※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:自分の福利を優秀な人々に寄付できないのか)
自分の福利を優秀な人々に寄付できないのか
優秀な人というのはどこにでもいるものです。どんな偏差値のどんな場所のどんな知名度の大学にも、びっくりするくらいに頭のよい人というのはいるものです。かたや私にはなんの特技もなく、これといった自慢もなく、将来の夢はあれど、周りを見渡せばその仕事において私を遥かに凌ぐ適性をもった人はいくらでもいます。
私(大学1年生男)は今18歳ですから、病気や事故がなければあと60年ちょっと生きるでしょう。しかし、こうやって自分の残りの寿命を計算(というか妄想)する度に、「私があと何十年もふらふら生きていくより、その残り数十年をある優秀な人に献上して、彼女に百数十年生きてもらえたなら、どんなにこの世界にとって生産的だろうか?」と考えます。無論現代の科学技術や倫理ではそんなことはできません。
私の世界観では、世界に存在できる福利の量は必ず一定です。誰かが+10幸せになれば、その埋め合わせとしての-10の幸せ(=+10の不幸)を他の個人、或いは個人の集合が負うことになります。ですが、これでは私の不幸が必ずしも優秀な人の福利として表れてくれるかどうかはわかりません。
支離滅裂な文章になってしまいましたが、所謂「優秀な」人と一緒にいると、自分の存在が、或いは自分が福利を享受することが、心底申し訳なくなってしまいます。勿論、福利が必ずしも適正に分配されないのが世の常であることは承知しております。しかし、この葛藤をどうにかして少しでも緩和する方法はないのでしょうか?
自分の福利を優秀な人々に寄付する術はないのでしょうか?
お礼
偶然というかなんというか、私はその著者ゆかりの学校の学生です。よいお言葉ですよね。 ありがとうございました。