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”朝白たき” とは何でしょうか

江戸時代後期(天保の頃)ですが  行事が絡む献立に”朝白たき”があります 長野県上田市に残されている文書に書かれている部分ですがご存知の方教えてください 原文を添付します よろしくお願いします

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  • dayone
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回答No.2

前回と違い(笑)素早い応答ありがとうございます。 おっしゃるとおり「白たき」を素直に「蒟蒻」と捉えれば、 体内の砂を払う作用がある「胃腸のほうき」などと称され、 とくに事八日(12月8日)や針供養、冬至、庚申の日など、 年や季節の変り目に多く食べられ、体内の不浄と精神的な汚れも払って、 心身ともに清浄にしようという風習を思えば、 何も難しく考える必要はなかったのかもしれませんね^^ さて”あなたはどんな方ですか”と問われましても困ります(><) 強いて言えば、お時間の許す範囲で私の回答履歴でも 御覧いただければ少しは人物像が浮かぶかもしれませんよ^^ 要するに「ただの人」です^^ そういえば、昨年のGW時期にも、 大阪府下在住の郷土史家様と歴史カテでの一期一会がありました。 当時、その方のサイトにアクセスしてみると、吃驚仰天!! その方御自身が過去に地元「市史」の誤り数百箇所を指摘して、 全国紙の記事になるほどの出来事、教育委員会・市議会も大慌て、 質問者様は、実はマスコミも認める郷土史家、 かたや回答者の私はズブの素人、あとで冷や汗が出た記憶が甦ります。 (残念ながら現在当該サイトにはアクセス出来ず少し心配しております) onegai_3 様にも昨年の郷土史家様と同じ匂いを感じ、 ズブの素人との私としては恐る恐るカキコミさせて いただいているのが実態でございます。 とは言っても、自分の知らない事でも興味がわいた質問には、 チャレンジしてみようというスタンスでいますが、 単純に Wikipedia などで解決するような質問にはあまり興味がわきません。 なので、何方様からのカキコミも無い質問に触手が動く傾向にあります^^ もちろん質問者様の一助になれば、なお宜しいワケですが、 自分自身の思考外の疑問に対し白紙状態から調べる事は新鮮で刺激的でもあり 結果の如何を問わず調べる過程自体が自らの肥やしになることは 確かなので止められそうにありません^^

onegai_3
質問者

お礼

前回は本当に赤面でした。 ”白たき”としてですが 白滝をどのようにして食したかが次のテーマになるのでしょう 先月隣村の方が これ何かね と文書を見せられました 内容は婚礼の献立で数次にわたる披露の席毎の献立と勝手方の献立でした 此のときにもう一寸しっかり見ておくべきでした。 その文書は現在 大学の研究者の手元に調査のため預けてしまわれた由。 ”白たき”=”白滝”という安直な考え方と ”お煮掛け”を男言葉に置き換えた”煮掛け” 漢字を使うほどのこともないかと判断されたかどうか ”にかけ”と同様の表現の仕方があるとすると 現在上田に限らず長野県内には”お焼き”が季節を問わず食されます。 ”お焼き””おやき”からどうしても”焼”のイメージが連想されますが ”焚餅””焚もち””やきもち” は ”おやき”であろうか になります。 この”おやき”は小麦粉を水か熱湯で練って皮を作り 中に 小豆餡 や 茄子の油味噌挟み を置き皮で包みます 包んだものを蒸かしあげます 個人的には水捏ねの皮は小豆餡に 湯捏ねの皮は茄子に向いているように思います。蒸かし終わると団扇で荒熱をとりかごに並べ冷やします。 最近は餡として 野沢菜漬けの油炒め ヒジキ 切干大根 などが店売りのメニューに追加されています。我が家では亡母がお盆の棚にお供えする”おやき”は丸茄子の油味噌挟み 秋休みにお供えする”おやきは”野沢菜のカブをセンツキで突いたものを素材に味噌餡を作り皮で包んだ”カブのおやき”が得意でした。 ここまでは ”焼”のない ”おやき”でしたが 長野県小川村周辺では冬場限定でしょうが ”おやき”を囲炉裏の灰に埋めて ”お焼き”にしていただくのが普通で 香ばしくおいしいと言います。 このタイプの ”お焼き”が長野駅の売店に出ているもののようです。こうした ”焼”が歓迎されているのかどうか分かりませんが ”おやき”の店売りの ”おやき”天地にフライパンで焼き色を付けたものも見受けます。 ここまでで ”焚””焼”が解決したことにして では ”焚餅”の ”餅”はどうなったか です。 特別の日の献立に上がる筆頭は”餅”で”赤飯””白粥””煮掛け””うちこみ”が続くのでしょうか 上田地方の村落では盆棚に一度は ”おやき”を供えることが通例です 本来は 小川村近辺の ”お焼き”を真似たのかもしれません しかし囲炉裏にくべて ”焼く”は暑中には難儀なことと考えたか面倒と考えたか 手を抜いて蒸し上げることで折り合いをつけながら 祖宗の霊前に供えるものであるからして ”餅”であるべきで ”おやき”でも ”お焼き”でもなく 勝手な都合で ”焚”の字をもって ”焚餅”とさも上位にある食べ物であるかのように見せたものでしょうか 実のところ昨日まではこうしたことは考えずに ”焚餅”= ”焼餅”に相違ないがさて暑中に焼くのでなく焚くというのだから 何ということだろうか と思っていました。 ところが ”白たき” の白から連想されることは 豆腐・大根 の下りまで来ますと これは知る限りの材料を並べ立てその中から使えそうなものはないか と探すことが近道とヒントを感じ取りました。 もっと私の場合この先ずっとこんなことの繰り返しになるのでしょうが こうした推理の仕方を今回教えていただきました。ここのところが私にとって貴重なことで感謝申し上げる点です。 ありがとうございました。    ”あなたはどんな方ですか”は ”あなたは何者ですか”につながりますが ”ただ者ではない”ことは前回の ”川流れ”で認識していました。そして今回は前回にはなかった絵文字が登場し ハテサテとポイントを見ますと私とは真逆の姿勢の方であることがわかりました。 私は姿勢が間違っていましたことよくわかりました。  だからと言って自力で何でも解決できようもありませんことは明らかです その折には是非お目に留めていただきお付き合い下さい 重ねて申し上げます。ありがとうございました。  

その他の回答 (1)

  • dayone
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回答No.1

御投稿から早10日目に至るも、何方様からもカキコミがない御様子で、 (ヒントと呼べるものは持ち合わせていませんが…) 「川流れ」の御縁での行き掛かり上^^ 知らぬふりも出来ずお邪魔してみましたm(_"_)m 先ずは前質問「川流れ」の御礼文を拝読させていただい中の 「朝鍋餅」の「鍋餅」につきましては、 例えば、 日本最初の全国方言辞典『物類称呼/越谷吾山/1775(安永4)年』の 「牡丹餅」項目によれば、 ◇早稲田大学図書館古典籍総合データベース 諸国方言『物類称呼 巻之1-5/越谷吾山編輯/ 伊南甚助・江都(エド)/安永4[1775]』 http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ho02/ho02_00619/index.html 「諸国方言 物類稱呼 衣食器財 四」 http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ho02/ho02_00619/ho02_00619_0004/ho02_00619_0004.pdf <19/22>牡丹餅 ぼたもち 又はぎのはな又おはぎといふハ女の詞なり 〇關西および加賀にて○かいもちと云 豐州にて○はぎ餅と云 羽州秋田にて○なべ志<し?す>り餅と云 下野及越前越後にて ○餅のめしと云 下總にて○がうはんと云 … …又下總の國にてハ糯米(もちごめ)を燒(<や?た・き>)て煑たるに 小豆の粉を上下タに置て椀に盛(もり)たる物を合飯(ごうはん)と云 或ハ夜舟といふハいつの間に搗くとも志れぬと云意(こゝろ)なり 又隣志らずというも同し意なるべし … ※但し『物類称呼/東條操校訂/岩波文庫/1941.11』では、 なべ志り餅→「なべすり餅」、燒て→「燒(たき)て」と記述されています。 秋田方面では、ほかに「鍋餅(おはぎ)」とも。 ◇GLN(GREEN & LUCKY NET)からこんにちは「悠久」 http://www2u.biglobe.ne.jp/~gln/77/ [31]年中行事-12 松舘菅原神社年中行事<附伝統行事・郷内行事> -十二月の行事 http://www2u.biglobe.ne.jp/~gln/77/7731/773101.htm 九日 <伝統行事-大黒様のお年越> 神前に鍋餅(おはぎ)を俵積みにして供えて拝礼し、生活の繁昌を祈願します。 秋田方面では「なべしり餅(なべすり餅)」「鍋餅」等が 「おはぎ」をあらわす言葉として残っている様子で、 また高知方面でも「なべもち(おはぎ)」との表現が残っているようです。 ◇故郷に残したい食材 社団法人農山漁村文化協会/ 2004年度秋冬食材編調査報告/ http://nipponsyokuiku.net/syokuzai/index.html  穀物・豆類 http://nipponsyokuiku.net/syokuzai/janru/kokumotu.html ・銀不老(ぎんぶろう)高知県 黒光する実も、若莢も美味しいいんげん豆 ■食べたい料理:煮豆・なべもち(おはぎ)・銀ぶろうずし(五目ずし) ■調査地:高知県 大豊町 ■調査団体:土佐伝統食研究会 なお、三重・奈良方面でも「なべ餅」が登場します。 ◇郷土料理百選>三重-046 なべ餅 http://www.rdpc.or.jp/kyoudoryouri100/ryouri/24.html ◇NPO法人地産地消ネットワークみえ>地産地消レシピ>なべ餅(ないしょ餅) https://www.chisan-chisho.net/mie/bin/recipe/see_more.cgi?c=86 ◇遠い分だけあったかい十津川の旅>十津川の郷土料理>餅/かき餅など-鍋餅[なべもち] http://www.totsukawa-h.ed.jp/sub/yoshikuma/y_kyodo/trip/eating/local_cooking/mochi.html 上記のとおり、部分的な差異や不明点も残りますが、 秋田~三重・奈良~高知方面と広い範囲で「鍋餅」「鍋…餅」≒「おはぎ」と 概ね言い得る状況にはあるようです。 …より幅広く各地からの情報を集積しないことには、 確かな裏付けとはならないのでしょうが… 続きまして本題の「(朝)白たき」とは何か?につきまして、 素人なりにアプローチを試みてみますが、 切り札どころか何の手札も持ち合わせていませんので、 話半分以下程度として読み流して頂ければ幸いです^^ 取っ掛かりとして「〆三十日定例」「”阿須婦日”」などを手懸かりに 「遊ぶ日」(訓読には若干無理がありますが^^)を連想して、 今回御質問の添付画像文書に関連又は近似?の文書までは辿り着きましたが あと先には進めません(><) ◇Hestia&Clio>『ヘスティアとクリオ』第I期バックナンバー http://www.sal.tohoku.ac.jp/~n-yoshi/hestia/html/backnum.html 第2号(2006年3月刊行)/論文-長谷部弘 「近世行政村上塩尻村における行政組織と行政機能 ―近代的地方行政制度の形成と地域住民組織の史的分析1」 http://www.sal.tohoku.ac.jp/~n-yoshi/hestia/archives/no2/hasebe.pdf <11/15> 『庄屋用事集/佐藤嘉平次』 ※上塩尻村庄屋役/1840(天保11)佐藤礼助(後ニ改名嘉平次:嘉永7年10月4日死亡) 『庄屋年中行事集/原与左衛門/1869(明治2)』 あたりが関連或いは近似文書にあたるのでしょうか? <11/15>『庄屋年中行事集/原与左衛門/1869(明治2)』の献立記述中の 「そうふに餅」は「雑煮餅」、 「夕にかけ」は東三河(愛知県)などの言葉「荷かけ(そば・うどん)」と同等とすれば、 「(夕)荷かけ(そば)」に該当するのか、あるいは「(夕に)かけ(そば・汁)」なのか 私には判断出来ません(><)、 「鍋餅」は一応「おはぎ」として、 「焚餅」とは単に餅を焚いたものなのでしょうか? 同時代・同地域には相違有りませんので、一応上記を踏まえ「(朝)白たき」とは? 先ずは単純に現代的な感覚で糸蒟蒻(≒しらたき)について検討してみますと、 ◇NHK>ことばおじさんの気になることば-アナウンスルーム> 2010年5月25日(火)「しらたき」と「糸こんにゃく」 http://www.nhk.or.jp/kininaru-blog/55117.html ◇kotobank>中島藤右衛門 など http://kotobank.jp/word/%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E8%97%A4%E5%8F%B3%E8%A1%9B%E9%96%80 上記から天保年間には蒟蒻粉としての「しらたき」も存在したのは確かなようですが、 果たして行事献立に「蒟蒻」ではなく「しらたき」が登場するのかは疑問も残ります。 では次に「白」が何かの代名詞とした場合、「焚餅(たきもち)」の記述を考慮すれば、 少なくとも「白」が「餅」ではないとは言えるかもしれませんね。 但し、糯米を蒸すことを「白蒸し」とも表現したようですから、 白が「糯米」の可能性は残りますが、糯米の調理法は蒸すのが通常と考えれば 「白(糯米)たき」には違和感を覚える一方で、 行事献立に相応しいか否かを別にすれば、 米の品質で「上白」「下白」などの表現もありますから、 「白(粳米)たき」で「白飯」あるいは「白粥」もありうるのかと… ただそうすれば、「七草入粥」「小豆飯」「赤飯」などの表記がある一方で、 「白飯」「白粥」の表現をぼかす意味があるのか疑問も残ります。 他に白い食材で思いつくのは「豆腐」「大根」など、 また食材でなければ白い出汁(例えば、味噌、濁酒など)で炊く(焚く) 何かってことなのでしょうか? 「豆腐」を「たく」と言うのは何だか少し違うような気がします。 「大根」は行事献立として「大根だき」の言葉もあり、 それを「白たき」と表現する余地はあるかとも思いますが、 残念ながらネット検索などでは全く見出せません(><) ほか「白」にかかわる当時の言い回しを求めて、 『和訓栞』『増補雅言集覧』『俚言集覧』『物類称呼』のほか、 論文などで取り上げられている女房詞一覧、近世料理本の中の表現とか、 『古事類苑』等の「白」「飯、粥、餅、蕎麦、蒟蒻、大根、豆腐、米」など 手当たり次第に調べてみましたが、現時点では思わしい情報が得られませんでした。 以上のとおり、謎は深まるばかりで…中途半端なカキコミで申し訳ありません、 文字数制限の為、否、ネタ不足により^^本日はこれにて失礼致しますm(_"_)m …現時点では再投稿の予定が立ちません(><)…

onegai_3
質問者

お礼

お礼の前に 質問を変更したほうが良いかもしれません ”あなたはどんな方ですか” 前回もそうですが今回もこれほど回答をいただける方は一体どんなことに就いておられるのか と不思議でいます。 ありがたさよりも驚きが先行しています。 回答をいただきありがとうございました。  質問の出典は嘉平次文書(現在子孫が上田市博物館寄託)で画像はこれを撮影したものです。”鍋餅”は ”おはぎ”でありましょう は間違いないようです  上田市上塩尻とは千曲川を挟んだ南のはずれに当たる上田市別所温泉上手(ワデ)地区では言葉として現在も通用していることが昨日上手地区の古老に教えられました。鍋の中にスリコギを入れ込んで突くといいます。現在は周囲に 小豆餡・きな粉・摺り胡麻を塗りつけるようです。 真夏の献立 焚餅はまだ解決ができていません。  ”にかけ”は多くの場合”お煮掛け”と呼ばれるようですが長野県内でも地域によって ”お煮掛けうどん”であったり”お煮掛けそば”であったりするようです。スタイルとしては予め茹で上げた うどんかそばが小さな玉に麺の量はわんこそば程度)巻かれています かたや醤油ベースで具材(大根・人参・キノコなど)を煮込んでおき 客人にサービスする時が来ると ”投じかご” と呼ばれる竹製のお玉に麺を入れ(具材の入った鍋に漬けいれて温めます。頃合を見計らって椀に移し具材と煮汁を注ぎ込み 膳に出します。 さも見てきたような書き様ですが多分間違ってはいないと思います。 この献立は冠婚葬祭の膳の最後に供され客人はお替り自由とされと言います。 昨今松本周辺や長野周辺の観光地ではメニューの一つに挙げられているようですが丼に入った温麺の様相で決してお替り自由ということはないようです。”お煮掛け”は”わんこ”と似た環境で供されたかも知れないですね。   さて”白タキ”です 前回教えていただいた”川浸し”の中で ミソギ の意味合いで体を川の水に漬ける がありました。 テレビで料理番組をたまたま見たときにコンニャクは体をきれいにする という説明をしていた記憶がありました。 私も調べましょうと検索しますと http://www.healthy-therapy.net/chole/konnyaku.html ”昔から分かっていました” とあります 余りにも安易な引用であきれ果てられていることとは思いますが 可能性として 白滝の和え物を食して体内もきれいにした ことにした のでしょうか。 添付しました写真と http://www.sal.tohoku.ac.jp/~n-yoshi/hestia/archives/no2/hasebe.pdf とを比較すると添付しました部分はリンク分を補足しているようにも見えます  どうして人は100年前のことも忘れてしまうのでしょうか 私の地域の方には 誕生日の祝い膳にかの”お煮掛け”だけを希望され 奥さんは手打ちうどんでリクエストに応えるお家もあるのですが 忘れた原因は飽食に関わるのでしょうか

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