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日本の文化、無言であることについてです。
清水寺の音羽の滝の水がたまっている所で小指に水を付け、自然に乾くまで一言も喋らなければ、願いが叶うという言い伝えを聞き、実際やってみたことがあります。 また、 節分に食べる恵方巻きも願い事を思い浮かべながら、無言で黙々と食べると願いがかなうという言い伝えがありますよね? この2つの事柄から… 日本の文化において(何かを成し遂げるまで)無言であることは何か良いとされているのでしょうか?またそのような文献がありましたらぜひ教えてください。 気になったので質問させていただきます。何か知っていらっしゃる方、回答お願いします。
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日本では昔から言霊信仰というものがあり、言葉に力があって、 口に出したことは、世の中の物事に影響を与えると信じられていました。 たとえば、万葉集には、 「志貴島の日本の国は事靈の佑はふ國ぞ福くありとぞ」 (日本の国は、言霊によって幸福がもたらされる。) とあります。 上の歌では幸福とありますが、その影響には良いこともあれば悪いことも あります。更に言えば単に音が同じというだけで全く関係の無い事柄に 影響を与えることもあり(磯良が崎の逸話が有名です)、 口に出した本人すら制御できない厄介なものでもあります。 質問の例は神事というべきものですが、下手なことを口に出して それが悪い影響を与えることを避けるために、無言とされているのでしょう。
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- kishn_an
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しゃべらないでいることは良いことというよりは、難しいからではないでしょうか。 意外と難しいですよ。しゃべらないって。 たやすくできることで願い事が叶うのなら、有り難みが無いじゃないですか。 だから実行困難なことを成し遂げた者だけが願い事が叶うみたいなことにしているのではないでしょうか。 無言の行 http://www.spacelan.ne.jp/~teruteru/houwa/mugon.html
お礼
回答ありがとうございます。 確かに、2つの例においてもほんの数分なのに意外にも難しかったです。苦労した方が叶いそうですもんね。 無言の行のお話もありがとうございました。無言の行なんてものがあるんですね。 修行について調べたところ、「仏の悟りを求めて実践すること」を指すとの記述がありました。 全ての雑念を追い払うという意味の無言でもあるのでしょうか?(例えば座禅のような) ありがとうございました。
- hekiyu
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日本文化ではないのですが、 沈黙は金、という言葉がスイスに あります。 「言葉もまた偉大ではある。偉大ではあるが、最も偉大なものではない。 スイスの銘にあるように、《雄弁は銀、沈黙は金》である。 あるいはこういい直した方がより適切だろう。 《言葉は束の間のもの、沈黙は永遠のもの》と。」 (カーライル) あまり参考になりませんね。 ごめんなさい。
お礼
回答ありがとうございます。 無病息災が「束の間」でないように言葉は加えず、「永遠」であるように沈黙を守っているのかなと思いました。 新しい知識が増えました、ありがとうございます。 とても参考になりました。
- sadora
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とりあえず、民俗学の本を読んで見られてはどうでしょうか、(何かヒントになるかもしれません) 直接お役に立てず申し訳ありません。
お礼
回答ありがとうございます。 興味深い内容の本だったので、さっそく取り寄せてみました。何か手がかりが見つかると嬉しいです。
お礼
回答ありがとうございます。 言霊信仰…聞いたことはあります。 大事なことこそ、口に出すのがはばかられるな…と思うことがよくあります。自然と根付いているのかもしれませんね。 ですが、願い事となると言葉を発することによって、そこに目的を実現する霊的な力が宿るのならば悪いこともあるかもしれないけれど言ってしまえと思い、口に出してしまうかもしれません。ここが昔の日本の文化との違いですかね? ありがとうございました。