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体力(継続力)のなかったプロ野球球団はどこ

野球には興味がないので無知に等しいです。 過去、一番早く(短い期間で)オーナーが撤退した球団はどこですか? チーム名、オーナ企業名、期間を教えてください。

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  • jyunkyuu
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回答No.2

日拓ホームフライヤーズが最短でしょうが、球団消滅にまで至った下記2例も付記すべきと思います。 西日本新聞を親会社とする西日本パイレーツ。1950年セリーグ発足時に加盟するも このシーズンが終わるとわずか1年で西鉄ライオンズに吸収される形で消滅しました。 まだ当時は地方都市福岡に2球団存在するのは無理があったということですね。 また、1954年、当時パリーグは7球団制で必ず1球団お休みとなる変則体制を解消するために 高橋財閥の個人球団として生まれた高橋ユニオンズ。いざスタートするもあまりの経費の多さと 不人気のため、翌年はトンボ鉛筆に名義を貸してトンボユニオンズと改名 (今で言うネーミングライツです)。 しかしトンボも1年で撤退、再び高橋ユニオンズに戻るも多額の経費に高橋財閥も音を上げて 1956年の1年で休止、消滅しました。一部の有望選手のみ大映スターズに引き取られたのみでした。 わずか3年なのに毎年名前を変えていた薄命の球団でした。

wr_limited2004
質問者

お礼

日拓ホーム・フライヤーズ 勉強させていただきました。 1990年以降だと、どこになるのでしょうか?

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  • kusirosi
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回答No.1

日拓ホーム・フライヤーズ 現在も首都圏でビル管理パチンコ店経営など盛況の不動産業者「日拓」が、不動産ブームの利益で、 長く東急・東映グループで経営していた東映フライヤーズ(株式会社東急ベースボール倶楽部)を 1973年1月16日買収、日拓ホームフライヤーズ(オーナー西村昭孝氏)と改称、日替わりユニホーム等で話題を呼んだが、 一リーグ化を狙ったロッテオリオンズの吸収合併計画に失敗、累積赤字を恐れて、 一年もしない、1973年11月19日に日本ハムへ売却してしまった。  幸い、人格者の新オーナー大社義規氏(永久欠番名誉背番号100)の陣頭指揮で 新生した日本ハムファイターズは、長期低迷を脱し 北の強豪 北海道日本ハムファイターズとして今日に至る。

wr_limited2004
質問者

お礼

日拓ホーム・フライヤーズ 勉強させていただきました。 1990年以降だと、どこになるのでしょうか?

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