1か0の考え方しかできない人?
親がフランスと日本のハーフです。
小さい頃はフランスに住んで、大学から日本に住んでいます。
日頃気になることがあります。
周りの友人達と話してもすごく顕著な傾向で不思議なのですが、
日本人は「度合い」というものの考えが無いのでしょうか?
・人工甘味料は危険
・自殺者が出たからワタミは超ブラック
・ガンは西洋医学(外科療法、放射線療法、化学療法)でなく食事療法などにすべき
たとえば上記のような話題になった時、私の周りの日本の友人達は、
1か0かですぐに考えて議論します。
つまり、アステルパームなどの人工甘味料は危険である、実験でもそういうレポートが出ているとか、
米軍が生物化学戦用に使用可能な化学物質としてリストアップしていた等、陰謀的な話とかです。
しかし大切なのは、どのくらいの「量」「度合い」が入っているかだと思います。
でもそういったことは一切議論されません、関心すら持たれません。
生物化学戦用にリストアップされていたという「事実」が大切なのではなく、
人体に悪影響を与える量はどのくらいの量なのか。
お酒でも砂糖でも塩でも、量が問題なのであって、大量に与えれば全て毒だと思います。
同じ意味で、ワタミから自殺者が出てすぐにブラックと考えますが(もちろん結論としてそうなっても何ら問題はありませんが)、ワタミは大きな会社で従業員数はグループで6,000人以上バイトを含めると途方も無い人数になると思います。
その規模の人数を雇用し、また数十年経営してきた中での自殺発生率で考えるという
(もちろんそれでも自殺者が出たということは高いのでしょうが)ような視点で考える人とがめったにいません。
ガンの治療についても同様で、食事療法でがんが治るのは素晴らしいことですが、それは何人が試して何人が治ったか、をみなければその療法がいいとは考察すら出来ません。
すくなくとも西洋医学では、このケースのガンは何割の確率で治る、ということが出せているわけです、だからこそ一般的な治療法と確立されているろ思うんです。
これらのような例はほんの一例で、あまりにも多いです。1つの事実だけをみて1か0かの判断をする日本特有?の判断基準に、いつも不可解さを感じてしまいます。
これはある意味で、大変危険なことのようにも感じています。
これは教育の問題なのでしょうか、それとも私の周りの環境がたまたまそうだったのでしょうか。
例えば日本では、義務教育期間に、確率という学問が必須ではないのでしょうか?
気になったので質問させていただきました。
よろしくお願いいたします。
お礼
ご回答ありがとうございます。 まず、アステルパームではなくアスパルテームでした。単純な誤記ですみません。 あまり聞きなれない名前でしたので、 ・なにからどういう風に作られているのか? ・危険性などはないのか? が気になりましたので、質問させていただきました。 両方ともアミノ酸ということは危険性は低いということなのでしょうか。