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エスカレーターの常識について
- エスカレーターの常識に疑問を持ち、変な常識を直す行動をとっている質問者
- エスカレーターではど真ん中に立ち、歩かないようにしているが、周囲の反応は迷惑そう
- エスカレーターの常識を正そうとする行為は迷惑な行動なのかどうか、正解を求めている
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質問者が選んだベストアンサー
あなたのご質問に投稿するのは2度めです。 面白いことに気が付かれますね。 この件に関してはあなたのおっしゃることは正しいです。 あなたは エスカレーターを歩いてはいけないというのが常識とおっしゃいますが 実はそれが「常識」なのではなく「正しい使い方」です。 常識とは間違ったものもあります。 「常識」ですから通常みんながそう思っていることです。 これは正しいとは限りません。 つまり思い込んでいる、あるいは正しいほうを知らないから間違っている ものが通常だと思っているわけです。 そこで! >どうするのが正解なのでしょうか。 といわれれば、 みんなが正しいエスカレーターの利用法を知らないから 常識がまかり通ってしまうわけです。 であれば今のところ 多勢に無勢、あなたがその都度一人だけ正論を言ってもたまたま乗り合わせた周りの人で 聞いてくれる人はいません。 であれば大々的に人に知らしめる、ということが必要になります。 あなたがそういう運動をしない限り、その都度その場でにらみ合いが起きることになります。 マスコミにファックッスを流し、テレビできちんと説明してもらう。 看板などをエスカレーターの前において説明する。 ことあるごとに(飲み屋や食堂など友人知人と入ったときなど)に人に聞こえるように あなたの説を言って回る。 エスカレーターの前に立って説明書きののチラシを配る。 等々、運動をしないといつまで経っても左に並んで右側を歩くことは消えません。 これがどうすればいい?の答えとなります。 大半、いやほとんど99パーセントの人は正しいのり方など知らないのですから。 わたしもあなたが書かれていることを読んで初めて知ったくらいです。 さて、見方を変えたばあいですが、まず右側に並んで左側を歩く(逆の地方もあるようですが) ことがあなたが言うほどの非常識なのでしょうか?ということがあります。 確かにメーカーが推奨する乗り方ではありませんが、だからと言って 非常に危険が伴う、とか効率が悪い、とか故障が頻繁に起きる、といったものでは ないようです。 逆に効率的であるし、危険もさほどない、故障もこれが原因でというものは ないように思います。 つまり、「融通」を効かせる、ということも世の中には必要なのではないでしょうか? 一人で、真ん中に立って頑張るよりそこは道を空けて急いでいる人を通させてあげる ということも決して悪いことではないように感じます。 人間、頭、脳みそがあるわけですから、エスカレーターの正しい乗り方を守るのではなく エスカレーターにはどのような使い方があるかを考えたほうが人間らしくていいのでは ないでしょうか。 エスカレータは全く違った用途に使うことはできません。 しかし、不具合がさほどなければ考えて乗ってもよろしいかと思います。 もっと先を行く使い方があればそちらで利用するのも人間の知恵でしょう。 昔、アポロ13号という映画がありました。 月からの帰還途中に酸素や温度の調整する機能が壊れてしまうものです。 世界中のコンピュータが動き何とか地球に乗組員を帰還させようとする ストーリーです。 この劇中こういうシーンがありました。 地球の基地でシュミレーションをするシーンです。 アポロの中にある機材と同じものを机の上に並べます。 リーダーが部下たちに 「ここにあるものを使って酸素を作るものを作ってくれ! これらが何に使われているかは問題ではない!これらをどう利用しようかだけを 考えろ!」 というシーンです。 まさに目からうろこです。 そーか!人間、固定観念にとらわれていると他にも使い道があるのに見落とすなぁ・・。です。 それはかなり飛躍してるかとは思いますが、エスカレーターを必ずしもメーカー推奨の 乗り方をしなくても他に便利な使い方があればそちらを利用すべきかと私は思います。 まぁ、常識とは人が育った環境による偏見をいいますが それが多数を占めた場合あんがいそれは悪い方向には行きません。 それが世の中です。 ですので一人だけ、 いや、それは間違ってる、少なくとも俺は絶対やらんぞ! と言って他の人の反感買うより、よくよく考えてみればいいかも! というのがあればそちらを採用したほうが世の中うまく回りますよ。 あなたのようにお考えになる方は非常に貴重です。 やはり本当に間違った方向に行く場合もありますので 見方や切り口をいくら変えて考えてもそれは間違っている! と思ったら声高らかに、一人でもいいから叫ぶべきです。 たとえば戦争に突入しそうだ、国民の大半が戦争に賛成している。などという場合 やはりどう考えてもそれは間違い!だとおもったら戦争反対を叫ぶべきでしょうね。
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- hekiyu
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これは永遠のテーマですね。 屈原と漁父も問答を彷彿させます。 屈原とは、中国 戦国時代の「楚」の総理大臣で詩人 でもありました。 端午の節句やドラゴンボートレースの 由来になった人でもあります。 昭和維新の歌にある 「汨羅(べきら)の渕に波騒ぎ・・」 は、国を憂れいた屈原が入水自殺をしたエピソード から来たものです。 ほら、軍歌右翼がスピーカーでがなって いる歌ですよ。 ○参考までに。 屈原 「世の中はすべて濁っている中で、私独りが澄んでいる。 人々すべて酔っている中で、私独りが醒めている」 漁夫 「聖人は物事に拘らず、世と共に移り変わると申します。 世人がすべて濁っているならば、なぜご自分も一緒に泥をかき乱し、 波をたてようとなされませぬ。 人々がみな酔っているなら、なぜご自分もその酒かすをくらい、 糟汁までも啜ろうとなされませぬ。 なんでまたそのように深刻に思い悩み、高尚に振舞って、 自ら追放を招くようなことをなさったのです」
お礼
ありがとうございます。
お礼
ありがとうございます。 僕がエスカレーターの真ん中にたつと、 後ろからどいてくださいなどと声をかけてくる人たちが居ると言うことは、 ご指摘の通り、 エスカレーターの正しい使い方が普及していないと言うことでしょうね。 でも、時々夕方のニュースで特集したり、 エスカレーターの周りには、 歩かないでくださいとか走らないでくださいとか、 書いてあるところが多いですから、 やはりエスカレーターの管理や保守をしている方々にとっては、 歩かれることは本意ではないようですね。 そうはいっても多勢に無勢。 ど真ん中にたつ僕は、 勝負に勝って試合に負けた、 状態です。 でもエスカレーターで変な列を作る行為は結構危険でもあります。 子供連れのお母さんが子供を端っこに寄せてたたせたりしていますが、 エスカレーターで端に寄りすぎる行為は、 服や靴が巻き込まれる危険もあり、 大変危険です。 僕は変人ですから、 これからもど真ん中にたって乗ろうと思います。 戦争が起きたとき、 戦争反対って叫ぶ行為は、 それ以上に大変な危険と努力が必要で、 この程度のことが出来ないようでは、 いざというときに、本当に正しいことをいえない、 長いものに巻かれる日本人に成り下がってしまいます。 ありがとうございました。