残念ながら人は、ポジティブな要素より、ネガティブな要素の共感に価値を感じているような気がします。
道徳的にあまり好ましくないことに対して気が合うと、意気投合しやすいということです。
でも、真面目で成績が良い人たちは、概してネガティブなことを受け入れるのが下手な人が多い気がします。
人なのだから、やはり完璧にはいかないので、いたらないところが同じようにあると思うのですが、
親や先生、世間がやれということをそつなくこなし、妥協を許さず頑張ることで、
自分の負の要素に鈍感になっていくのだと思います。
妥協を許さない生き方は、周りの人には自分の怠惰なところを咎められたり、
受け入れられないのではないかという懸念を抱かせるのだと思います。
それなのであまり心を許しにくい、ということになるのだと思います。
夏休みの宿題はどう?という質問に、
7月中に終わったよ。というのと、
9月入ってからが勝負でしょ。というのでは、共感の得られ方が違うと思うのです。
自分の不得意なところを、アピールしてみるのはどうでしょうね。
下手に出て、ここのうまいやり方が分からないんだけど教えてくれないかなと。
コミュニケーションについてでもいいと思います。
身近な友人に軽く相談してみては?
成績がいいということが周知の事実だと、他のことが不得意であることを堂々と言いやすいと思います。
これは逆に武器だと思います。
ダメな人が、特定な分野でダメだとアピールしても、おまえ全部ダメだろと言われるのがオチですが、
出来るところを持っている人が言うと、ジャンルは違えど、
同じようにできないことを持っているという共通感覚を得られると思います。