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あれから3年…
6月8日… 本日投稿した日ですが、今からちょうど3年前に秋葉原通り魔事件がありましたね。(池田小の事件も今日です)覚えてる方も忘れている方もいらっしゃると思います。 今日、自分はあれから3年後の秋葉原がどうなっているか気になって見に行きました。特にいつも通りの秋葉原と変わりなく、変わっていたのは、ソフマップ前に花やら飲み物が置かれているぐらいでした。 午前中に、マスコミも来てたようでネットに記事が載っていました。自分が着いたのは午後だったのでマスコミは撤収した後だったようです。午後は只、花が置かれていました。この光景を見たとき自分は「風化」という言葉が頭に浮かびました。しかし、こうして献花をしている人もいるし、手を合わせている人もいる。メディアだって取材に来ている。別に風化しているわけではないと考え直しましたが、なぜか違和感が残りました。なぜ違和感が残ったかは明確な答えは出せませんでした。みんな、地震にあったばかりでそっちの話ばかりだったからとも考えましたが、それにしても今日の虚無感は初めて経験したものでした。 別に自分は事件を風化させるなとか、被害者の方達の為に、もっと手を合わせるべきだとかマスコミも、もう少し大きく取り上げるべきだとか、そういうご立派な考えを持っている訳ではありません。只、自分がなぜ「風化」と思ったのか(他の方はどう思ったのかわかりませんが…)その答えを出したくて今日、ここに質問させていただきました。 そもそもよく聞く「事件を風化させるな!」というフレーズはどの状態を指していると思いますか?例えば、献花などがなくなった状態でしょうか?それともマスコミが問題提起をしなくなった状態でしょうか?もっと大きな目線で言えば、世代交代を繰り返していくうちに誰も事件に興味を示さなくなった状態を指すのでしょうか?世代交代していって感情が薄まるかもしれないが、今はインターネットという凄い物があります。事件を知らない人達でもこの事件を調べる事ができ、この事件だけに限らず昔の事件なども含めて様々な考察が可能かと思います。当時を知らないとはいえ、いつでも調べる環境が整っている今、未来がある限り、この事件に興味を持つ人は必ず出てくると思います。この状態は決して「風化」とは言えないと思いましす。 自分は「風化」の意味がわからないのに今日、「風化」していると感じました。その答えを探すのを手伝ってくれませんか?
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お礼
ご回答ありがとうございます。 なんとなく自分が持っていた違和感が減っていたように思います。 敢えて「風化」を望んでいる状態というのは自分にとって新鮮でした。 やっぱりいろんな意見があるって面白いですね。