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なぜ道路交通法を厳罰化しませんか?
飲酒運転を厳罰化した結果、飲酒運転が大幅に減少しました。詳しく知りたい人はインターネットや警察庁のサイトを見てください。 一方、交通事故による死傷者は多い状態が継続しています。悪質な運転を繰り返すドライバーが多いためです。ならば、厳罰化することで交通事故を軽減することができるはずです。私が法律家なら厳罰化します。それが人命を重視する世界共通の倫理道徳、および日本国の憲法と合致するからです。しかし、実際には、そうしていません。なぜでしょうか。気になったので、自分なりに調査しましたが、該当する記述は見られませんでした。そのため質問させていただきます。よろしく お願い致します。
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回答と補足を読んでる内に「なるほど!」と思いました。 愛が足りないから、厳罰化に至れないと思ってたけど、根本的な部分において人々の脳みそがとろけててアホであるから、 「厳罰化が仁義的にも善である」という思考に至れないのだと思った。 私もつい先ほどまで脳みそがとろけてアホになってた様です。 質問者氏への思考に理解が届いていませんでした。 ですが、NO15への補足に書いてる「法律家が道徳を尊重してない」という文脈を読んではっとしました。 法律を整備する者としての法律家が存在する訳なのだから、どうすれば事故が抑止できるとか知ってて当然の立場にある訳ですが、 厳罰化で事故が抑止できる可能性についてスルーしてるのか、それとも脳みそがとろけててアホであるのかは、どちらかしかないとして考えると 「アホだから」という答えしかありえないでした。 恐らくですが、法律を作る人は地位の高い立場の者であり、人生をとんとんと成功してきた様な者で、いわば挫折しらずの 痛み知らずな人である可能性が高いという事です。 身内が事故にあったりしてたら、精神的にダメージを受けたりして、普通は勉強とか仕事が手につかなかったりして成績が落ちたりして挫折すると思います。 そういう人は、そうでない人よりも必然的に社会では出世しにくい訳で、法律を作れる様な地位の高い立場にも成りにくい筈で、国のあり方に意思が反映されにくい傾向があると思います。 法律家とそうでない凡人との価値観に大きなギャップがあって、それのギャップが、いわゆる”法律として厳罰化できてない”という状況を結果的に示してるのではと。 つまり、法律を作ったり改変する人が人間味のない冷徹な者である傾向、確率が「被害者遺族的な社会弱者よりも相対的に高い強い」という訳であり、 要するに「人としてアホである」という事である。
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- jhonxx
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補足です。 「悪質な運転」と悪質な「交通事故」は異なります。「悪質な運転」の罰則の強化は、道路交通法違反事件の厳罰化を意味します。悪質な「交通事故」の罰則の強化は、自動車運転過失致死傷罪や、危険運転致死傷罪の厳罰化を意味します。 一般に過失犯よりも、故意犯の方が悪質な犯罪類型であり、自動車運転過失致死罪や、危険運転致死罪よりも、傷害致死罪や殺人罪の方が重く処罰されます。うっかりミスと、「わざとやった」という場合を比較すれば、明らかに後者の方が非難の程度が高い。「悪質な運転」や悪質な「交通事故」の厳罰化は、傷害致死罪や殺人罪の厳罰化につながります。 道路交通法違反や自動車運転過失致死傷罪と、強盗罪、強姦罪、窃盗罪、放火罪などとの刑のバランスが必要です。 「悪質な」道路交通法違反や自動車運転過失致死傷罪事件を重く処罰すれば、「悪質な」強盗罪、強姦罪、窃盗罪、放火罪なども厳罰化する必要があります。一般に、「悪質でない」強盗罪、強姦罪、放火罪などはありません。 女子トイレの下から鏡を使用して覗く行為をくりかえすことは、「悪質な」軽犯罪法違反・迷惑防止条例違反ですが、現在は刑罰は重くありません。酒気帯び運転のような「悪質な」道路交通法違反を重く処罰すれば、他の悪質な事件の厳罰化をもたらします。酒気帯び運転を重く処罰すれば、故意の信号無視なども処罰が重くなります。 このような刑のバランスが重要です。世の中の犯罪の被害者は、交通事故の被害者だけではなく、痴漢犯罪の被害者や、窃盗事件、傷害致死事件の被害者などを含めて、すべての被害者にとって、重大な結果をもたらす犯罪は「悪質」だと感じます。酒気帯び運転の処罰と、1000万円の窃盗事件、電車の中で痴漢事件の刑のバランスを裁判所は考えるのです。「悪質な」交通事故を重く処罰すれば、傷害罪や殺人罪の刑はさらに重くなります(わざと他人に危害を加える行為は、交通事故よりも悪質です)。「悪質な交通事故を重く処罰するのであれば、自分に対する悪質な事件(交通事故以外の)も重く処罰してほしい」と、多くの被害者は考えます。 一般に、悪質な行為類型を集めたものが刑法犯であり、道路交通法違反は、そこまでの悪質性のない行為類型です。 「悪質な」交通事故の厳罰化は、「悪質な」犯罪全般の厳罰化や犯罪全般の厳罰化をしなければ、バランスがとれなくなります。 現在の裁判所の処罰は、犯罪全般の刑のバランスをとりながら行われています。「悪質な」交通事故の処罰を「軽すぎる」と感じる国民が多いとすれば、他の故意犯の処罰も「軽すぎる」ことになります。現在、傷害罪でも、前科がなければ執行猶予付の刑になることが多い。「わざとやった」ことは、うっかりミスよりも、それ自体が悪質です。 酒気帯び運転による事故は、酒気帯び運転自体は故意犯ですが、事故そのものは過失犯です。故意に事故を起こせば、傷害罪や殺人罪になります。酒気帯び運転による事故は、自動車運転過失致死傷+道路交通法違反であり、過失犯+故意犯という構造です。酒気帯び運転は他の道路交通法違反よりも重く処罰されますが、刑法犯よりも軽いというバランスがとられています。 国民が犯罪全体の厳罰化を望むかどうかという議論の中で、「悪質な」交通事故の処罰の問題を考える必要があります。 ちなみに、質問に、「人命を重視する世界共通の倫理道徳」とありますが、欧米では、一般に、「悪質な」過失犯の処罰は日本よりも軽い傾向があります。過失犯を処罰しない国もあります。欧米では日本よりも不起訴になる範囲が広い。それは、過失はそれ自体が故意よりも悪質ではないという考え方があるからです。 また、「日本国の憲法と合致するからです」とありますが、憲法は、被害者や刑事被告人も含めて、すべての国民の人権について規定しています。
補足
かいとうをありがとうございます。 専門的な意見を一般的な言葉で書いてくれているため、理解しやすかったです。 ただ、私の質問は「なぜ道路交通法の死傷者を減らさないのですか?」です。つまり、刑法の話ではなく、倫理道徳の話です。 仮に、故意犯より過失を厳罰化しても、そのほうが「道路交通の安全かつ円滑な運行」が実現できるのなら、そうすればいいのではないのか、という質問です。つまり「刑法のための刑法」ではなく、「人々の安全と幸福と平和のための刑法であるべきでは?」という質問です。 極端な言い方をすれば、もう刑法や罰則のバランスがグチャグチャで理不尽で矛盾だらけでも、それが「人々の安全と幸福と平和」を実現できるのであれば、そうすればいいのではないか、という質問です。 前述したとおり、私が風見しんごさんなら、今の道路交通法に納得していない、という質問です。なぜ法律家が「地球より重い」はずの人命を軽視しているのか理解できない、という質問です。
- sakudrada31
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>すべての人が「人の罪を責めることに執着している」と判断した場合、なおさら厳罰化されていなければ不自然です。にもかかわらず、現実は、そうなっていません。 つまりは、 「人の罪を責めることに執着している」 のが人それぞれ分野が違うからだと思う。 みんなが交通事故の案件について、「人の罪を責めることに執着している」のなら、成立するけれど、実際はみんなは、交通事故の被害者、当事者でないから興味がない。交通事故でない他の問題を優先して人の罪を責めることに執着している。 例えば、結婚できない男は、世の中の不条理を嘆いて、気を紛らわす様に、政治などの悪い面を指摘したりして何かを責める。等 人それぞれの時間の使い方の優先順位が違って・・・ おそらく、詳しく書かなくても私が意図した意味は判ると思います。 要 するに世界中の人が被害者に対する愛情が足りないから、厳罰するという制度改革まで労力を注ぎ込まないという事。 もし、みなが被害者に対して真の意味で共感して愛の手を差し伸べるとしたら、被害者の意向にはできるだけ従える筈です。 仮に当事者加害者が厳罰されないとしても、未来にて事故が起きない様に、徹底的に厳罰化を推進する。 でなければ、被害者が何の為に被害者になったか、まったく意味がないかの様であり、神様を呪うだけの人生になりかねない。 そんな人生を尻目に、他人は神に祈ったり仏を拝む人んで、不幸から逃れようとしたり、今ある幸せに感謝したりする。 そんな光景を人々は意図せずとも被害者に見せつけて、被害者に神も仏も居ない事を悟らせたり、嫌な思い出を思い出せたりさせ、むなしく不幸に追い込む訳だから、 だから、愛があったなら、厳罰化はできるという事だと思う。 厳罰化できないのは、人々に人を愛する力が足りないという訳で・・・ これで納得する答えになりますか?
補足
なるほど、「当事者意識の希薄なたいしょうには、罪を責めることに執着しない」というわけですね。それなら理解できます。 「犯罪を取り締まる人」「車両を運転する人」などの全員が愛情に乏しく、安全で円滑な道路交通の確保に対する責任が欠落しているのであれば、厳罰化されていない現状に納得できます。 残念ながら、そう考えるしかないようですね。
- jhonxx
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犯罪は、自動車運転過失致死傷罪だけでなく、窃盗、詐欺、軽犯罪法違反、殺人などなどたくさんあり、「厳罰化して犯罪を防止する」ためには、すべての犯罪について、厳罰化することになります。 自動車運転過失致死傷罪だけ厳罰化すれば、「なぜ、交通事故だけ特別扱いするのか」という非難が起きます。 中国では、窃盗でも死刑にすることがあります。麻薬犯罪で死刑にする国もあります。 交通事故ですべて刑務所に入れるとすれば、万引や痴漢犯罪も刑務所行きでしょうね。強姦罪はすべて死刑? 故意犯である強姦罪は、過失犯である交通事故よりも悪質であり、重く処罰することになります。放火はすべて死刑でしょう。 歩道を歩いていて、うっかりと老人にぶつかって大けがをさせれば、刑務所に2年くらい入るという扱いでよいかどうか。 宅配便のアルバイトをしていた学生が荷物を倒して子供に怪我をさせれば、学生を刑務所に入れますか。学生だけ特別扱いというわけにいきません。もし、子供が死亡すれば、世論は「悪質な事件」とみるので、学生を刑務所に20年くらい入れますか。 酒を飲んで自転車(自動車ではない)に乗り、子供にぶつかって子供を死亡させれば、被害者の親は、「加害者を死刑にしろ」と言いますが、それでよいでしょうか。 立ちションベン(軽犯罪法違反)もすべて刑務所行きでしょうか。 誰でも、被害者にも加害者にもなりうるのです。うっかりミスは誰にでも起こります。ミスが些細なものかどうかと、結果の重大性は、関係がありません。些細なミスでも運が悪ければ、重大な事故になります。些細なミスの事故でも、重大な事故であれば、世論は「悪質な事故」として非難します。 人間はわがままなもので、日本では他人のミスを非難しますが、自分がミスを犯せば、「助けてほしい」と懇願するのです。 これらは国民が選択すべき問題です。国民が、日本も中国のような厳罰の国になりたいと言えば、可能でしょう。
補足
おっしゃる意味がまったく理解できません。 質問に記述しているとおり、「悪質な人を厳罰にする」という質問内容です。それに対して、あなたは なぜか「歩道を歩いていて、うっかりと老人にぶつかってけがをさせた事例」をこたえています。これのどこが「悪質な人」なのでしょうか。内容がまったく理解できません。あなたの住む地域では、老人とうっかりぶつかった人を「悪質な人」と認識するのですか? それとも、質問を読まずにかいとうを書いたのですか? 意味が理解できないので説明してください。
- sakudrada31
- ベストアンサー率21% (63/287)
>「なぜ自動車業界は、きけんドライバーを放置して、車離れを加速していますか?」 自動車業界の人に聞いてみないと判らないけど、多分、事故が起きても、自動車業界が責められたり標的なりにくいからじゃないかね。事故した犯人にまず被害者の敵意が向かうでしょうから・・・ 自動車産業が自分たちにも責任がる事を自覚しなければ、いけないとして、 事故統計なんかは良好で、”事故は年々少なくなってる” から、直接自分たちの責任とは思えないのではないかと。 要するに自分を正当化する心理が働いてる。 例えば、最近の社会問題だと、イジメ問題が問題化されますが、 わたしを含めて多くの人は「最近の子友達は~親の教育がなってないからだ!」とか「社会が構造が悪い」という自分には責任がない方向性で問題を解釈する傾向がる。 いじめが発生しない様に教育、いじめが起きたら対処する。のを皆でやっていれば、OKの問題であって、 問題が発生するのは、皆の努力せず日々を怠慢に過ごしたという事であり、各人の日々人生、虐め対策に関しての努力を妥協してた結果である。ごろ寝してオナニーして問題解決する時間を潰した結果そのものと言える。 ごろ寝してオナニーして時間潰した結果そのものとして、解釈すれば、事件の原因は当事者外にもしっかりとある訳になる。でもそれを自覚させる流れが世の中にはない。 そういう感じの流れに似たものが自動車産業にもあって、社会問題を問題視しないような感じになってるのではと。 ごろ寝してオナニーして時間潰す時間を、多くの問題に取り組めば、問題なくなるよね。割と難しいと思うけれど。 結局「人の罪を責める前に自分の罪一切無いのか自問しろ! いじめ事件を発生させた原因がお前にもあるだろう!」的な自虐思想が皆にあれば、良いかなと思う。 そういうのがあって、自動車会社が責任を自覚して、世の中にアクションを起こすのであれば、それは非常に面白い。愛ある社会現象と言える。世界の手本、皆の見本になり、世の中が良くなるかもしれない。
補足
へんしんをありがとうございます。 あなたの説明には、ある程度は納得できます。しかし、疑問が残ります。すべての人が「人の罪を責めることに執着している」と判断した場合、なおさら厳罰化されていなければ不自然です。にもかかわらず、現実は、そうなっていません。 前述したとおり、風見しんごさんの娘をひき殺した交通事故では、乱暴な右折により横断歩道を渡っていた こどもをひき殺しています。これに対し、東京地方裁判所は禁固2年(求刑禁固3年)の判決でした。あなたの大切な人が、この大型トラックにひき殺されても、納得できるでしょうか。「私の大切な人の命は、たった禁固2年なのか!」と、不満を持つのではないでしょうか。すべての人が「人の罪を責めることに執着している」と判断した場合、この刑罰は軽すぎます。それについて質問をしています。
- sakudrada31
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厳罰化すると車が売れなくなる。自動車株の下落、雇用者減、 厳罰化しようと国に働きかけたら、損害を被る者のせいで、差し止められる可能性あり。 尚、統計的に事故が減ってきてますが、現代は車に乗らない若者も多く、また不況で車を買えない人も昔より多い可能性が高いので、統計値で案心を得るのは間違いに思います。 悪質な運転を繰り返すドライバーについては、もはや車に乗る前からして頭がオカシイと思います。 私の知り合いに事故った人居ましたが、(幸い器物破損程度)30キロ制限道路で100k飛ばしてました。 「人を引きそうになったら、谷ぞこに落ちるようにハンドル左に切るから大丈夫」って言ってました。 危険な人は何かしら危なしシグナルがあります。市民としては、警察に通報して指導して貰うとか免許剥奪して貰う様に呼びかけないといけませんね。 厳罰化したら、車乗る人が減る要素から、結果的に交通網が軽くなり、事故が発生しにくくなると思います。 車の多さ自体もある程度影響があるとすれば、海外等で事故が少ない現象についても納得できる。アメリカは道路が広いので、事故りにい。 いずれにせよ、車が多く道狭い日本は厳罰化の方向性が良いと思います。それで確実に被害者は減るし、排ガス等の環境にもいい。恐らくいいことずくめ。 車の消費が減って自動車メーカーが打撃しても、消費者は車買う代わりに本やDVDを沢山買ったり、パソコン買ったりで、経済効果はちゃんとある。 ちなみに自動車メーカーは輸出で商売する際の収益について、免税な程に優遇されてますね。 国家収益には直接結びつかないわけで、自動車メーカーは衰退しても日本は痛くも痒くも無いという事ですよ。
補足
へんしんをありがとうございます。 あなたの説明には納得できません。現実は逆だからです。 私は車の免許を持っていますが、車に乗ろうとは おもいません。非常に危険なドライバーが多く、危ないと感じているからです。道路交通法を理解していない人が多い上に、合法麻薬やアルコールで意識が もうろうとした状態で運転している人を何度も目撃しています。年間の交通事故死者数も、それを統計的に裏付けています。列車事故で数十人が死亡すれば大スクープですが、交通事故で年間1万人以上が死亡しても報道されません。そして、誰も きにせず平気で車に乗ります。「一番危険な乗り物」であるにもかかわらず。おそらく「きけんを察知する神経」が麻痺している人が多いのでしょう。私は麻痺していません。だから車に乗りません。 もし取締りが強化され、危険なドライバーが道路から いなくなれば、私は車に乗ろうと おもうかもしれません。危険なドライバーの多い現状は、自動車業界にとって逆効果です。実際、自動車に乗らない若者が増加していることが、それを証明しています。 繰り返しますが、私の質問は「なぜ自動車業界は、きけんドライバーを放置して、車離れを加速していますか?」です。それについて教えていただけないでしょうか。よろしく お願い致します。
- nep0707
- ベストアンサー率39% (902/2308)
>飲酒運転を厳罰化した結果、飲酒運転が大幅に減少しました。 これは厳罰化よりも、そのキャンペーンを兼ねた 取締りの強化のほうが原因としては強いと思います。 >一方、交通事故による死傷者は多い状態が継続しています。 http://www.stat.go.jp/data/nihon/g6226.htm かつては1万人以上死んでいたことを考えると減っているんじゃないですか? >ならば、厳罰化することで交通事故を軽減することができるはずです。 厳罰化は実際しているし(交通違反の罰則や反則金は軒並み上がっている)、 平成20年に減り方が大きいのは自動車運転過失致死傷罪が新設されたことと 無関係ではないと思います。 >実際には、そうしていません。なぜでしょうか。 実際にしているわけですから、「実際には、そうしていません」のではなくて 「実際に厳罰化しているけど思ったほどの効果が現れない」のが 「なぜでしょうか」と読み替えますね。 これは「厳罰化は必ずしも犯罪抑止力に直結しない」という 刑事学ではいやというほど言われていることが挙げられます。 市民にとって「罰則があるかないか」「捕まるか捕まらないか」は重要でも 「捕まったあとどうなるか」を考える人はそう多くはないんじゃないでしょうか。 もう1つは、厳罰化(たとえば交通反則通告制度=いわゆる反則金制度なんて廃止して、交通違反は全部刑事事件にするとか)するにしても、事件を処理する側のリソースも有限という現実的な問題です。 …今起こっている交通違反を全部起訴したら何件になると思います?仮に厳罰化して件数が1/3になったとしてもめまいがする件数でしょう。。。
補足
へんしんをありがとうございます。 刑法学に詳しい人の意見が得られてうれしいです。しかし、あなたの答は私の質問と矛盾しています。私の質問は以下のとおりです。 ・危険なドライバーからは免許を取り上げれば、強制的に「厳罰化が必ず犯罪抑止力に直結する状況」を生み出せるのに、なぜそうしないのですか? ・危険運転に限り罰則金を何倍にも上げれば、その金で「事件を処理する側のリソース」を増やせる上に、社会の平和と安全を向上できるのに、なぜそうしないのですか?
- n_kamyi
- ベストアンサー率26% (1825/6764)
厳罰化したところで、交通事故が軽減することはないでしょう。 誰しも自分は事故など起こすわけないと思っています。 とくに悪質な運転を繰り返す人ほど、「自分はうまい、事故など起こすわけない」と思ってます。 厳罰化したところで、「自分には関係ない」でしょう。 そして、いざ事故となると、判決は加害者よりです。 過失で起こした事故なので、更生の道を・・・というのが現代の判決です。 ひと一人殺しても、せいぜい3~4年の刑です。 法定刑を厳罰化しても、抑止力に繋がらないので、意味がないということです。 これが加害者天国ニッポンと言われる所以です。
補足
私の質問は「抑止力に繋がらないから厳罰化しないのは間違っているのでは?」です。 たとえば被害者感情を重視する、また罰金を強化する場合は国の資産を増やす効果もあります。その金で交通安全キャンペーンを実施することもできます。そのために厳罰化することは理にかなっているのではないでしょうか、という質問です。
- mrst48
- ベストアンサー率9% (303/3050)
交通事故を減らすために、厳罰化する。 これも交通事故を減らすのに、有効だと思いますが すべて解決する訳ではないと思います。 飲酒運転の検挙件数、飲酒が原因の事故も減ってきていますが 飲酒運転が根絶しているわけでもありません。 たまたま検挙されない、たまたま事故を起こさない 飲酒しての運転は、数字に表れません。 また、運転席で呼気を関知して飲酒ならば、 運転できない装置も研究しているようですが 素人考えで、スプレー缶の酸素ボンベを使ったら?。 交通事故の原因は、違反だけではなく 運転中の急病、ペダルの踏み間違い、クルマの欠陥(リコール対象になる事案)等 様々考えられます。 また、自転車の飲酒を含むルール違反・マナー欠如、歩行者の飲酒しての歩行など 一概にクルマが事故原因の過失では無いケースも多々あって クルマだけ、違反の厳罰化では、交通事故は減らないのでは。 交通事故がクルマではなく、自転車、歩行者側に過失大の場合 裁判でクルマの運転手に損害賠償を支払うようにすれば 交通事故抑制につながるのではないでしょうか。 幼い子供、高齢者の場合にはどうするかの、判断が必要ですが、 今は、歩行者・自転車は交通弱者として、保護されていますから。 報道では事故の自転車側の過失を、認める判決も出てはいますが まだ少ないと思いますし、担当裁判官が、日頃クルマを運転しているのかでも 判決が、左右されるのではないか、とも思ってはいますが・・・。
補足
私の質問のどこに「クルマだけ、違反の厳罰化」と記述していますか? 老若男女、弱者から強者まで全部厳罰化しましょうといっています。ちゃんと質問を読んでください。
- Xiong Qing Ying(@xiongqin)
- ベストアンサー率16% (149/890)
法事国家ですか? 法律で何もかも厳格化する姿勢ですね。 迷惑条令、飲酒運転、ゴミを捨てたら1000万円の罰金、必至こいて法事に励む意外手立てが無い日本。 さて、現在の日本の人口は一億三千万強、現在に至り様々に法改正(道路交通法)し公務が挑んで来ました。 しかし、全体の事故は一向に減る気配は無い。 車は200km/hに達するほどの速度を得られる機能がある。 酒は、公的に販売している、酔えば思考能力が低下し事故に繋がる、しかし禁酒法は発令できない。 タバコは迷惑条令の中で規制され吸えない場所が多くなっている。しかも、タバコの規制は年々増える一方。他人に煙が及ばなければ吸ってもよいと思うのだが、吸う人間の頭上に煙突をつければよいではないか、思考力の低下は無い。 何故か公務は酒を飲むのを止めろと言えない。 なぜならば、ストレス解消と、酒を止める事によって内需が下がるからである。 車も同様、機能を落とせば、人間のストレス発散ができなくなり、他の犯罪が増える事にもなる。 尊い人命と云うが、地球からみれば黴菌にすぎない。 世の中矛盾ばかりですね 人名をあまり重視していないと思われる、中国と比較しても人口に比例した事故率は彼等の方が低い。 人名を重視する傍ら、大切なものを日本は失っているのではないか。
飲酒運転は、厳罰化されて減ったとしても、別の原因により引き起こされる交通事故は減りません。 したがって、交通事故の引き金となる違反には厳罰化することはよいとおもいます。 しかし、守れないようなスピード制限を課しておきながら取り締まるのはどうかと思います。 なので、道路交通法はそれなりに工夫されて運用されているとはおもいます。
補足
へんしんをありがとうございます。 繰り返しますが、私の主張は「守れないようなスピード制限を課しておきながら取り締まるのは完全に撤廃しよう」です。そして、ここでは、その内容は質問とまったく完全に100%絶対に無関係です。同じ答が何度も来ることに困惑しています。このような答が来ないように、質問には「人命に直結する悪質なドライバー」の話だと限定しているはずなのですが。 私の質問は「なぜ国民は、現状の道路交通法をそれなりに工夫されて運用されていると感じているか?」です。 補足に書いたとおり、あなたの大切な人がひき殺されたときに「私の大切な人をひき殺した相手は禁固2年か。よし、道路交通法は工夫されて運用されている」と、なぜ判断するのか、を教えていただきたいのです。
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お礼
回答をありがとうございます。 なお、これ以上待っても回答が得られそうにないため、この質問は終了します。よって以下の結論になりました。あなた方が この結論を受け入れることに苦痛を感じるかどうかにかかわらず。 ・現在の刑法は「刑法のための刑法」であり、「平和と安全と幸福のための刑法」ではありません。 ・理由は、刑法を作成する責任者が責務を放棄している可能性が最も高いです。 ・一般人は今の刑法に納得していません。 ・極悪非道な運転をしたい悪質なドライバーは、法律改正の質問でさえ必死で荒らしてきます。いくつか削除要請して削除してもらいました。