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「殺意」について

「殺意」とは、いとも簡単に感じるものなのでしょうか? こういうことを書くと、衝撃的であると思われますが、いわゆる「暴力的とされる場面」を観るたびに、わたしは「殺意」を感じます。 たとえば、大晦日の某バラエティ番組。ある落語家が「ビンタ」されてしまう場面ですが、ああいった場面を観るたびに、じわじわと、「殺意」がわいてくるのが、自分自身でわかるくらい、感じます。 そして、その「殺意」の矛先は、たとえば、自分の父親だったり、心無い日本教育時代の教師だったり、いろいろな人々がその対象となります。 そういった、「ちょっとした事情」がありますので、できるだけ、「暴力的とされる場面」は観ないようにしています。

みんなの回答

回答No.33

殺意がわく 確かに漢字を見ると恐ろしいですよね・・ 感情だからどうしてもわいてくる事はありますが 実際行動で示すような事さえしなければ大丈夫かと・・

noname#189117
質問者

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  • hapita
  • ベストアンサー率2% (2/81)
回答No.32

殺意はすぐにわいてきますね。しかしすぐに消えてしまいます。

noname#189117
質問者

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コメントありがとうございます。

回答No.31

最近になって、初めて殺意を覚えました。 私の場合「常識」「怒り」「和解」など、 そういう感情をすべて超えた先にありました。 といっても、もちろん 実行に移すことはしませんしできませんが。

noname#189117
質問者

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回答No.30

人次第ですよ。

noname#189117
質問者

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  • purimo5
  • ベストアンサー率5% (6/105)
回答No.29

簡単に感じるものだと思います! だからと言って簡単に行動に移すわけはありませんから、そんなもんだと思いますよ。 同じく暴力的な場面やそういった話はなるべく見たくないし聞きたく無いですね・・・

noname#189117
質問者

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  • ycbding
  • ベストアンサー率0% (1/144)
回答No.28

殺意は簡単に感じますね。 危機察知は重要な本能ですからね。

noname#189117
質問者

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コメントありがとうございます。

回答No.27

殺してしまいたいと頭の中でいっぱい考えたことがあります。 それは親でした。 最後の引き金はちょっとしたことかも知れませんが、過去の事が積み重なってだと思います。 私の場合、 父に対して殺してしまいたいと思ったのは、暴力的で単純に嫌悪感です。 母に対して殺してしまいたいと思ったのは、愛情の裏返しのような物でした。 勿論今は両親との関係は普通だと思います。 しかし、実家に出来るだけ近づきたくないと今でも思います。

noname#189117
質問者

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回答No.26

テレビで不快な思いをするのは誰にでもありますから心配ないですよ あまり考えるのもよくないので楽観的に考えてくださいね

noname#189117
質問者

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  • tdash
  • ベストアンサー率4% (8/187)
回答No.25

結構簡単に感じるものではないでしょうか、 でも実行はしないですね 居なくなればいいのに・・・なんて誰しもが1度は考えることではないでしょうか 実行しない時点で本当は感じていないのではないかもしれませんが もちろんレベルがあるのでしょうかね もうどうしょもなく止められず実行してしまう人も中にはいますね 結構難しいですね

noname#189117
質問者

お礼

コメントありがとうございます。 まあ、なんとか「コントロール」していますので、大丈夫、だと思います。

回答No.24

余程の憎しみが沸かないと 殺意とまでは いかない気がしますが…

noname#189117
質問者

お礼

コメントありがとうございます。

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