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人の話を聞くって…

最近人の話を聞いてくれない人がいて思うことがあります。 人の話を聞くって無意味な標語(?)だと思いませんか? 人の話を聞く事自体はとても大切です。 でも人の話を聞く人はそもそも「そうだなあ」と思うだけで何も変わりません。 人の話を聞けない人に関しては、道徳的な意味で表面上で「そうだなあ」とは思うことはあっても、本人自身それが具体的にどういう事かは全く理解出来ないので、意味がないと思います。 また、人の気持ちを考えるという標語(?)も同様に感じます。 みなさんどうお考えでしょうか?お願いします。

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  • ベストアンサー
  • makaay5
  • ベストアンサー率32% (255/790)
回答No.1

表面的な言葉しか捉えられないなら、意味が無いでしょう。自分は右から左へ聞き流す事を聞くとは解釈しないので、無意味な標語とは特に思いません。大いに意義があると思います。行動として出来てるとは決して言い切れません。声を大にしていいますが。 聞くという事は、相手の言葉に耳を傾けて、聞いた事を吟味して、自分の中で取捨選択をして取り入れる事だと思います。本を読むことが暗記することではなく、読んで得た知識を応用して活用できて、はじめて本を読んだという事になるのと同じ様な事だと思います。何も得られない聞くという行為は聞き手が垂れ流したか、話し手が稚拙だということの証明でしょうね。自分の回答は稚拙なので、垂れ流しても構いません。 人の気持ちを考えるという標語?に対してもですが、社会にでても意外に出来ていない人も多いと思います。自分も能力的に未熟です。自分がどう思うか?という主観性を排除して、相手の立場・考えとかを考慮した第3者的・客観的な目線で、自分の行動や他人との接し方を見つめてみる。という事が、人の気持ちを考えるということだと思います。私はという主観をなるたけ排除する。他人との誤差を少なくするということですから、難しいでしょうね。親切にしたつもりが・・・というのは、人の気持ちを考えられていないという事の証明になってしまいますし。表面的な言葉の優しさよりは深い意図のある言葉の様に思います。

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