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生きる意味。
週6で働いて日曜休み。休みはいつも一瞬で終わり気づけば月曜の朝になってる。 連休もほとんどもない。 こういう人たちって少なくないと思うのですが、どうでしょう?生きる意味ってあるのでしょうか? もちろん、仕事が楽しいって方にとっては問題なしかもしれませんけど。 他の動物に比べ明らかに優れた種である人間が今なお週5、週6で働かないといけないなんて、もっとうまい具合に発展できなかったものでしょうか...
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- 098poi
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大変申し訳ありませんでした。 当方、仕事が楽しい訳ではありませんが、どんなに忙しくても時間はあると思考する為、 このような回答になってしまいました。見過ごしてください。ごめんなさい。
- 098poi
- ベストアンサー率31% (22/70)
訂正 上記のような毎日は、お国柄の為ではないでしょうか。 ギリシャなどに行ってみるのはいかがですか? 世界中を旅して人生を謳歌するとか・・・ 「私はそう思うので、大袈裟に聞こえるかもしれませんが・・・」 仕事の時間に拘束されて、心が疲れているんですよ。 ボーッとしてみてくださいね^^ でした。
- 098poi
- ベストアンサー率31% (22/70)
こんばんは。 上記のような毎日は、お国柄の為ではないでしょうか。 ギリシャなどに行ってみるのはいかがですか? 世界中を旅して人生を謳歌するとか・・・ 私はそう思っておりませんので、少し大袈裟に言いましたが、 仕事の時間に拘束されて、心が疲れているだけですよ。 ボーッとしてみてくださいね^^
お礼
結局そんな時間がないからこういう悩みを持っているのですが...
- jimmy35
- ベストアンサー率26% (468/1774)
No.7です。 なるほど、それでは質問の趣旨を取り違えていたようです。 ただ、一つ言えることは人間は時間を意識し、その時間を理性を使って本能からくる「発達」という言葉を実現しようと受動的に(残念ながら能動的ではありません)考えるようになった初めての動物だということです。しかし、あなたもあなたの考えの中で理解できてはいるでしょうが、発達本能を押さえ、理性でコントロールすることまでは出来てはいません。 もし、現代の利便性に対し、十分であるからと発達を止め、甘受するようになると必ず不安が襲うようになってきます。甘受して甘い生活を送り、努力を忘れるようになってでもでしょう。今のままでいいのだろうかこれからどうなっていくのだろうかという漠然とした不安が人々を襲っていくと思いますね。(現代でもその発達した利便性に対し、甘受するが故に不安を覚える人はたくさんいます)それは人の発達本能から来る本能的不安でしょう。生物には小脳や中脳、大脳の一部を完全コントロール下に置く装置でも発明されない限り、どうしてもその呪縛から抜け出すことは不可能と思いますよ。そうなれば、不安が人を簡単に傷つけていくようになるでしょう。大きくなれば人が人を滅亡させるようになっていくでしょうね。まだ、残念ながら人はそこを越えることはできません。 >100年後も200年後も週5週6で働いているんじゃないのか?とか思うんです。 おそらくそうでしょう。何もしないことへの不安を払拭するために1000年、2000年...いつまでたってもその状態は続くと思いますよ。脳の本能的部分を人間が完全コントロールできればそこから抜け出すことができるのかもしれませんね。
お礼
二度の回答ありがとうございます。 回答者様はそれを『不安』で表しておられますが、私にはそれは『欲』からくるもののような気がします。 結局私が間違っているだけなのかもしれません。普通の人の欲はお金や利便性や、よくわかりませんがそんなのに向かい、私の場合、時間に向かう。 若いうちにもっといろんなことをして、色んなものをみて、いろんな体験をして、そういうところに人生の価値を感じています。当然、一生そんなことができれば良いにこしたことはありません。 老いてからじゃ遅い。無意味に感じます。 一生懸命働いてやっと自由を手に入れたときには自分は老いぼれている... 人生の無意味さを感じます。
- saru_
- ベストアンサー率39% (38/97)
何か目標があって、それに少しづつでも近づいている人は、週6で働いていても、それなりに生きがいを感じて生きているように思えます。ただ昨今は、適切な努力で達成できる手頃な目標が見つけづらい時代だと感じることはあります。 >他の動物に比べ明らかに優れた種である人間が今なお週5、週6で働かないと >いけないなんて、もっとうまい具合に発展できなかったものでしょうか... この点に関しては、悲観的なコメントが多くてびっくりしたのですが、歴史を見る限り、人類がまだまだ発展途上にあるという理解の方が妥当なように思えます。 例えば200年前の江戸時代に比べると、休日の日数は勿論のこと、医療保険制度、年金制度など、社会福祉制度の発展には目を見張るものがあります。また、そんな大昔と比べなくても、20年前までは土曜日は半ドン(午前中のみ働く)が普通で、小中学校で完全週休二日制が定着したのも、比較的最近のことだと言えます。 という訳で、こと週3、4日の労働で生活できるとい人生を欲しているという点に関しては、hamaguti02さんが生まれてくるのが早すぎただけではないでしょうか? 今の人類の状況を見ると、かなりゆっくりしたペースではありますが、その方向に進みつつあるように思えます。2000年に国連ミレニアムサミットで採択されたミレニアム開発目標(MDGs)なんかにも、その傾向が現れているのではないでしょうか。(http://www.mofa.go.jp/Mofaj/gaiko/oda/doukou/mdgs.html ) かなり適当な予測ですが、核戦争に類したものがなければ、500年もしたら、そうした状況が実現しているように思われます。(また20年前に比べて、世界核戦争の危険性が低下したのも、人類の偉大な発展の一つだと、個人的には思っています。) ただし、そうした時代に生まれたhamaguti02さんが、不平不満なく暮らしているかどうかは、また別の議論です。パレスチナのガザ地区やソマリヤで暮らす人々と自らを引き比べて、「自分たちは何て幸せなんだ」と感激する日本人が滅多にいない(ちなみに私も全然感激してません...)ことからもわかる通り、人が感じる幸福とは、比較的身近な人々と自らを比較することで決定される傾向が強いためです。hamaguti02さんの文章からは、江戸時代に生きていたら、「他の動物に比べ明らかに優れた種である人間が今なお、お盆と正月以外働かないといけないなんて、もっとうまい具合に(後略..」なんて事を言ってそうな印象を受けます。 とりとめのない文章になりましたが、ポイントは ・小さいことでもいいので目標を持って生きると吉 ・百年単位で見ると、人類の発展も捨てたものではございません というところです。 かなり参考にならない意見だと思いますが、色々な意見が読めるところが、OKWaveのよいところだと思って、ご容赦を!
お礼
500年もかかるんですか... >hamaguti02さんの文章からは、江戸時代に生きていたら、「他の動物に比べ明らかに優れた種である人間が今なお、お盆と正月以外働かないといけないなんて、もっとうまい具合に(後略..」なんて事を言ってそうな印象を受けます。 たぶん、そのとおりだと思います。ただ、今は、せめて隔週でもいいから土日が休みだったら、それで満足できるとは思っています。 小さいことでも何か目標...何か見つかるといいなと思います。今のままじゃ
- dai-ym
- ベストアンサー率22% (848/3824)
まず動物は毎日働いて、ちょっとしたミスが死に直結しますよ。 そう考えれば十分うまい具合に発展しているとおもいますよ。 で、生きる意味ですがあると言うような、受身的なものとしては無いですね。 生きる意味は自分で作り出すものです。 そして、その自分の生きる意味と仕事があまりにもずれて、自分の生きる意味の邪魔になるようであれば、その仕事を変えると言うことも考えないといけないでしょう。 そんな転職など出来ないとしたら・・・ そんなスキルでい続けたことが間違いです。 自分の生きる意味をまっとうさせるために、常に自分を成長させ、いざというときは転職なり企業なりできるような準備をしておくことが大事です。
お礼
死や病気のリスクが圧倒的に少ない、それだけであなたは十分だと思っておられるのですね。 私はもっと上手い具合にできたんではないかと感じています。 生きる意味を創りだす、こんな状況じゃ私には到底見つけられそうにもありません。 仕事を変えるにもリスクが大きすぎます(死なないためには)。 >そんなスキルでい続けたことが間違いです。 その通りでしょうね。 間違っていたことはもう遅いとして、このままではつまりやはり生きる意味はあまりないようですね。
- toteccorp
- ベストアンサー率18% (752/4134)
自分で大した努力せずうじうじしていても何も変わりません。 変えたければ、あなたが変わらなければいけません。 やったこともないのに転職や独立が難しいことだと思っているのですか。 人間すべては変われませんが、あなたが変わる(発展する)ことはできますよ。 今のままでもいつくびになるか倒産するかわからないですよ。 生活のため、家族のため、夢のために嫌でも我慢して働いている人は沢山います。 好きで仕事している人ばかりではありません。 働きたくても働けない人も沢山いますよ。 みんなに感謝し働きましょう。
お礼
世の中を見ていれば、やったことはなくても転職や独立が難しいのは分かるものだと思いますが... >生活のため、家族のため、夢のために嫌でも我慢して働いている人は沢山います。 好きで仕事している人ばかりではありません。 働きたくても働けない人も沢山いますよ。 当然そのようなことは考えたことはあります。 よその貧しい国に比べれば食べていけるだけでも幸せだと思うべきかもしれません。 ただ、本当にそういう考えを人間ができるのなら、何かに不満を持つ人間はこの世にほとんどいなくなることになりますが。下には下がありますから。 当然、私にもできません。週6働いて、日曜は午前中からもうすぐ一日が終わるとカウントダウン。 とても生きている意味が見つけられません。
- simonmagus
- ベストアンサー率30% (210/689)
単に過渡期なのではないでしょうか。 日本だけを例にとって言いますと明治までは休みと言えば盆と正月だけでした。 明治の近代化によって外国から週に一日休む日曜日という文化が入ってきました。(ユダヤ教以来の安息日ですね。神様が天地創造を7日で仕上げて1日休んだという) 戦後も長らく週に一度の休みが続きましたが、やっと土日休みの週休5日制が定着したのが現在です。 経済がこのまま発展して、さらに効率的な経営システムが開発されれば週4日も可能かも知れませんね。 しかし労働を苦行のように捉える視点から世の中を見すぎではと危惧します。 働くことを生きる喜びと感じている人もまだ大勢いますので、逆に労働時間が短くなれば何をして良いかわからなくなる人も増えるのではないでしょうか。 もし週4日だけの会社に勤務したとしたら、私は多分休みの日に別の副業をすると思います。 他人よりも豊かに、他人よりも上に、他人よりも先に、人はそう思わずには生きていけない存在ですから。 それを愚かと見るか向上心があると見るかは人それぞれですがね。
お礼
働くことを生きる喜びと感じている人が大勢、つまり具体的に何割ぐらいいるんでしょう。 自分の本当にやりたい仕事、やりがいのある仕事、そんなものにめぐり合える人はほんの一握りだと、私は思っています。 >もし週4日だけの会社に勤務したとしたら、私は多分休みの日に別の副業をすると思います。 すみません、たしかに人それぞれですが、私にはそれが愚かに見えます。 もちろん、それはただ価値観の違い、お金や仕事やスキルを重んじるか、時間の方を大切に思うか、それだけだと思います。 私は、私の時間が惜しいです。定年後やっと手に入れた自由、そのとき私は年老いたただのじじぃ。何か全てがむなしく思えます。
- ORZTX
- ベストアンサー率41% (213/513)
#4です 人間社会はあくまで力がある、というだけで優れているというわけではありませんよ。 むしろ誤魔化しがきき、ひどく歪で末期的なもののだと思います。 人類ははっきり言って自浄作用がほとんど働かない種です。そのしわ寄せを人類ではなく他の生命に押しつけ、その歪な現実から目を背け、目先の欲望を満たすことを優先するどうしようもない生き物だと思っています。 50年先まともな生活を出来るものがかなり減るであろうことがわかっていながら科学という名の利便性を放棄することが出来ない、悲しい存在です。 死んでからでさえ他の生命の肥やしになることすらない、非生産的な生命体です。
お礼
二度も回答ありがとうございます。 すみません、もともとの私の質問分が悪かったようですね。 私も人間は愚かな生物だと思っています。 優れたというか、なんと表現すべきだったんでしょうか、とにかく、他の動物とは比べ物にならないほどいろんなことができて、そんな人間が今なおこんなに働かないと生きていけないなんて、なんて愚かなんだろう?と思ったんです。 例えば私たちの扱う機器等、今より劣ってていいからもっと楽に生活できるようなってたんじゃないかな?って。そんなことを考えたりするんです。
- kanburu
- ベストアンサー率13% (118/865)
以前はほとんど休みを取らない(名目は休み)仕事でした。 今は勤務日数で言うと年間190日くらいでしょうか。 1年のうち半分仕事で半分休みです。 >もっとうまい具合に発展できなかったものでしょうか... シャチョーになっちゃえよ。 そうすればこんな生活です。
お礼
もっと上手い具合には、人間全体を考えた意見です。 ま、いいですけど、そんな簡単にシャチョーって... なぜ回答していただいたのかよく分からないです。すみません。がんばって必ずなれるものなら今頃社長だらけですよね。
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お礼
お気になさらずにどうぞ。 こちらこそなんだかそっけないお返事ですみませんでした。 ご回答のほうは本当にありがとうございました。