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「ピアニスティック」ということ
こんにちは。 ピアノ素人のクラシック愛好家です。 以前,作曲家という切り口でいくつか質問させていただき,大いに参考にさせていただきましたが,今回はちょっと違った視点でお願いします。 「ピアニスティック」という言葉,なんとなく,「ピアノらしい響き」とか,「ピアノの機能を十分に活かした」とか,そういうイメージを持っていますが,一方で「いかにもピアノでの表面的な演奏効果を狙ったような」というような(若干マイナス気味の)イメージも少しあったりしまして,果たしてそんな理解でよいものかどうか,あるいは,もう少し具体的にはどういうことなのか,みなさまに教えていただきたく思いました。 自由記述で結構ですが,例えば, ・みなさまがお持ちの「ピアニスティック」という言葉へのイメージ ・「ピアニスティック」という言葉がふさわしいと思う作曲家,作品,あるいはピアニスト ・「ピアニスティック」ではないけれども素晴らしいと思う作曲家,作品,あるいはピアニスト といった感じで。 お礼については,ない知恵を絞りながらになりますので,かなりのスローペースになるかもしれませんが,よろしくお願いいたします。
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こんにちは。 ピアニスティック…ですか。これってどなたが考えた言葉でしょうね。ピアノの特性を表現する言葉ならピアニックのはずじゃないかな~なんて 屁理屈言ったりして(^^; 私がピアニスティックと聞くと真っ先に浮かんで来る音が ♯1さまもおっしゃっておられる『真珠を転がしたような』というイメージにプラスして 音の強弱関係なく物凄く!非常に!どうしようもなく『ブリリアント』な響きです。そのイメージから音域は中音から高音で 音型としてスケール アルペジオ トリルです。 私見ですが これらを誰が弾いてもピアニスティックになるかというと全く違って テクニックはもちろん当たり前の事として 指先に脳からの的確な指令?が伝わり 指先に全身全霊の神経が集中しなければ とてもピアニスティックな音は出ない…と思ってます。そういう意味で、ピアノ的なというピアニック?ピアノの機能性の問題だけではなくピアノ+ピアニストなのでピアニスティックと言うのかな…と想像します。 もう一つ、ピアニスティックを強く感じる部分はポリフォニーではなく ホモフォニーの要素が強いですね。皆さまがおっしゃる通りピアノは楽器の王様と言われるように オーケストラを再現できる唯一の楽器です。一人で何役もこなせる(これが難しい^^;)素晴らしい楽器ですし バッハのような4声5声も弾ける訳で私はそれが面白くて ピアノを辞められない(辞める必要ないですけど^^;)最大の理由でもあるのですが ピアニスティックを最もピアノらしい特徴…と考えた場合 ピアノの最大の武器であるオーケストラも再現できる楽器という事と 相反するんですね。なので私の中でピアニスティックは ピアノのほんの一部分の表現力(表現方法)だと思っていて 最もピアノらしい…という事にはなりません。 もし ピアニスティックをあまり良くない意味で捉えるとすると 私は上記のような理由を挙げます。(ピアニスティックが最もピアノ的だという観念があるとすれば…です) ピアニスティックな作曲家はまずショパン♪ショパンだってもちろんポリフォニーで書かれているメロディもたくさんありますが ショパン自身が非常にピアニスティックな感覚の持ち主だった気がします。ちょっと変な表現ですが ショパンのメロディを聴くとピアニスティックな霊感を受けるんですね(得意のオカルト表現ですみません^^;) シューベルト・リスト・ドビュッシー・ラヴェル・フォーレにもピアニスティックを感じます。 モーツァルト。この人のピアノ曲は他の楽器で演奏したら興醒めですね。モーツァルトには独特なピアニスティックの音質があって 簡単なスケールさえ難しい。のだめが初コンサートで弾いた『きらきら星変奏曲』やピアノソナタ全曲(特にk475.k457はソナタの最高峰かと…)ピアニスティックな感覚でお聴き下さい。 ピアニスティックをあまり感じないけれど ピアノ曲として大好きな作曲家。 ベートーヴェン・シューマン・ブラームス 反則で?バッハ。 なんだかまとまりのない(相変わらず^^;)理論的でもない回答ですみません(汗) 最後に。ピアノがピアノたる所以だけど 他の楽器・声楽にかなわない所。 一度押さえた(出した)音をクレッシェンドできない。美しいビブラートがかからない…。でも 弾き手によって機能的に無理でも 感覚的にクレッシェンドしているように聴こえる ビブラートがかかっているように聴こえる…。ここまでの感性を持てるように生徒には指導してます♪ 無用の長文 失礼しました ご参考まで♪(ご参考にならないっちゅう噂も^^;)
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再びお邪魔します(^^; このご質問を拝見してから『ピアニスティック』が頭から離れなくなってしまって(汗) ピアニスティック代表選手?ショパン。『鍵盤における豊かな音楽性は 優れた歌唱法と同じ法則に従っている』と信じていたそうで ショパンの音楽は繊細なレガート 慎重なフレージング 表情豊かな柔軟性を伴ったcantabile演奏が要求されます。ショパンにとって美しい音を奏でる事は 卓越した技術(技巧?)や速く弾くことより はるかに重要だったとか。つまり質問者さまが『いかにも』と枕詞のように?つけたくなる演奏は 実は真のピアニスティックではないのかもしれないな~…と。 もちろん ピアニストとして活躍されている方々はそれぞれに自身の『ピアニズム』(←あんまり意味分からず使ってます^^;)を信じて演奏しているのだと思いますが。 また これも見解の分かれるところだと思いますが ピアノという楽器を他の楽器に例えて考える事。オーケストラ的に考える事。 私は 生徒には他の楽器に例えたり 声楽的に歌って聴かせたりします。理由は ピアノという楽器。実はとても歌い難い楽器じゃないかなと。音が直線的で 人に例えると一本気で融通効かないみたいな?以前 他の場所で独り言のように書いた事がありますが ピアノは演奏形態も楽器の構造も縦。打楽器的な要素を持ち合わせている気がします。なので質問者さまが音がつながって聴こえ難い…とか 声部の横の流れが感じ取り難いとかは 耳がよすぎるからではないかな…と。特にオーケストラを中心に聴いたり ご自身もオーケストラの中で演奏された経験が長いと ピアノという楽器の欠点が先に見えてしまうのかなぁ…と考えたりします。(もちろんオケを中心に聴いて、ご自身もオケでの演奏経験豊富な方でもピアノも自然に聴ける方も多いと思いますが) 私自身は ピアノを他の楽器に置き換えて考える事は苦手で 仮にオーケストラの曲をピアノ編曲したものでも 弾く時はどうしてもピアノの音色でしか感じられないというか…。 ピアノをシンフォニックに捉える事は 非常に大切だと思っていますが『ピアニスト的に』シンフォニックに捉えて(感じてかな)いて 決してオーケストラ的な捉え方ではないです(私が指揮者音痴なのが 物語ってますよね^^;) また 前の回答で『オーケストラを再現できる楽器』と申し上げましたが それはオーケストラに匹敵する表現力があるという意味ではないです。よく オケバージョン ピアノバージョンという曲がありますが どうしてもオケの表現力にはかなわない…と感じる事は多いですから。 質問者さまのお礼に『ピアノらしい旋律線として聴けるのか』『想像力でレガートに聴けるのか』と大変興味深いお返事がありましたが 想像力はピアノの場合必要かもしれません。音域の広いメロディ(オクターブや10度くらい離れていると考えて下さい。)は優れた歌唱力をもった歌手さんが ポルタメントをかけて歌っているように感じるとか。それが想像できた時にピアノらしい旋律線として聴けるようになるきっかけになる気がします(すみません 生意気に.汗) また 声部の横の流れですが ♯1さまがおっしゃっているように 弾いた音は音量がすぐに減衰しはじめてしまいますので それこそ弾いている本人ですら 長く伸ばしている旋律などは 他の声部に負けてしまって 聴こえにくくなる事もあります。ましてその伸ばしている旋律が自然にデクレッシェンドするようなメロディなら良いのですが メロディラインの柱の音で 本来なら少し膨らみがあっても良い音だとすると なかなかつらいものがあります(汗) 私は耳があまり良くないので そういう時にはわざと聴こえにくい旋律をよく聴いて よく歌うようにします(もちろん他の声部も聴きますが) こんな訓練を繰り返しているうちに 自然と耳が聴こえるようになり またピアノ本来の魅力的な音色が感じられるようになり ピアノ独特の歌い回しなど いわゆるピアニスティックを(今まで意識しませんでしたが)理屈ではなく(ただ単に言葉にする表現能力がないだけっていう噂も^^;)肌で感じてきたのかな…と このご質問をきっかけに 自分のピアノに対するいろいろを考えさせて頂きました。ご質問の意図からかなり離れた回答になってしまいましたが(汗)雑感として…ということで。 本当に無用の長文大変失礼しました(^^;
お礼
こんにちは。 ピアノの(ショパンの)真髄は「歌」にあり(えっ,そこまでは言ってない?^^;),というのは,なるほど,そうかもしれないな,と思いました。 とかいいながら,いまだにほんの一部の作品しか聴いた事がないのですが(汗)。 また,シンフォニックという言葉をピアノと結びつける発想はなかったです!(根っからのオーケストラマニアなもので・・・) 「シンフォニックとは」なんてことを考え出したらまた止まらなくなるので,それはおいときまして(笑),ざくっと語源(Syn-phon-ic)から考えるに,音が共にあること,音が協調し合うさま,といったイメージで(注:これは私の勝手な解釈),ある意味では,一本の線である「歌」とは対照的な考え方かな,と思います。(対立する,ではなく) 「歌」と,それと共にある音,となると,これはもはや「音楽とは何ぞや」という話にまでなりそうでこれまた大変ですが(笑),楽器とはすべからく音楽を表現するものなのですから,その本質とは,と突き詰めていくと,同じところにたどりついてしまうのは,当然といえば当然なのかもしれませんね。 --- 再びのお越し,ありがとうございました! まとめは補足欄にて。
補足
みなさまこんにちは。 ここまで,いろいろな方から,ピアノらしさとは?,ピアノの本質とは?,といった切り口から思いがけず深いご回答をいただきまして,苦しみながらも楽しくコメントをつけさせていただきました。 #お目汚しでしたら大変に申し訳ないことでございますが・・・。 「ピアニスティック」というのは,それぞれの人が考える「ピアノらしさ(ピアニストらしさ?)」のひとつの側面であって,ある決まったイメージで捕らえようととすると混乱してしまうのかもしれません(←というのはまさに私の今の状態^^;)。 一方で,「みんなが考えていそうなピアニスティックとは」「仮に定義するならば」「個人的には」ということだと比較的近い見解が出るのもなかなかに面白いですね。 私も,ご回答のことを考えながら,オケの合間に(ぉぃ)ピアノ曲もあれこれ聴いてみたものの,私なりの答えが見つかったとまでは言えません。 ただ,私なりに感じる一番のピアノらしさは,「アタック」と「余韻」かな~?,という感じもしてはいます(聴き進めていくうちにまた変わるかもしれませんが・・・)。 昨晩はドビュッシーの前奏曲集(ピアノはパスカル・ロジェ)を聴いていたのですが,ハンマーが弦を叩くように,「琴線に触れる」という例えそのままに,自分の内面に投げかけられた音が自分の中の何かに共振しながら広がってくる感じ。 例えば,静かな水面に一粒の水滴が落ちて,波紋がそこから広がっていくような。 こういう浸透力は,弦楽器や管楽器にはないピアノ独特のものなのかな,という気もなんとなくしています。 ・・・と,ほとんど意味不明かとは思いますが,そもそも決まった答えを導き出そうという質問でもありませんでしたし(爆),これからも,みなさまのご回答をヒントに,ピアノ音楽に親しんでいこうと思います。 改めまして,ご回答,ありがとうございました!
- vivio1353
- ベストアンサー率25% (1/4)
大変失礼ながら、ご質問の「イメージ」を見て、まず「ン?」と思ったんです。 ピアニスティック=ピアニスト+イック つまり「ピアニスト的な」という直訳語になるんではないかと。 で、調べてみました。参考にしたサイトは http://archive.pianic.net/pianic_a.htm です。 この方の意見が正しいと言いきれるわけではないですが(言葉というものはたぶんにイメージによって元の意味が変わってしまうことも事実としてあるから)、概ね私としては同意できます。 それではピアニスト的な、というのはどんな状態を指すんでしょうね? これを音楽家種別に対比してみると、作曲家的、指揮者的、バイオリニスト的、フルーティスト的、音楽学者的、まあ、いろいろありますが、ピアニストの特性としては、少なくとも、一台の楽器で楽曲を完全に演奏できる表現力があるゆえ、ピアノ表現には「指揮者」的な視点、楽曲全体を見渡して構成し表現する視点が必要になりますね。 これが「ピアニスティック」の表す極めて重要な特徴なのではと思います。 むろんバイオリンでもフルートでもこれはないわけではありませんが、一部の楽曲を除き、原則単音表現の楽器は、楽曲の一部分を、他者と分担して表現することが多いですね。「部分から全体を見る」視点が強くなる。逆に言うと、他人と息を合わせる重要性がピアノに比べると高いように思います。 漠とした内容で申し訳ないですが、考察のご参考になれば幸いです。
お礼
こんにちは。 ずいぶん奥に引っ込んでしまった質問を見つけていただき,ありがとうございます。 また,お礼が遅くなりまして申し訳ありません。 ピアニスティック(pianistic)という単語,私がよく使っているWebの英和辞典では, 【形】ピアノ演奏のうまい と,なんとも身もフタもない感じ(笑)の訳が出てきました。 ピアニストとはピアノのうまい人だ,と乱暴に定義してしまえば,まあその通りかもしれませんが,一応もう少し丁寧に?考えて,ピアニストとはピアノの音楽的特質を引き出す資質のある人である,としても,ピアノ的,というのと,ピアニスト的,というのは,本質的には同じものと考えてもよいのかもしれません。 (ピアニストとはピアノの技巧をひけらかす人,なんて考えて悪い意味に取るのは,恣意的に過ぎるんでしょうね^^;) さて,音楽を何でも表現できるのがピアノである,というのは何度か出てきた視点で,確かにその通りと思うのですが,なかなかに頭の痛くなるところでもあります。 ピアノはオーケストラに匹敵する表現力がありピアニストには指揮者のような役割が求められる,というのは,ピアノ/ピアニストの中にあるオーケストラ的/指揮者的な側面のことであって,ピアノの本質とは違うかも?? あるいは,ピアノという楽器をスルーして演奏家や作曲家の「音楽そのもの」に触れることができるのだとしたら(そんな弾き方や聴き方ができるかどうかは別の問題ですが),それは「ピアノによる」という前置きがいらない音楽であり,その演奏家は「ピアニスト」ではなくて「音楽家」なのであって,やはり「ピアノ的(ピアニスト的)」とは言えなくなってしまうのではないか?? すると,「ピアノ的/ピアニスト的」とは,どういうことなのだろうか? ・・・などと妄想?を続けている次第です(笑)。 なんとなくで通用している言葉も,原点まで立ち返ってみるといろいろと考えさせられることが出てきて面白いですね。 ご回答,ありがとうございました。 こちらこそ爆とした(ぉぃ)コメントで失礼いたしました。m(_ _)m
こんにちは。 ピアノ劣等生ですが考えてみました。 ピアノの特徴としてたびたび挙げられるものに「他の楽器や演奏形態を(不完全なものではあるが)模倣できる」ということがあるかと思います。 ピアノ学習者は「そこはトゥッティ!」「そこはオペラのソプラノ歌手!」「そこはヴァイオリンのピチカートをイメージして!」等々、他の楽器や演奏形態を想像して演奏するように指導された経験がある人も多いのではないでしょうか(言われるは易し、行うは難し・・・)。 シューマンが「交響的練習曲」を書いたころ、クララは日記に「あの人のイマジネーションはオーケストラ向きで、ピアノでは対応しきれない。管弦楽曲を書いた方が良いと思うのだけれど、説得できるだろうか」というようなことを書いていたと記憶しています(その後シューマンは交響曲に着手)。 エドウィン・フィッシャーはベートーヴェンのピアノ曲を語った文章で、「ピアノは中性的な楽器であって、特別な音色の魅力を持っていない」と言い切っています。「しかし、ほかならぬこの中性的性格が、ピアノをさまざまな理念や性格を表現するのにうってつけの、多面的な媒介者たらしめたのである」と続くのですが、フィッシャーがここで述べているのは、ベートーヴェンはピアノそのもののための曲想のみならず、本来なら交響曲、弦楽四重奏曲、歌曲などの他の演奏形態に適した曲想をピアノ曲として完成させたのだから、演奏者はまずその曲想の元の形を推察しなくてはならない、ということなのでした。 しかし、これに沿ってピアノの性格を定義すると「ピアノの特徴はピアノ向きではない曲を演奏できること」となってしまって「ピアニスティックとはピアニスティックではないこと」というパラドックスに陥ってしまいます。 なのでピアニスティックな作品とは「ピアノという楽器によって着想を得たピアノ作品」と私は解釈することにしました(独断!)。 といっても着想がどこから来たか、などというのはド素人には雲をつかむような話で、独断と偏見を通り越して妄想の世界なのですが、私が最もピアニスティックな作曲家認定を勝手にしてしまうのはショパンです。 「エチュード」など、他の楽器の音色では考えられない! 実は「ピアニスティックな美しさはないが、偉大な演奏である」という演奏評を前につけてみて違和感があったのは(そんなのあるわけないじゃん!という印象)、他にもラフマニノフ、モーツァルト、ドビュッシーなのですが(←私的ピアニスティック認定一次予選?)、作曲家のインスピレーションを勝手に想像するとピアノらしくないものも含まれているような気がしたのでした。 ピアニスティックではない方のピアノ曲は、前述のフィッシャーがベートーヴェンのピアノ曲を理解するためにはこれを勉強すべし!と一押しにしていた「ディアベッリ変奏曲」です。 私はもともとこの曲が全然理解できなくて大の苦手だったのですが、フィッシャーの一文を読んでから聴き方が変わり、ピアノ音楽の可能性の広がりを考える楽しみを得ました。 演奏家としてピアニスティックな完成度が極限まで行ってしまったのはホロヴィッツ(スカルラッティなどはこの世のものと思えない)、ピアニスティックなんて言葉は使わないでほしい、と演奏自体が叫んでいるのはリヒテルだと思います(が、これも妄想ですね)。 今回はご質問があったので「ピアノ特有の音楽とはなんぞや?」と考えてみましたが、もし普段「いやあ、ピアニスティックな堪能ができたわ~」などと適当に口走っていたとしたら、それは「ピアニストがとっても巧かった~」という程度の意味ですから「ピアニスティック」という言葉自体にはあまりこだわりはありません。 いいかげんな駄文、失礼申し上げました。
お礼
こんにちは。 ピアニスティックでない音楽が表現できるのがピアノの特質とは,うーん,なかなかに刺激的な(笑)。 #1さまへのお礼で申し上げた「音がつながらない」のほかに,私がピアノを聴くにあたって気になっていた(そして今でもやはり気になる^^;)のが,「全部同じ音(色)」ということです(もちろん,違いは感じるのですけれども,ヴァイオリンとフルートとトランペットとソプラノ歌手ほどの違いがあるわけではない,という意味で)。 その辺り,音色に対するイマジネーションを広げていくのか,あるいは,繊細なグラデーションに対してより敏感になるのか。みなさんがどのようにピアノ音楽に触れているのか(演奏,鑑賞ともに),あるいは,自分の聴き方が今後どのように変わっていくのか。なかなに興味深いところではあります。 ・・っと,ちょいと脱線しました。 はっきりと線が引けるわけではないと思いますが,ピアノ音楽に限らず,「ある特定の楽器の特質に依存する音楽」と,「楽器にあまり依存しないより普遍的?な音楽」という分類はあるような気もしますね。前者がいわゆる「ピアニスティック」,なのでしょうか。(しかし,後者の普遍性をもっともよく表現できるという特質を持つ楽器がピアノなのだとしたら,やっぱり堂々巡り??) うーん,とりあえず頭の痛くなる話はおいて,分かりやすい意味でのピアニスティックに話を戻しまして,やはりショパンですか。ラフマニノフ,ドビュッシーも直感的に理解できるところですね。モーツアルトは私が勝手に意外と思っていましたが,実は当たり前にピアニスティックなのでしょうか。 ちなみに,反ピアニスティック代表?のディアベッリ変奏曲,興味アリアリです。覚えておきます。 そういえば,以前,ラジオでなんかペコペコした音(爆)のモーツアルトを聴いたことがあります。あれはたぶん,フォルテピアノ(でいいんでしたっけ?)というピアノの最初期の楽器での演奏だったと思うのですが,もしもあれがモーツアルト(ベートーヴェンあたりもか?)が聴いていた音なのだとしたら,ずいぶんイメージが違いますね。オケの世界ではピリオドアプローチの演奏はかなり一般的になってきましたが,ピアノの世界にもそうした流れがおとずれるのかも? (補足に続く)
補足
(お礼からの続き) ピアニスト編もありがとうございます。 ピアノの魔力を自在に操るホロヴィッツと,より禁欲的?求道的?に音楽そのものに向き合うリヒテル,というのは,分かるような気がします。 両者ともに私が以前から好きなピアニストですが,ピアノ素人でも分かるようにピアノの魅力をぶつけてくるホロヴィッツと,ピアノに依存せずに音楽を届けようとするリヒテル,と解釈すると,なるほどな,と思えなくもありませんね(相当なこじつけですが^^;) たまたま持っているホロヴィッツのCDにスカルラッティが3曲入っていました。 スカルラッティがピアニスティックとはこれいかに??・・・ではありますが(笑),作曲家にその気にまったくなくっても演奏家が作り上げてしまうピアニスティック,というのもあるのかもしれませんね。 (その極北?が,ただただピアノ(ピアニスト)を聴かせるためだけに作られたような「星条旗よ永遠なれ」?) 以上,こちらこそまとまりを欠く駄文のお礼になってしまいましたが,ご回答,ありがとうございました! #リヒテルのショパンを聴いてみたくなりました(やっぱり天邪鬼,爆)
かなりストレートなご質問ですね(また重い)。私も子供のころから常に疑問に思っていましたがそれを口にすることはありませんでした。音楽評論家など何も説明せず「ピアニスティック」の一言でいくつものファクターを十把一からげに解説してきたようにも思います。私はピアニスティックの持つ意味は主に演奏家からみたものと、聞き手からみたものの2種類あるようには思いますが、その2つを結び付けるものは「演奏効果」ではなかろうかと考えています。ただピアノという楽器でより演奏効果を上げるためにはピアノという楽器の特質を最大限に引き出す必要があるため、まとめると、「ピアノ」という楽器の特質を最大限に生かし「演奏効果」をあげるような演奏、ないしは楽曲を「ピアニスティック」なそれというのではないか、と仮説がまずたちます。 ピアノという楽器の特質は何かと問われると、たとえば「音域が広い」「ダイナミックレンジが広い」「複雑な和声、ないしは声部を持たせることができる」といった点も挙げられますが、それはオーケストラの方が一枚上手です。とすると特質の一つとして、ピアノの「一人性」があると考えられます(一人で完結した表現ができるという意味)。一人である以上2本の手に5本ずつの指しか付いていませんから、音符をどのように割り振るかが問題となります。その制約を克服し、演奏効果をそれなりに(彼らなりに)あげられたならそれは演奏家(作曲家)からみた「ピアニスティック」ということだろうと考えられます。 ただ、聞き手としては割り振りなどどうでもいいわけで、評論家が「ピアニスティック」と説明しているのは他ならぬ聞き手であるわけですから、聞き手にとっての「ピアニスティック」は何かが問題となります。それはやはり、我々がピアノのソロ等を聞いて「すごく演奏効果があがっているな」とか、「これだからピアノはいいよな」と思うときはどういう時かということでしょう。 たとえば「ポーン」とピアノの一音が弾かれたとき、管弦楽器では駄目で、ピアノならではというものもあります。たとえば、ショパンの「アンダンテスピアナート…」の大ポロネーズが序奏を終えてのポロネーズの右手の第一音(link_1「0:31」)、ショパンエチュードop25-1の冒頭、アウフタクトの次の主旋律の一音(link_2「0:04」)。もちろん前後はありますが、この一音の効果はピアノならではという意味で「ピアニスティック」な効果を持つと思います(極論アウフタクトはピアノでなくても何とかなりそう)。そういう意味では一音でも「ピアニスティック」となりうる「ピアノ」は相当に完成度が高い楽器であると言えそうです。 ちょっとOp25-1の映像を注目していただきたいのですが、かなり困難で華麗な曲にも関わらず手はホームポジションから大きく外れた様子はありません。5本の指を計算しつくして作曲されています。これが「プロ」からみた「ピアニスティック」です。しかも、聞き手にはまた十分なピアノの演奏効果が伝わっています。ということは、アナロジカルな判断ですが、「演じ手(作り手)」においても「聞き手」においても「ピアニスティック」と感じられることは多いのではなかろうか、さらには「ピアニスティック」と一刀両断されるためにはその両方を含む必要があるのではなかろうか。とも考えられるのです。でもそれは、最初に述べた「演奏効果」を介して「演じ手」と「聞き手」がつながっている以上当然のことなのでしょう。であるとすれば、先ほど述べた「一音」の効果も含め、ピアノの持つ「演奏効果(複数の)」を発揮するために「作り手」がそのように努力し、また「聞き手」がそれを感じ取るという関係が生じたときにそれは「ピアニスティック」なのだろうと考えられます。 極めて抽象的な帰結であり、また論理の飛躍、重複ありで、むしろ問題提起になってしまったようで申し訳ないのですが、この問題を私なりに書くには、まあ一冊の本は極端ですが、卒論レベルの文字数(4万~6万)は欲しいかもしれません。不完全燃焼ですが、一応今回はこの辺で終わりにしたいと思います。では、さようなら。 link_1 アンダンテスピアナートと華麗なる大ポロネーズ(ショパン)から「大ポロネーズ」「http://www.youtube.com/watch?v=3EOARCF-ZfE 」 link_2 エチュードOp25-1(ショパン)「http://www.youtube.com/watch?v=qO505HF-QRA&feature=related 」
お礼
こんにちは。 作曲家,演奏家,聴き手,それぞれの切り口からのピアニスティック,面白いですね。 先ほどラヴェルのときにもちょっと触れましたが,ピアノでなければ出せない演奏効果・・・というと語弊があるならば「音楽表現」,というのを,作り手として,あるいは,弾き手としてどこまで極めたか,というのがピアニスティック度(?)を測るひとつの指標なのかもしれません。 また,演奏行為の特性まで考えての作曲,つまり,弾き手がピアノの魅力を最大限に活かせるような書き方をする,というのも,なるほど,と思いました。 ただ,おっしゃるように,アクロバティックだからピアニスティック,ということでもなくて,究極的には,たった一音でも,作曲家(と演奏家)によりきちんと作りこまれていれば,聴き手にとっては十分にピアニスティックたりうるのでしょうね。 そして,ショパン。 「ピアノを極めた」という意味では,やはりこの人が筆頭にあがるのでしょうか。ほとんどの作曲家にとって,ピアノは作曲の「手段」でもあるわけですが,音楽を表現することとピアノを演奏することがここまで不可分であった人は,ショパン以外にはいないのかもしれません。 興味深いご回答,ありがとうございました。 「ピアニスティック論」ご出版の暁にはぜひご一報ください(笑)。
- gldfish
- ベストアンサー率41% (2895/6955)
自分が真っ先にイメージするのは「ピアノならではの機能(表現)」ですね。具体的には・・・ ・ペダル効果(一度鳴らした音がずっと持続する効果) これだけだと、ハープやビブラフォン・グロッケン等の鍵盤楽器も当てはまりますが、それらとの大きな違いとして、 ・指の操作ならではの、極めて複雑で素早いパッセージが可能 ・・という事がピアノならでは(ピアニスティック)という事なのではないでしょうか。分散和音・指というとギターもそうですが、ピアノは両手が使える事による表現の幅の広がり、そして音域の広さが大きな違いですね。 以上を「ピアニスティック」と踏まえたとして。 例えば、ラヴェルのピアノ組曲「クープランの墓」は本人よる管弦楽版も有名ですが、オーケストレーションされた際「トッカータ」「フーガ」の2曲が省かれた4曲のみが採用されました。「トッカータ」が省かれた理由の1つとしてはまず「構成が極めてピアニスティックだから」というのが挙げられます。曲を聴けば、採用された他の4曲に比べて、明らかに管弦楽では表現しにくいピアニスティックな表現が主軸となっている(分散和音等の持続音や、低音部から高音部への長いアルペジオ無くしては表現しにくい)事が少なからずお解りかと思います。 (「フーガ」が省かれた理由としては専門家の見解もまちまちですが、なんとなくは解る気はします。管弦楽からは程遠いその曲調もそうですが、中途半端に1曲だけ省くより2曲省く方が収まりが良かった・・というのもある気はしますね。) 以上が自分の「ピアニスティック」という言葉のイメージです。つまり、それ以上の意味(プラスとかマイナスとか評価を連想させるような意味)は無いと認識していますが・・。
お礼
こんにちは。 ご回答を受け,ラヴェルのいくつかの作品のピアノvsオーケストラ聴き比べを敢行いたしました。(オケはブーレーズ指揮のもの,ピアノは昔に値段で選んだぉぃコラールの全集) 聴いたのは,こちら。 ・古風なメヌエット ・亡き王女のためのパヴァーヌ ・海原の小舟,道化師の朝の歌(「鏡」より) ・高雅で感傷的なワルツ ・クープランの墓 クープランの墓は,ピアノの方がより懐古調かな,と思いました。クラヴサンの装飾音を模倣した音型の雰囲気が,ピアノの方が出しやすいからかもしれません。 ただ,どちらのヴァージョンもとても自然で,どっちがオリジナルでどっちが編曲,という感じはまったくしませんでした。さすがはラヴェル。 #「魔術師」あるいは「時計職人」ラヴェルに対してずいぶんと失礼な感想ではありますが(汗)。 しかし,せっかく聴き比べてそんな感想では・・・と,ここでふと,じゃあラヴェルが管弦楽版を作らなかった曲はどうなのかしら?と思い, ・水の戯れ ・ソナチネ ・鏡(「海原の小舟」と「道化師の朝の歌」以外) ・夜のガスパール も聴いてみまして,回答者さまがおっしゃるクープランの墓のカットされた二曲も含め,おっ,ラヴェルの判断基準がなんとなく分かったような?いや,分からないような・・・?(どっちやねん!^^;) これらの曲は,最初に挙げた曲に比べてると,よりピアノでの演奏を意識して作曲されているのかな,と,感じなくもありませんね(あやふやなコメントばかりで申し訳ないですが)。 私は具体的にはなかなか表現できないのですが,回答者さまがおっしゃるような,広い音域での複雑で素早いパッセージ,というのもそのひとつのような気がしました。 ご回答を参考に,興味深い聴き比べができました。 ありがとうございました!
気に留めず聞き流していた言葉でしたが, ピアノの特性が生かされた表現効果という解釈で考えてみました。 先にピアノの弱点から言えば,レガートな表現はできても, ロングトーンができる楽器のようなスラーやタイは不可能です。 音の強さを持続てきません。次第に音は消えていきます。 しかし,これが長所でもあり,例えば,ベートーヴェンのピアノソナタ 第8番「悲愴」の冒頭の和音です。もし,オルガンのように 音の強さを持続してしまえば悲愴感はなくなります。 オルガンではアタック音も入りません。 表現が万能のように思えるオーケストラでも,音が出た瞬間に 自然に消えていくような dim を1音の中で表現するのは難しいです。 他の楽器と比べてピアノの得意技は,真珠が転がるような スケールや,アルペジオだと思います。 オーケストラの中で使われるピアノのアルペジオは ハープの響きとは違う真珠のような輝きがあります。 サン=サーンスの交響曲第3番の中でも,波がキラキラと 輝くような響きを作り出しています。 元々,ピアノ曲として作られた曲はピアノの特性が生かされて いると思いますので,どれもピアニスティックだと思いますが, 真珠が転がるような…という点では,モーツァルトです。 華やかなアルペジオではショパン…だけではないですが, まず,ショパンが頭に浮かびます。 リスト,ドビュッシー…も。 メカニックな楽器という特徴もありますが, ズッシリした感じではベートーヴェン…というイメージがあります。 添付画像がうまく写るといいのですが,このような左手の音型も ピアノ独自のように思います。ただのオクターブですが, ズッシリとして,しかも躍動感がでます。 それで,お勧めですが,もしかして新規開拓?かと思い, ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲 モーツァルトのピアノ・ソナタ全曲
お礼
こんにちは。 回答一番乗りありがとうございます。 ピアノをやや積極的に聴くようになってまだそれほど経っていないのですが,はじめのうちに気になったのが,どうしても音がつながらないように聴こえてしまうことでした(実は過去形ではなくてまだ現在進行形ですが・・・^^;)。 もちろん,聴き方の問題でもあるのでしょうけれども。 ピアノの機能的な特徴というと,音域や音量のダイナミクスレンジの広さ,華麗なスケールやアルペジオ,といったところが素人なりに思い浮かびますし(サン=サーンスは私にとっては大変にイメージしやすい例でありがたいです,笑),私がピアノに一番初めに感じた魅力もそういったところでした。そういう点ではショパン,リスト,ドビュッシーというは,なるほど,と思います。 一方,ベートーヴェンやモーツアルトは私にとってはピアニスティックな,というイメージのなかったのですが,回答者さまはじめ,何人もの方が名前を挙げているのに,少々驚いています。 ・・・といっても,モーツアルトのピアノ曲は,ピアノ協奏曲を除くと,冗談抜きに,まともに聴いたことは一度もないので(冷や汗∞),単なる先入観に過ぎませんが。 美味しい物は最後に,ということでもないのですが,彼のピアノソナタは,なんとなく,まだ私のような状態では聴くのがもったいないような気がして,なかなか手が出せていない作品です。 お勧めいただいたのもひとつのご縁かもしれませんので,いよいよ考えてみる・・・かもしれません(^^;。 ベートーヴェンのソナタは一足先に後ろから聴き始めて,今27番までですが,なかなかに手ごわいですね。まだまだ聴き手の修行が足りない感じですが(後ろから聴くというのが作戦ミス??),メカニカルで重量感がある,というのも,確かにピアノの特徴の一面かもしれません。 ところで,載せていただいた楽譜,何の曲かさっぱり分かりません(爆)。 ・・・と,やっぱりまったくまとまらなくなってしまいましたが(汗),まずは考えるきっかけを作ってくださいましたこと,改めてお礼申し上げます。 ありがとうございました。
お礼
こんにちは。 ブリリアント スケール アルペジオ トリル とのキーワードから思い浮かんだピアニストがラン・ラン君でした。いわゆる大御所ピアニストの生演奏を聴いた事がほとんどないので,例示として正しいかどうかまったく自信はないのですが。 シューベルト「ます」,モーツアルト「ジュノム」などを聴いたのですが,確かにブリリアント&ピアニスティックで気持ちのよい演奏だったけれども,でも,これがピアノの魅力のすべてってわけじゃないよな,と。 質問文中にも書いたのですが,「いかにも」っていう言葉をついつけたくなるんですよね。(表情のことだけではなくて,爆) もう一人,逆の意味で,フジ子・ヘミング女史。 弦楽伴奏版のショパンp協1番,十八番のラ・カンパネラなどを生で聴いたのですが,私がイメージしていた「ピアノの音」とはめちゃくちゃ遠くて,こんなにブリリアント「ではない」ラ・カンパネラというのも珍しいな,と思いました。 --- #なお,ご両人ともに,だからピアノの演奏としてダメ,という意味では決してありません,念のため。 ところで,ポリフォニー,ホモフォニーと聞いて思い当たったのですが,私のピアノの聴き方のいたらない部分として,「声部の横の流れが感じ取りにくい」というのがあります。 それは音のつながり方や音色の違いの話ともたぶんつながっていて,オケなら楽器の音色で区別がついたり,実際にレガートやスラーでつながっているので見失わないところが,ピアノだと,さっきのあの音につながっているのはどの音?というのが,分からなくなってしまうことがあります。例えば旋律線の隙間?につい他の声部に気をそらしてしまったりとか。 最近シューベルトなどを少々聴くようになって,ちょっとは慣れたかなとは思いますが(つまり,今まで分かりにくかったのはややこしいのばかり聴いてたから?),声部の並立度の高い楽曲はピアノでは表現しにくいのかな,とも思ったりしました。 #とかいいつつ,リヒテルの弾くバッハ平均律はけっこう好きなんですが。 そういうところ,想像力?でレガートに聴こえるようになるのか,あるいはピアノらしい旋律線として感じられるようになるのか,これまた興味深いところです。 ・・・と,ここまで,中途半端ですが,補足にはある程度まとめっぽいことも書きたいので,いったんこれにて。 ご回答,ありがとうございました!