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車両について教えてください
最近、列車の車両に興味を持ちはじめました。 そこでお聞きしたい事は、能登・きたぐに・日本海・ムーンライトえちご・ムーンライトながら・急行アルプスに使われていた車両を知りたいです。 臨時になり使われていた車両が替わった場合には、定期運用の時の車両と臨時後の車両も教えてもらえると助かります。 それと出来たらで良いので、昔走っていた夜行列車(急行・特急・快速)を全て(区間と時間も)教えてもらえると嬉しいです。
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急行「きたぐに」が大阪-青森間だった時代に乗った事があります。 寝台車は10系軽量客車が使用され大阪-新潟間連結でした。大阪-青森間はグリーン車がスロ62、普通車は12系客車でした。 大阪-新潟間の運転になった時に寝台も普通車も14系客車化されました。 583系電車化されたのはその後の話で、運転短縮と同時ではありません。 大阪-新潟間の特急「つるぎ」は急行「きたぐに」が大阪-青森間の時代から運転されていました。20系客車→24系25型客車。 「ムーンライトながら」になる前の大垣夜行と呼ばれた時代に旧型の80型が使用されたとは思えません。 185系電車が使用された情報もありません。 私は完全に否定する材料を持っていませんが、使用されたと主張される方は動かぬ証拠をお持ちでしょうから補足してもらって下さい。 昔走っていた夜行について東京や大阪発着の寝台列車は情報がネット上に残っているでしょうから調べてみて下さい。
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- tetu758
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前回の質問でベストアンサーを頂きましたので引き続き回答をします。歴史が古い物が多いので電車になってからの運用を中心に書きます。 急行能登は旧型客車、寝台客車から489系、485系と引き継がれています。運用は上野~金沢(一時期福井)で運用されており、早朝着の為、回送先の電車区のある当時の東金沢駅(現在の駅は金沢貨物ターミナルに隣接)に退避していました。相棒は「北陸」であり、こちらは電車の運用はありませんでした。 急行きたぐには旧型客車、寝台客車から583系に引き継がれ、当初は大阪~青森を結ぶ急行でしたが、電車化と同時に新潟に短縮されました。複数走行していた当時の列車は「つるぎ」となり、「日本海」の相棒の列車でした。上野発の「出羽」、「あけぼの」は旧型客車、寝台客車で走行し、対になる関東からの並走列車でした。 「ムーンライトながら」は姫路~東京の客車を電車化してから大垣始発になり、80系、153系、165系、169系の急行形、155系、159系、167系の修学旅行形、183系、185系、189系,373系の特急形が使用されており、臨時の運用では113系、115系の近郊形も使用されていた時期もありました。 「ムーンライトえちご」は夜行の「佐渡」を時間を改めて誕生し、165系を振り出しに485系、183系、189系を使用しました。「フェアウェイ」の黒磯運用を会津若松、喜多方に延長されてから485系になり、「能登」の相棒が変更になり、183系、189系になりましたが再び485系に戻りました。 「アルプス」は「ムーンライト信州」のご先祖様にあたり、急行形の165系、167系、169系等を中心に使用していました。末期は183系、189系を中心に使用されており、長野~新宿の中央夜行を統廃合して「ムーンライト信州」が誕生しました。 国鉄時代は夜行の天国でしたので昭和40年代までに製造されている形式に関しては客車、電車、気動車は使用されており、カメラを持って撮影に出掛けたものです。
お礼
詳しく教えていただきありがとうございます
お礼
回答ありがとうございます。 調べてみようと思います