障害者のサラブレットに生まれて
現在21になる大学生です。
私の家族は、祖父が解離性障害、父が重度の鬱病、母が統合失調症を患っています。祖母は私が生まれたときから脳梗塞による痴呆状態・半身麻痺で、後に植物状態となりました。
私が生まれてからも家族の病状は悪化の一途を辿り続け、私を除く全員が入退院を繰り返して父も職を失いましたが、この頃の、まだ家族が揃って我が家で暮らすことができていた日々が、私にとって唯一の、そして最も幸福な思い出となっています。
私が幼稚園に通い出してからは楽しく通園していましたが、小学校に上がってから友人の健全な家庭を比べるにつけて我が家の異常性を一層認識するようになり、苦悩も強くなっていった私は、学校へ通うことができなくなりました。
父は早速私を児童専門の精神科に連れて行き、そこの医者と家庭環境のことも含めて相談したようですが、家庭環境のストレスが主要な原因と考えられるため、その場合私の症状の回復は絶望的で、このままだと将来的な社会復帰どころか中学への進学も厳しいと言われたそうです。
診断結果は父と同じ鬱病でした。
この診断以降、本当なら通院を継続しなければならなかったのですが、私を医者に連れて行くべき親の症状が悪化して病院に行けなくなり、結果的に通院はそれきりとなって私の治療は放置されたまま打ち切られました。
今でも覚えていることがあります。精神科の待合室で、一人の女の子が明らかに挙動不審な様子だったのを見て、あの子は頭の病気じゃないかと思ったのですが、その時はっと気がついて、ここに連れてこられたということは、周りからすれば自分も同じように見られているのかと考え内心衝撃を受けました。
もしかしたら自分は生まれたときから欠陥を持っていたのに勝手に正常だと思い込んでいただけかもしれない。
そもそも自分がまともかどうかを、一体どうやって自分が確かめることができるのでしょうか?
狂った人間は自分の狂いを認識できないからこそ狂っているのであれば、まともな人間のまともである根拠は、自分のまともさを認識できないからこそまともであると言えるのでしょうか。
私は自分の精神的な不安定さについて家族の遺伝的傾向がどこまで影響しているのかという問題を考えねばなりません。遺伝の問題にさかのぼればそれはもはや私個人の努力で克服できる問題ではなく、根本的な自己解決は不可能になります。そもそもまともな人間は自分がまともであるかどうかを疑うでしょうか?
つまりこの問いの設定自体が私の精神が既にまとものものではないことを示しているのではないかと思えるのです。
私の不登校は中学を卒業するまで続きました。
もしも父親が病気にならず仕事を続けられていたら、祖父や祖母が健康でいられたら、母が健常な精神をもって私に接してくれたのなら、しかし私の力ではどうしようもない問題でした。幼少期における環境が子供の発育に与える影響は大きいとされています。その場合常人の想像を絶する私の環境は私を最悪の人間へと育てることになります。
環境が人間を作るのだとしたら、個人は自分に対してどこまでの責任を負えばいいのか、私は努力によって環境を克服することで、環境因に対する自由意志の優位さを証明できると考えました。そのことが、私の人間性は環境ではなく自分の力で作ることができるという決意へと導いたのです。
中学を卒業して、学力的にそこしか入れるところがなかったのですが、夜間の定時制高校へと進学した私は不登校を脱しました。
高校に進学してからは、祖父が錯乱の果てに死亡し、続いて祖母も他界、積み重なった医療費がまかないきれず生まれ育った家と土地を売却するはめになって追い出され、父親が自殺未遂を犯しました。一家心中も検討され、不幸の末路がどんな結末を描くのかを私は目の当たりにしました。
しかし家の売却金を使えば経済的には大学に行くことが可能となりました。そのため高校を皆勤で卒業した私は大学進学を決意し、一年大手の予備校に通い、首席で卒業して早稲田大学に入学しました。卒業まで継続する返還不要の奨学金も獲得しました。
大学合格によって、環境に対する自由意志の勝利を、つまりは私を支配する運命に対して私という人間が勝利を収めたことを証明したつもりでした。今まで奇異と軽蔑の眼差しを私と家族に向けた人間に、そして自分にも、実は私こそが誰よりもまともな理性と精神を持った人間だと宣言したかったのです。
自由意志によって自分の運命を支配下においた私は、自分の能力が無限の可能性に溢れていることを信じ、それに見合う賞賛を得て人生が祝福されることを期待しました。しかし私の不登校時代から続く自己肯定感の不在は大学入学を果たしても消えることなく、それどころかかつてない力を込めて私に襲いかかってきたのです。
環境の相違というものがこれほどのものだとは、私の想像を超えていました。
大学には私と似た経歴を持つ人間など一人もおらず、ほとんどの人が経済的に安定していて、親の社会的地位も高い場合が多く、少なくとも自分の生活の安定さや社会的立場が(保証などあるわけがないのに)保証されていると信じて疑わず、家族や家がいつ崩れるかもわからない恐怖に怯えている人間など私を除いて一人もいませんでした。ましてや両親が障害者などという人間も。
即座に、環境だけでなく、積み上げてきた人生そのものに対する根本的な劣等を感じました。
友人を作ろうと思っても、彼らは決して私を理解することはできないだろうと、諦めが先走り、結局は自分から周りを遠ざけていったのです。
そのことに対する自己嫌悪、後悔、充実した生活を送り、友人に囲まれた彼らを眺める日々、大学に全てを賭け、進学してその中にいながら手に入れた機会を生かせず無為に月日を過ごした自分への軽蔑、そしてこの状態を作り出したのが紛れもなく私のせいなのだという自己否定の思い。
現在に至るまで不登校は復活せず大学への通学は続けており、毎日一人図書館で本を読み続け、そのどこかに自分が救われるヒントがありはしないかと探し続けて三年が経ちました。そして今の私は自殺願望が限界に来ています。
私は、この精神的な不安定さは環境を原因としているのではなく、もともとの私の遺伝的な問題だったのではないかという疑いを一層深めました。もとから精神に障害を持っていたからこそ、私は常に苦悩し続けているのだという結論は、今まで問い続けてきた自分がまともか障害者かというアイデンティティに関わる問題に決着をつけ、私は最初から障害者だったという回答は、絶望と同時に長い戦いが終わったという安堵を与えたのです。
私はまともでない自分を認めることはできません。障害者である私の人生を肯定することは、私の自由意志による戦いが全て無意味だったという結論を導きます。それは私の人生全てを否定することになります。
私の人生を肯定するためには、障害者である自分を殺さなければならないと思うようになりました。自殺は絶望ではなく論理によって求められるのです。
私は未来を基軸にした幸福な過去を求めています。その理由は、幸福な未来は独立して存在せず、幸福な現在の延長からしか得られません。そして現在もまた過去の延長である以上私の現在は常に不幸であることになります。
私の自己肯定感の不在もこの考え方に由来しているのでしょう。
統合失調症は現在の自己に対して否定的な態度を取ることに特徴があります。現状否定と未来希求への強い傾向は母の遺伝子が無意識にそう働きかけているのでしょうか。
私の思考がいったいどこまで病的なものを離れて私自身のものであるのかが不明です。遺伝的にも病的因子があり、環境的にも最悪な場で育った私は、一体どこに私自身の善良性を求めることができるでしょう。善良性とは環境から与えられるものでしょうか、それとも生得のものでしょうか。自分の心の内の善良生を認識するというのは非常に困難の伴う作業で、そんなものを自覚し認識できる人間が一体この世にいるのか、しかしそれを自覚せずしてなぜ生きていくことが出来るのか私には理解できません。
なぜ皆さんは自分のまともさを信じ生を肯定することができるのですか?
自分がまともでなく善良性も欠いているとなれば、生きることはできないのではないでしょうか?
客観的に見て今の私はまともか、障害者か。
また現在の思考状態に病的傾向は認められるか。
認められるとすればその病名は何か。
これ全て私が障害者であればそれが答えになるのです。複雑な問いに対する最もシンプルな答えです。
皆さんは私をまともだと思われるでしょうか。
もし回答者のなかに医者や心理学者などの専門家がいらっしゃれば、私を分析し、回答を頂ければと思います。
かつて父が自ら生を絶とうとしたとき、私がそれを止めました。しかし今では、そんな父の姿は私の未来を写していたのではないかと思えるのです。私は幼少から父の姿を見て父のようにはなるまいと誓いながら、実は私の人生はそんな父の後を一歩ずつ追っていたに過ぎなかったのではないでしょうか。
自分という人間の可能性をなんの障害も受けることなく全うできれば、私は一体どうなっていたのか。
最後に一つ書かせて頂ければ、私の夢は優しい人間になることでした。他人の幸福を喜び、私が先頭にたって世の中の不幸と戦っていけるような、そんな人間になることが夢でした。そのために努力も重ねたつもりでしたが、もともと私には不可能なことだったのでしょう。
全ての原因は、決して取り戻せない過去を取り戻せると必死になって、新たに未来を作りだそうとしなかった私の無能と愚かさが招いたことです。
お礼
ありがとうございます。 複雑な事情がおありのようなので、これ以上は穿鑿いたしません。