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騙馬の出走

三冠レースには騙馬は出走できないのに、そのトライアルである弥生賞、青葉賞、セントライト記念などで騙馬の出走を認めているのは何故でしょうか。 それを考えてると、一晩中寝らんなくなっちゃいます。

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  • mako2_u
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回答No.1

想像ですみません。 あとから追加でトライアルレースになったからなのでは。 グレード制になった頃(20年以上前)はトライアルレースって 本番3週前の1レース(G2)だけでしたね。 ※皐月賞上位馬(当時は5着)はダービー優先出走権ですけど あとは賞金順で本番出走権。 その後、その近辺のOP特別(現・若葉ステークス)とか、 もっと前のG3(当時)(現・弥生賞)とかもトライアルになっちゃった。 たしか、「遅デビューの馬にも権利を」っていう意図だったかと。 賞金順だと前年(現2歳)デビュー馬が圧倒的に多かったから。 (ざっくり、3勝または重賞含む2勝が必要) もともとのトライアルを継承したレースは、今でも牡馬・牝馬限定ですね。 皐月賞:スプリングステークス ダービー:NHKマイルカップ (いまはトライアルじゃないけど、もともとはNHK杯 G2 2000m) 菊花賞:神戸新聞杯(もともとは京都新聞杯 G2 2200m) ※神戸新聞杯はG3 2000mで京都新聞杯のさらに前哨戦だった。

その他の回答 (1)

回答No.2

おはようございます。 三冠レース(クラシック)に出られない だけで前哨戦(トライアル)はクラシックレースでは有りませんので出場が可能となります。 因みにシンボリルドルフが4歳時(今の3歳)三冠馬になった年にグレード制が導入されました。 それ以前はGIGIIGIIIと言うくくりは無く、賞金が多いか少ないかの差があるだけでした。 天皇賞は春秋共3200m、目黒記念も春秋2回でした。 秋の天皇賞が2000mに短縮された年に勝ったのはミスターシービー。 又、自分の記憶では弥生賞はグレード制導入時点でGIIだったかと思います。

8arms
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 弥生賞がGIIになったのは、昭和62年からだったと思います。