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小説を書く理由
自分の言いたいことを伝える為に小説を執筆しないほうがいい。それだったら別の形で意見を主張すればいい。という言葉を耳にしました。 でも小説ってそういうものなんじゃないのですか?
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- 31192525
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setuno_057さん、こんにちは。 小説を書く理由 『書きたいことがあるから』 伝えたいことがあるにしろないにしろ、プロでなけりゃそれ以外に理由があるとは思えませんが・・・。小説ってそういうものなんじゃないのですか?
- docomof08
- ベストアンサー率12% (82/643)
自分の言いたいことを伝える為(だけ)に小説を書くのだとしたら、誰も書かなくなってしまうのではないでしょうか。 「私はこう思います」と演説した方がより正確に伝わるし、時間や労力も何百分の一くらいで済みますし。 頭をかきむしりながら書いては破って…なんて苦労も要らないですし。 だから、その言葉はとても納得できます。 小説を書こうと思う人は、読むのも好きな人だと思います。 小説を書く理由より、小説が存在する理由や小説を読む理由を考える方が先なのでは、という気がします。
お礼
ご回答有難うございます。
NO.6 です。 >実は、その言葉を使った人は、小説家の方なのです。 そうなんですか。なら私は >自分の言いたいこと というところの解釈がまちがっていたようです。 その小説家は自分の(政治的な)主張などが別にあって、それを自分の小説に紛れ込ませることを嫌うのでしょうね。それはひとつの姿勢です。たとえば娯楽としての大衆小説を主として書いている人は、単に読ませる小説を楽しんで書いているということでしょう。純文学でも大江健三郎などは哲学的な、私的な小説を書く一方で、ヒロシマノートなどの主張性がはっきりしているエッセーなどを書いています。 でも同じ人間が書くものですから、必ずしも自分の主張が本職である小説の中にまったく現われないことはないとわたしは思います。自然にそういったものはいつかどこかににじみ出てくるものです。
お礼
追記ありがとうございます。
>小説ってそういうものなんじゃないのですか? 自己表現の一つの有効な手法だといわれるならその通りです。 >自分の言いたいことを伝える それは百人百様です。なにを媒体として自分を表現するのか、するべきか、したいのか、それは自分が考えるしかありません。自分が一番得意なことを表現媒体にするしかありませんね。 >言いたいことを伝える為に小説を執筆しないほうがいい。それだったら別の形で意見を主張すればいい。という言葉 それは小説を書いたことのない人が言う言葉です。唄うしか脳のない人が居ますし、踊りで自分を表現するのが得意な人も居ます。絵を描くことで自分を表現する、あるいは短歌を作る、勿論直接的に政治的な論文で自己主張したり、すぐ体が動いたり手が出る人も居るでしょう。そういった人を理解する必要があります。 人間には言語だけではない、様々な表現の方法があります。要は何を主張したいのかということでしょう。その内容に依って適不適ははあるかもしれませんが、単に自分の可能性を表現するのなら美術や音楽、スポーツもありです。
お礼
ご回答有難うございます。しかし実は、その言葉を使った人は、小説家の方なのです。
- kumalib
- ベストアンサー率7% (1/13)
私は、伝えたいものがある前にすでに書いているものが小説ではないかと思っています。 ただ何となく書いているうちに、いいものが出来上がったりするものではないでしょうか
お礼
ご回答有難うございます。
- mshr1962
- ベストアンサー率39% (7417/18945)
>自分の言いたいことを伝える為 誰に伝えるかによると思いますけどね。 小説でも漫画でも同じだと思いますが、『伝えたいテーマ』があるとしても 読者にそれが分かるのは、物語の終盤になりますよね。 身近の人が対象なら、語りながら読み聞かせるとかの手法で誘導できますが 不特定多数の読者に『伝えたいテーマ』に導くまで、飽きさせずに読ませるのは 至難の業だと思います。 あらかじめ『伝えたいテーマ』があるなら、演説するなり、歌(歌詞)にしたりした方が 多くの人に届く可能性は高いと思います。 小説を執筆するのに『テーマを作る』のはいいけど、『伝えたいテーマ』の為に小説を書くのは 難しいということを言いたいんじゃないでしょうか?
お礼
ご回答有難うございます。
- ミッタン(@michiyo19750208)
- ベストアンサー率15% (3892/25656)
意見の主張なら議員さんでもできるし、配信メールやブログでもできますね でも、改めて問われると小説って何なんでしょう? 線引きが難しいですね
お礼
ご回答有難うございます。
- SPROCKETER
- ベストアンサー率26% (2125/7984)
インターネットが実現し、ブログやツイッターで多くの意見が書かれるようになるまでは、自分の意見を率直に書いて新聞や雑誌に投稿すると、弾圧や嫌がらせを受ける場合が少なくありませんでした。それは小説でも同じです。 従って、小説を書かずにインターネットで意見を言った方が良いと言われるようになったのは、ごく最近の話で、それまでは小説で自己主張する以外に方法が無い時代が続いていました。 もっとも、小説でも検閲などで文章の削除や校正により、内容が書き換えられる事が多く、本音で書きたい事が自由に書けない小説家がザラにいるのが実情です。 インターネット社会の現在では、ホームページ、ブログ、ツイッターなど、さまざまな方法で自分の意見を述べるのが可能になり、小説を書いて投稿する事も出来ます。 もっとも、小説が民衆を説得する有効な手段だった時代は過去のものになりつつあり、現在はインターネットで多くのアクセスカウントを稼ぎ、トップランクに位置するブログやツイッターなどの文章が民衆への浸透が早く、説得力を持つものに変わって来ています。 今では、有名なものを除いて、小説の知名度が低い時代に入り、それよりも直接的な意見をそのままブログやツイッターの形で述べた方が多くの人の注目を集めるようになりました。政治を動かすのも小説ではなく、ブログやツイッターになりつつあります。 出版の斜陽化が進む現在では、小説の知名度は下がるばかりで、ブログやツイッターに敵わないという意味かもしれません。
お礼
ご回答有難うございます。
- 鷹取 飛鳥(@haruka-asuka090)
- ベストアンサー率39% (664/1663)
こんにちは。 誰かに分かってもらいたいということは人間として持っている普通の感情です ですが その知識や考えが100%相手に理解されることは少ないと思います なので 最初から相手に 分かるだろうという前提で書くなということかもしれません >でも小説ってそういうものなんじゃないのですか? 確かにそうですね。ただ読んで駄作と判断されることも 傑作と判断されることもあります 人の意見に左右されているうちはまともな小説がかけないぞということかもしれませんね・・。
お礼
ご回答有難うございます。
お礼
ご回答有難うございます。