創価学会を否定すること=世の中を否定=愚者
学会2世です。
インターネットでは、創価学会の評判が悪いばかりか学会を否定する意見ばかりで気分が悪い。
ここでは、創価学会の話題となると学会を否定するばかりか、聖教新聞の記事、創価学会の謗法、学会の事件に触れている輩もいるが、彼ら彼女らは世の中を分かっていない。
なぜ、学会がここまで大きくなったのか考えたことがありますか。
なぜマスコミをうまくコントロールできているか考えたことありますか。
世の中きれいごとでは、組織を大きくすることはできないのですよ。お金も権力も必要不可欠なんですよ。
学会を否定する=世の中を否定すること、即ち愚か者であるという図式が成り立つことは誰でも分かるだろう。
日本人は、自分の考えがなく、人に流され、マスコミに踊らされる情弱民だと海外から笑われていることに気がついていないのだろうか。
ある意味では、日本ほど商売がしやすい国もないだろう。
悪い事がばれても「信仰の自由」というフレーズを出せば皆黙ってしまうし、「海外ではキリスト教が政治に干渉している」といえば政教分離についてそれ以上追求できる人はどいない。
それは、小市民だけでなく、政治家もそうだ。
一部では、学会の暴力的とも取られかねない面を批判し、中には「創価学会の集団ストーカー」などと言って市民運動している人がいるが、造反した山崎弁護士、公明党の矢野の裁判や亀井静香の学会批判ビデオを見れば、学界にどのような面があるかわかるはず。なぜ学会の内側や収入源を非公開としているのか、その理由すらもわからないのだろうか。
それでなくても、内部事情を暴露した本なら山ほどある。
旧ソ連邦では、政府を批判した作家を海外まで追いかけて消したりしている。アメリカには国民の世論を誘導する組織がある。
大きな組織になれば「自衛」のための組織があることを、学会批判者は、知らないのだろうか。
被害を受けた人は、情報弱者だから、いじめられるのではないのか。
創価学会が解散したとしても、別の組織から攻撃される可能性はないだろうか。
池田先生を批判する輩も多いが、先生の政治手腕が卓越していることは誰の目からみても明らかだ。
宗教というものは、名乗った者勝ちな面がある。新しい宗教を学会がつくりあげていく。過去に邪悪な仏教を見本にしただけだ。
以前は学会以外のすべての宗教を除去しようとして戦略に失敗したこともあったが、今では一部の宗教のみ批判している。
先生は、宗教を、教育を、そして日本を、創価学会に染めてゆくことを理想としている。そして全世界を理想の世界としたなら、世界の宗教は「創価学会」になる。
世界の覇者になるために、賢く、口八丁手八丁で、ときに情け容赦ない対応で布教していく。
世の中で勝ち抜くということは、このようなことをいうのではないだろうか。
世の中の仕組みを理解せず、きれいごとだけで発言している人を見ると、さすが島国だと感嘆してしまう。
学会批判が多いので、世界の常識を教えてみたが、反論できる人はいるだろうか。いないと思うが。
意見を幅広く求める。
諸般の事情で、お礼は控えさせていただく。