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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:不謹慎な内容ですのでご注意下さい。)

人々の不幸な出来事に対する私の思い

このQ&Aのポイント
  • 毎日起こる事件や事故で多くの人が亡くなっています。私はなぜ自分が死なないのか、なぜ自分が変われないのかと考えます。
  • 自殺願望はないけれど、人生を終わらせることに憧れを抱くことがあります。
  • 遺族の方々には大変失礼なことですが、同じような思いを持つ方はいらっしゃいますか?

質問者が選んだベストアンサー

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  • cibone
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回答No.13

SACHIUSUKOさんの思いは、わからなくはないですよ。 生きるのが辛いとか、苦しいとか、そんな人生に疲れてしまった、とかなら 誰だって、もう終わりにしたい、死んで楽になりたい、と思うのは 案外普通じゃないかな? でも、子供の頃からそういう感情に襲われている、というのは 少し異常ですね。 子供は、「役に立つ」存在かどうか、ということなんか 普通は考えないと思うから・・・ 何か家庭環境の中で、親にそういったメッセージを与えられ続けてきたのだろうか・・と 考えてしまいました。 或いは・・・信じがたいかもしれませんが、何か前世の生き様で、 そのように思う原因があったのかも・・・ 実際、精神世界の領域では 死ぬことは、悲しむべきことじゃないと言っています。 この世のほうがずっと苦しくなるように出来ているので、あなたの考えは 現世的には不謹慎と思われても、実は正しい考え方かもしれない。 もちろん、遺族の方にとってみれば、それは感情を害するものかもしれないけれど、 その部分についても、あなたはちゃんと思いやっているのだから・・ でも、やはり、死ねて羨ましい、とか死んだ人は幸せだろう、というふうに思うのは 精神的には異常とも言えるわけで、やっぱり今の人生が辛い、ということじゃないかと思います。 何かが狂っていた、間違っていたから その狂いが、不協和音となって、今の悲しい願望へと導かれたのではないかと思います。 狂いや間違いは、誰かとの関係か、その誰か本人とか、この世の中の狂いか間違い、当のあなたの狂い、間違いかもしれない。 いずれにしても、あなたが「死ねて羨ましい」と思う悲しさから、「生きていたい」という、人間本来の希望を持てるように・・行き辛い理由、原因をできるなら取り除いて、健康な、元気な心を取り戻せれば、今みたいに思わなくなれるかも・・

SACHIUSUKO
質問者

お礼

お礼が遅くなり失礼致しました。 回答ありがとうございます。 やはり病んでるのでしょうかね? 中学生の頃は毎晩「明日こそ死んでますように!」「このまま目が覚めませんように」と祈り、 通学中もトラックに跳ねられないかなと毎日祈っていました。 別にいじめを受けていたわけでもありません。 子供の頃から遠慮と謙遜を強く教育されていたので、出されたお菓子食べてはいけないなど、 とても小さな我慢は多かったと思います。 母親も謙遜のつもりなのか、アンタなんかが出来る訳ないと全て否定されてきた為、 著しく自尊心は幼い頃から低く自信がありません。 それは、大人になってからも言われました。 介護職に転職するときにアンタなんかが出来るわけないでしょ。と そんな感じで昔から母とは気が合わずに21から一人暮らしをしています。 しかし、彼氏もいますがそんな生活にも疲れてきました。 上手く生きれません。

その他の回答 (19)

noname#180427
noname#180427
回答No.9

もう読んでしまったので・・・読まないでと言われても・・・(笑)。 別に共感は出来ません・・・。 あなたと私は違いますから・・・。 でも、私は充分生きたのかなぁ・・そう言う思いはあります。 自殺願望はありません・・・ 何時死んでも良い・・・心の準備はあるつもりですけど。 どうしたところで永遠の命なんてありませんものね。 早いか遅いかでしょう。 であれば、私は自然にそれを受け入れます、 今、自分の意志で命を短くする事は考えません・・・ これから先は分かりませんけど・・・ 自分で自分の命を絶つ・・あるかもしれませんね。 私も考えないのではないのです。

SACHIUSUKO
質問者

お礼

お礼が遅くなり失礼致しました。 回答ありがとうございます。 私ももう十分生きたと思います。 生きるのは大変で面倒臭いです。

noname#246942
noname#246942
回答No.8

不謹慎な内容の質問ではあるものの、あなたのような考えを持っている方は多いと思います。 共感出来るかどうかは、想像力の問題です。 あなたも、あなた自身に持ち得る、最大限の想像力を働かせて考えて見て下さい。 ただ、亡くなった遺族の方に大変失礼だ、不謹慎だと、誰にでも分かるような事を言って、自分の考えを肯定するばかりでなく、もっと現実的な観点から物事を考えて頂きたい。 例えば、普段から死ぬ事が幸せだと思っている人に取っての「他人の死」とは、単純に自分の観点からしか捉える事は出来ないので「羨ましい」と思う事はごく自然な流れだと思います。 まさに今のあなたの事ですね。 しかし、それが「他人の死」ではなく「身内、または大切な人の死」であった場合、同じ「代わりに自分が死ねばよかった」と思う事でも、その中身は全然異なって来ます。 痛みや苦しみを伴って、「そういう結論に成らざるを得なかった」感情、つまり「人の生を望む事で生まれる、自分自身の死」と言う現実を、あなたはまだ知らないはずです。 故に、 >亡くなった遺族の方には大変失礼なことではありますが、 と言う部分は、あまりに軽過ぎる言葉に自分は聞こえ、共感出来る事はありません。 もっと現実的な話をすれば、事実あなたのような考えを持つ人が多い中で、今回の震災の犠牲者を例に出せば、あなたと似たような考えの人は少数ながらも確実にいたのだろうと思います。 仮にその犠牲者の一人が「あなた自身」だった場合、あなたは迫り来る津波の恐怖の前に、やはり「良かった、これで死ねる」と足掻く事無く思う事が出来るのでしょうかね? 誰を差し置いても、我先に逃げるのではないですか? その証拠に、あなたは自分の事しか考えていないのでしょう? 本当に「死」を意識する事は、やはり「死に直面」する事でしかそれを感じる事は出来ません。 どんなに想像しても「生きている事が前提の死」は、想像の域を出ません。 そんな事も想像出来ませんでしたか? 矛盾した事を言っている事に、あなた自身が気付いていないのだとすれば、やはり共感出来る部分はどこにもありませんよ。

SACHIUSUKO
質問者

お礼

何度も読み返してよく考えさせて頂きました。 職業柄、人の死には多く対面しています。 病気で徐々に衰弱して亡くなられる方、急に目の前で亡くなられる方、 みなさん、家族ではないけど、毎日顔を合わせいて好きな方々でした。 おっしゃる通り、ごく身近な人の死には対面していません。 確かに遺族の方には大変失礼ですがという言葉は、肯定的に聞こえると思いますが、 それは自殺で遺された方への想いです。 自殺できて羨ましいという言葉は書いてしまった為です。 私は津波がきても我先に逃げるなんて解りきったことを 仰らないで頂きたいです。 私と価値観が合わないのは仕方ないですが、職業柄我先に逃げるなんて言われたらたまりません。 助けられる方から協力して助け合いますよ。

回答No.7

 御心配には及びません 何故って 貴方も必ず死にますから(肉体が活動を停止します) それで 貴方の希望は成就します それが人生と言うものですが 第一 貴方はもう死んだも同然ですがね(生きていこうとする精神が活動を停止しているでしょう) ある意味において それも又死んでいるという事ですね

SACHIUSUKO
質問者

お礼

そうですね。 いずれは皆死にます。 職業柄多くの死に対面しています。 それでも死とは何かわかりません。 一人居なくなっても、当たり前のように同じように日常が過ぎて行きます。 そう思うとあたしが生きていても死んでも何も影響はないのですよね。

noname#152888
noname#152888
回答No.6

別に不謹慎とは思いませんし、積極的に賛成とゆう積りもありません、日本でも直ぐ、「安楽死」、「尊厳死」の法案を通す可きですっ。 何故、国家は躊躇うんでしょう? おかしいです............................... どんなミイラみたいなラップに包まった人や引き籠りでも生きていてくれれば、消費税でも取れるからでしょうか? 可笑しな国に成り果てました、人口は下り坂に入ったのに、まんだGNP、GDPを産めよ増やせよと........政治家、国家は狂気の道を歩みつつあります。 個人の尊厳とは何か? ここで改めて考えてみましょう.

SACHIUSUKO
質問者

お礼

実は私は老人ホームで働いています。 高齢になり、身体も思うように動かない。 歩行も出来なくなり転倒防止のために拘束されたり、 認知症になる以前はしっかりとした生活を送ってこられたのに、 排泄もわからなくなり、家族の顔を忘れて、表情を失い感情のコントロールを失い、 自分が何処にいて何をしたらよいかわからない。 食事も経口摂取出来ず、食べたいものも食べられず 、 話も出来ない。外出もほぼ出来ず、ご家族の面会も少ない。 こんな負担の多い生活に少しでも楽に快適に過ごして頂くのが私の仕事です。 しかし、高齢者の多くの方々は早く死にたがっています。 「もう殺してくれていいよ」「早くお迎えきてほしいわ。」など、よく仰られます。 それを聞くたびに胸が苦しくなります。 たった、30年弱しか生きていない私が死にたいのに、戦争を乗り越え災害など 数々の苦労をされてきていると思うと辛くなります。 胃ろうなどは家族のエゴではないでしょうか? 生きていてほしい愛情があるならば在宅で介護するべきです。 ろくに面会に来てくれないのに、他人に預けられ好きなものは食べられず ご本人のお気持ちはどうでしょうか? 私は長期の胃ろうには反対です。 医療が進むほど、家族の介護経済負担も増えるばかりです。 話がずれたかもしれませんが、尊厳死、安楽死は必要だと思います。

回答No.5

表立ってそんなこという人は殆どいないでしょう。 誰だって本音と建前を使い分けながら生活をしているわけです。 常に自殺願望を抱えて生活している人は少なくないはずです。 でなければ年間3万人もの自殺者が居るはずがないです。 当然3万人もいるので3万のそれぞれ違った事情や悩みを持って亡くなられているでしょう。 借金や金銭的理由で自殺してしまった方。 少し前まで幸福だったのに、突然の強いショックで突発的に自殺してしまった方。 心の病気の末、正常な判断が出来ず自殺を選んでしまった方。 学校のいじめで生きる気力をなくしてしまった少年少女。 人生を賭けていた事業の失敗で、責任を取る意味で自殺した経営者。 仕事で疲れ果てて、ふと電車が来る瞬間に飛び込んでしまったサラリーマン。 習慣になってしまっていたリストカットで、そのまま逝ってしまった方。 恋人と大喧嘩をして、衝動で飛び降り自殺してしまった方。 最近のニュース等で、今思い出せるものをざっと挙げただけでもこれだけでてきます。 これだけでも皆それぞれ違いますが、本当の理由を知るには 自殺した方の人生を詳しく知らないと解りません。 若い子でも10数年、年配の人なら50,60年の人生の結果が自殺だからです。 私は自分の自殺願望を否定しません。 安楽死施設が利用できるなら、ちょっとしたきっかけで申し込むかもしれません。 ですが、自殺された方のニュースを見て、羨ましいとは思いません。 その人について詳しくないのに、安易に共感するべきじゃないと考えるからです。 私がもし将来、自殺で人生を終えるとしても、 未練がないぐらいに、それまでに出来るだけのことをしたい。 自殺者の方のことを調べて、やれるだけやって自殺した人だと それが分かって初めて、その人を羨望する思いが出てくるでしょう。 一時の気の迷いや、衝動的に命を絶ってしまった人は、哀れだと思います。 死んだら終わりなのは分かっていますが、自分で納得した幕引きをしたいです。 だからまたダラダラ生きています。 昔は切腹という、自殺にも名誉がありましたよね。 非道な人物なら切腹も許されず、斬首にされました。それは恥だったわけです。 今は当然切腹なんて認められていませんが、 くだらない人生なんだから、幕引きだけは少し飾りたいものですね。

SACHIUSUKO
質問者

お礼

そうですね。 自殺については羨ましいと思うのは間違っているかもしれないですね。 人間死のうと思ってもなかなか死ねません。 しかし、ちょっとしたことで事故で亡くなられる方もいらっしゃる。 この差は運なんでしょうか? 事故で亡くなられるのは本当に悔やみきれないと思います。 もし、安楽死が施行されたら日本からどのくらいの命が消えるのでしょうか? 長寿がそんなに良いことだとは思えません。

回答No.4

せめて・・・、 SACHIOOKAREに変名しましょう。

SACHIUSUKO
質問者

お礼

幸多かれ♪ 素敵ですねっ!

回答No.3

あなたにはsyrup16gが合いそうですね。

SACHIUSUKO
質問者

お礼

それはなんでしょうか?

noname#183132
noname#183132
回答No.2

一般論ですが… 「死にたいと言う人ほど実は、より良く生きたがってる」といいます 理想の自分があって、それと今の自分を比べて こんなだから死にたいと言うんだそうです その奥には「理想の自分として生きたい」という希望が有るんだそうです 病気など努力ではどうにもならないこともありますが 考え方を変えることで幸せになることは出来ます 幸せになってみたいとはおもいませんか?

SACHIUSUKO
質問者

お礼

おっしゃる通りだと思います。 死について考えるということは常に生きることを考えていることに直結するので、 なんだかんだ一生懸命生きようとしてるのかな?と最近気づきました。 幸せとはなにか分からないです。 幸せになりたいけどそれを受け入れずもがいて死にたくなります。 結局、自殺は逃げですよね。 でも、常にどこかで生きていたくない思いが離れません。

noname#177763
noname#177763
回答No.1

私は子供の頃、死ぬのが怖くて、自殺を考えた事があります。 現在でも独身で、将来を悲観し、自殺を考えた事があります。 誰しも『死』について考えるものではないでしょうか?

SACHIUSUKO
質問者

お礼

そうですね。 私の周りは死について考えたことないという友人か多いので 少しは理解してくれる方がいて良かったです。 死ぬことが怖くて自殺ですか… なんだか深いですね。 私もこのまま孤独死するんじゃないかと将来が悲観です(笑)