているつもりではいますが、それさえも“自部流”でしかないのか? と、ここ最近の人間関係の猥雑さに混迷気味でした。 頭もよくないですし、前向きな思考経路の様ですし、シンプルに事実のみを見失わないように…と意識はありますが、どうもトラブルのタネになりがちでした。 いつも何かにつけて「自分はどう考えるかな…」と思う頻度が強くなり、ノイローゼにならないように気をつけます(苦笑)。 本当にありがとうございました。
- saltmax
- ベストアンサー率39% (2997/7599)
正義や善悪の基準は 甚だ曖昧で基盤が脆弱です。 国家間のことであっても平和が保たれるのは 交渉と妥協の産物であってサーカスのような綱渡りの上にあります。 日本では 人種や肌の色もかわりませんし言葉も通じますが 島国特有の閉鎖感があって 固定された世界で生きていくには 周りをみて周囲に合わせるとか 事前に根回しするとか決定的な対立を避ける工夫が 生まれて熟成されて今があるのでしょう。 議論しても相手と縁が切れるわけではないので 明日からもそこにいることになるから 相手を屈服させることは望みません。 落としどころを模索するだけで交渉と妥協を繰り返すことになります。 権限がないと自分にとってのベストな地点には落ちません。 そんな所に居ても 血筋やカリスマ性があれば逆に戸惑うぐらいに 祭り上げられて仕舞いには首長にされてしまうでしょう。 十人十色が許されるのは周りに住んでいる人も知らないような 都会での話であって 自治体も頼りにならない地方のいなかでは 助け合わないと暮らしていけない部分があって 人手が必要なことは皆でやるってことになっているので 地域の行事や集まりに参加していないと よそものがただ住んでいてもそこの人にはなりませんよ。 皆、他人のために無償で汗をかくのを厭わない人なので 貴方も地域の他人の為にただで奉仕してみたらどうですかね。
お礼
ありがとございます。成る程…。 >固定された世界で生きていくには >周りをみて周囲に合わせるとか >事前に根回しするとか決定的な対立を避ける工夫が >生まれて熟成されて今があるのでしょう。 …このフレーズは大変参考になりました。 割に奔放で自由な周囲環境で育ちましたので、逆に自分の知らない世界を学ぶ思いです。 地域行事に参加…大いにさせて頂いております。 子供がいませんので、なかなか「お母さん達の集まり」にお誘い頂けませんが、楽しく一緒にやらせて頂いています…それでも、私を「気に入らない」と思う人はいる…と言う事ですよね。 せっかく縁あって居住している土地です。 大事に丁寧に積極的でも消極的でもなく、人々と接して参ります。 ありがとうございました。
- ido-kawazu
- ベストアンサー率26% (88/327)
こんにちは。 人生経験豊富な事がご質問の様な迷いに落ち込んでいる のかな~と想います。 「心理学の本」西東社刊、参照。 正しい事は在ったとしても判定するのは悲しい事にアナタ では有りません。 アナタの気が済むか済まないかだけ。 そ~結局何の役にも立たないのです、それを出しでも 引込めてもモメルだけなのですのでホッテ置きましょ。 責任を持たなくてイイモノで、アナタが加わる事で楽しい 揉め事が発生するのでしたら、したらイイ。
お礼
ご回答ありがとうございます。 もし私が回答者だったら…きっとご回答者様と近い意味合いでの内容を投稿したと思います。 それほど「私的な考え方に近い」コメントを頂け、ほっと安堵の感抱かせて頂きました。 私の質問に対する「回答の数」はその数の分の「考え方」を知る手だてになります。 私も問題の渦中・元になっている時程、楽しい事はありません。 問題があからさまになり、必ず何かが「改善される」事に繋がる事を何度も経験してきました。 物事を大袈裟に騒ぐ…のではなく、集団として仕事としての「結構重要な問題点が浮き彫りになる」自体へと発展し、「黙認」や「水面下」で消える…のではなく、不平等や不合理、弱い物が損をするようなするケースが「解決・改善」されるパターンが多いのは、自分なりにも興味深いところです。 周囲も「なになに、もめごと?」と興味津津の後、「じゃあ、あの件は落着するね!」と楽しみにしていたり…。 自分の正しさを振りかざしたい時期もありました。(若かりし頃) もうそんな時も過ぎ、穏やかに、出来ればもめずに…一日を終われたら…と願う年齢になりました。 それでも…「はっきり言明すべきだった…」と事後の結果、後悔する事も多くあった半生です。 難しいですね。「言うべきか・言わざるべきか」…。 それでも「瞬間瞬間の自分の判断」で私達は毎日を生きているのですね。 そうですね! >もめごとが発生するのでしたら、したらイイ。 ありがとうございます…それこそ、「人間だもの」ですよね。 元気が出ました…明日もまた、生き生きとした自分で生き抜けそうです。
- E-1077
- ベストアンサー率25% (3258/12620)
ごく簡単に回答をするのであれば「私もしばしばそう思う」です しばしばなのか時々なのか日常のほとんどなのか・・・は事によりけりなのですが。 もしかしたら情報操作されていて、私の知っていることは事実ではなかったのかな・・と思ったりします 村や集落では、斬新な考えや古い習慣から抜け出すということはかなり奇抜であるとされます これは地方過疎地域に限りません 地方でも都市部(県庁所在地)でも「隣組」「町内会」へ加入するのしないのって結構もめます。個人の自由にしてくれればいいのに・・・・。入らない理由を述べてください・・・って面倒だと思う以外にないんですけどね。 私自身は震災の被災者なので流浪し続けるしかないんですけれど、そのうえでどこか昔のしがらみから離れて生活することの快適さも分かってきたのです もちろん、合わずに逃げ出したこともあります やっと今の家に落ち着いて一年ですから、今後もわかりません 「そんなことでもめるの?」と思うことはかなりの確率であります これは、地域的な問題じゃなく、地域が作る「人」によるしある程度の年齢の人だとそうなるのかもしれないし、地域的な問題から「それしか話題が無い」という悲しいこともあるのかもしれません しかし、都市部だとまた別の問題も出てくるでしょうね 結局住めば都的なことも実際ありますから 周りが騒ぐほど「あれ?私がおかしいのかな」と思うのはあなただけじゃないです うん。これはハッキリ言いきれます 解決方法はなさそうですけれど・・・・。
お礼
ご回答ありがとうございます。 本当に…その通りですね。 何かトラブルや自分の認識知覚の域を超えた出来事が発生すると「嫌な場所(土地や職場)だよ」と思ったり、ちょっと売れいい事や楽しい事があると、「なんて良い場所(土地や職場)なんだ~!」と思ってみたり…。 ああ、何と煩悩にまみれ、流転の動地的な七変化をなす「弱き人間=私」でしょうか…お恥ずかしいです。 >周りが騒ぐほど「あれ?私がおかしいのかな」と思うのはあなただけじゃないです > うん。これはハッキリ言いきれます ありがとうございます。 この一言、この回答が欲しかったと思います。 「私だけじゃない…」的な(情けないですけど…)。 >解決方法はなさそうですけれど・・・・。 そうですね…解決方法より、「私みたいな人はいますか?」に重点を置いた質問したい事だったので、十二分に満足(安堵?)頂きました。 ありがとうございました。
- heyboy
- ベストアンサー率21% (1852/8730)
自分も正しい考えを持っているつもりです。 ただ、思っても言わないのは自分がこう思っても その当人は別のこうしたいと言う意思が見えると ま、やりたいようにやれば、、、。と思います。 理解しているとは思われますが 人は環境が違いますので自分がこれがベストと思っていても その人には全然ってことも、、、。 たぶん、思うに質問者も「意見が間違っている」のではなく そう思う時は少数派って事ですので あんまり悲観はしなくてもいいですよ。 まあ、どこで泣くとかも一種の価値観ですから (好きなジャンル、好きな傾向とか) 人はどう思うかはそれぞれですね (ちなみに、自分は人がどこで泣いてもあまり気に留めません) それに女性ですので 今まで自分を押し殺してきた経緯もあるので それが当たり前になっているのかもしれませんが 本当の自分を取り戻してもよい年齢かもしれません。 あまり傲慢になるのはいけませんが 自分の意見をはっきり言えるといいですね。
お礼
そうですよね…確かに! 私の様な人間(どんな人間かは別として)の存在は稀有なのかな? 異端児的な存在なのだろうか? と、自己卑下したり、自信喪失になったり、言うべき時に躊躇してしまったり…と言う”私らしからぬ”時期を迎えていました。 (意見・価値観の差異があるのは当然…と思っていた私ですが…)え~、私だけが「○○と思う」人(一人)で、他の全員が同じ意見や考え方だったりする場合、???ハテ?それは意見の違いであって、どちらが正しいのか…とは別な論点である筈なのに、「あなた(私)が間違っている」と押しつけられる場面が何度かありました。 …無言になるしか、ありません。 ごり押しした所で、まさに多勢に無勢状態ですから。 数ヵ月後…あれ?私の言った事に結果が落ち着いたの~?と言ったケースが何度もあり、なんだかリアルタイム場面では「自分が正しいのかどうか?わからない…」と言う混迷に陥ったりしました。 私にとって「必要な経験」であったように感じています。 本当に…Justなタイミングで、人を傷つけず、自分の意見をきちんと、落ち着いて、相手に伝わるように…言える日が自分に訪れるように、日々お勉強を積んでまいります。 ありがとございました。
お礼
ご回答ありがとうございます。 「地方過疎地域」を悪く言うつもりはありませんし、もちろん良い面(点)も十二分にありますよね。 一つの傾向というか、特徴的な側面と言うか…。 その土地土地でそれぞれ個性(違い)があって然るべき…と認識しています。 >服装にまで口うるさい人が… まさに。 そして(更に)…服装に勝手な見解での人格や性格をも絡めて他言しちゃったりしている人もいますよね。 確かに、人柄とか性格的なものも外見に現われる事もない…とは言い切れませんが。 難しく考えると、難しいですよね。 できるだけ、自分を殺さない程度に、浮き上がらない服装(デザイン)を着用するようになっちゃいました。 そんな事で円満におさまるのなら、どーってことないですからね。 (完全に、心から納得できない点もありますけど…) ありがとうございます。 住めば都…と思える日々が1日でも多くありますよう自己研鑽にいそしみます。