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七尾線の和倉温泉止まりの理由とは?
- JR七尾線の津幡~和倉温泉間の電化と特急電車の運転開始により、和倉温泉~輪島間は非電化のままとなり、のと鉄道に移管されました。
- なぜ七尾線が和倉温泉までの区間で終わり、輪島まで電化しなかったのか、その背景を明らかにする。
- のと鉄道がJR西日本の線路を借りて運行する理由について説明する。
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こんにちは。沿線出身の者です。 (1)(2) もちろんJR西日本の経営的な判断に依る部分も大きいと思いますが、地域の歴史的地理的背景から考えると、 国鉄時代から「奥能登」や「ゆぅトピア和倉」など、京阪神と七尾線との直通列車がありました。 (金沢駅には0A番線と0B番線の2つの0番線があった時代です。) JRになる頃からその直通列車が下火になり、ほとんどの場合金沢乗換が必要となりました。 しかし、能登への観光客にあわせて、元来京阪神との結びつきの強い北陸の地元住民からも直通列車を望む声は多く、 特に「プロが選ぶ日本の旅館」31年連続総合1位の旅館からの強い後押しもあって、 京阪神方面さらには名古屋方面や越後湯沢方面からも直通で乗り入られるように、和倉温泉までの電化開業となりました。 (電化以前、七尾への列車通学での車内で「和倉温泉まで行くのに、金沢の乗り換え面倒くさいし、時間もかかる」とよく聞こえてきました。) 和倉温泉以北の観光地としては輪島がありますが、この時すでに時間的にも本数的にも金額的にも特急バスの利用の方が優勢で、列車利用者は少なかったです。 (七尾以北と金沢を結ぶには、能登半島の西海岸を通る能登有料道路を利用すると速いのですが、東海岸の七尾を経由すると遠回りになり不便なのです。) つまり、乱暴に言うと、 中能登地方(なかのと・七尾市など)や口能登地方(くちのと・羽咋市など)では、京阪神・東海道新幹線・上越新幹線への直通列車を望み、 奥能登地方(おくのと・輪島市や珠洲市など)では、すでに金沢までの特急バスがあり、能登空港もあるので電化を望まなかった。 と言えるかもしれません。 (2)(3) これは七尾以北をのと鉄道へ移管した後も、輪島まで電化させて再びJRの路線とすることに含みを持たせていたとも言われています。(地元の噂レベル)
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- simotani
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和倉温泉迄電化したのは大阪からの直通便を運行する為で、輪島迄直通便を出すメリット(=事業採算)が無いから和倉温泉迄としました(国鉄当時の撤退路線には全線撤退と上がりました)。 で、一方事業採算性から民営化したのと鉄道ですが、こちらは七尾迄運行しないと原価割れに。 では、七尾~和倉温泉だけレンタルして後は自社路線にしなかったのか(当然レンタル料金が安くなる)…資金面の都合と考えます。
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ご回答ありがとうございました。 なるほど、大阪直通の特急の採算が和倉温泉までなら取れるけど、 輪島まで行くと採算が取れないからなのですね。
- datchi417
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(1)JRが費用対効果的に和倉温泉までの電化が最良と判断したから。 (2)その区間は(将来的に黒字化又は赤字の大きな圧縮が見込めない)大幅な赤字だったから。 (3)のと鉄道がJRから線路や土地を買い取るだけの資力がないから。又は、のと鉄道に買い取る資力があり買い取ろうとしたがJRが所有権を手放さないから。
お礼
ご回答ありがとうございました。 和倉温泉駅が損益分岐点になるのですね。
お礼
ご回答ありがとうございました。 地元の方からの詳しい回答、説得力があります。 確かに輪島からは有料道路を通る特急バスが金沢の兼六園まで運転されていました。 七尾線では輪島は迂回になってしまうのですね。 それで、羽咋や七尾、和倉温泉ではJRの電化がされたのに対し、 奥能登の輪島までは電化されなかったということですね。 よく分かりました。