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精神科に勤務しています。古い時代゛の看護師と気が合いません。どうしたら良いのでしょうか?

関西から○○県に引っ越してきて、早三年がたちますが、精神医療は遅れているし、患者に対して威圧的な看護師や、どうしたら楽できるかという看護師ばかりで働くのが嫌になります。看護診断やチームナーシングもやっと導入され始めたのはいいのですが、今更という気もしますし、純粋に看護している人なんて、ほんの一握りでしょうか。何かと古い勢力とうまくいきません。実習指導者をしているので、若い人達とはうまくできるんですけどね。ちょっと愚痴りたくて、、、。いろいろな考えを聞かせてください。

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  • rukarin
  • ベストアンサー率50% (3/6)
回答No.5

私は、神経科にお世話になっている患者の立場です。 患者はよ~く見ています。特に心の病気の人って、敏感に感じとってしまう人の方が多いと思います。ですが、治療する側の方達も、精神的にしんどいと思うし、患者と深く関わりすぎることを避けておられるのかもしれませんね。 だからといって、遅れた精神医療のままでいいわけがありません。 私は入院した時に、いろいろな看護士さんにお世話になりましたが、看護士さんの応対の仕方や患者に対する姿勢を敏感に察知してしまい、勇気づけられ励まされたり、逆に取り乱したり、傷ついたりすることもありました。・・・ので、 精神医療現場での看護は、普通以上に気を遣うことが多いと思います。 だから、少しでも楽をしたいと考えてしまう気持ちもわからなくはありませんが、でも、それでは悪循環のままですよね。 kouchan2さんのような、指導的立場にある看護師さんがいることで、これからの若い世代の人達が、古い時代の考え方を受け継がなくてよくなれば、患者側としては、とてもとても嬉しいことです。 今は、思うようにならない環境の中にいて、辛いことも多々あるかと思いますが・・・我家にあるカレンダーの2月の標語をそのまま引用させて頂きます。 「思うようにならぬ相手によって人間は磨かれ進歩向上していく」 そのような環境の中で、今、指導的立場にいる意味を大切にして、明るく頑張ってほしいな・・・と思います。役に立たない回答でごめんなさい。 でも、真剣に使命感をもって仕事をされている看護士さんがいてくれたら、患者側としても、心強いな~と思い、応援メッセージをさせて頂きました。

kouchan2
質問者

お礼

応援メッセージありがとうございます。とても勇気付けられる標語までいただいて申し訳ありません。いつも仕事のことで悩んでいる時に救ってくれるのは患者さんです。愛嬌いっぱいで寄り添ってきてくれます。そしてまた頑張ろうって思うんですけど、だからこそ患者さんに対して良くしてくれない職員に対して嫌悪感を持ってしまうんです。患者さんに癒されていると感じることが多いです。以前患者さんに対して暴力を振るっていた職員が、ある脳血管疾患にむなって副腎皮質ステロイドという薬の副作用で鬱病になってしまいました。それをきっかけに、「患者さんの気持ちが良く分かったでしょ。もう暴力は振るってはだめだよ。」っていったら、納得して「こんなにうつ状態ってキツイとは思わんかった」って以後一切暴力をふるわなくなりました。体験しないと患者さんの痛みが分からないようじゃプロじゃないんだろうけど、それほど他人の痛みを感じれない人が多いということです。でも心の病気の人は敏感といいますが、僕自身とても感受性が強くて敏感な人間です。その敏感さを精神科看護で活かせると思ったし、過去複雑な家庭に育ったものですから、いろいろ乗り越えてきたつもりで、少しでもその乗り越え方を患者さんに知ってもらえたらなんて思ったのが精神科看護師になったきっかけでしょうか。ルカリンさんの回答はとても励みになりました。いつまでも人のこころが分かる、分かろうとする看護師でいたいと思います。ありがとうございました。

その他の回答 (4)

回答No.4

精神科の経験はありませんが同僚です、元になりますが。 スタッフの年齢層があるとそれだけ価値観や考え方って より重なりにくいですよね、もちろん仕事をする上で目標としているものは同じはずなんですけど、同世代でさえ意見が分かれる事だって良くあります。なのであわないからとか、送れているから自分はそんなことについていけないという発想は変えたほうがいいかもしれません。でもカンファレンスやなにかのミーティングの場で自分の意見を主張できる時間ってありますよね?そういった時間は大いに活用されたほうがいいと思いますし、とても大事なことだと思います。 古い時代の方だから・・というのはあまり固定されず個人によることだと私は思っていますが・・どうでしょうか?

kouchan2
質問者

お礼

タスクドンさんの言われることはごもっともです。少し御幣がある書き方でしたが、古い職員とそりが合わないというのは、意見を主張した上でなんですが多分タスクドンさんが考える以上のズサンさかもしれません。同じ目標すら共有していません。カンファレンスもしようとしません。しても僕ひとりではなしてる状況でしょうか。一般病院では考えられない状況って事実あるんです。古い年配の職員でも意見の合う人や同じ目標に向かって進んでいける人はいないわけではありませんが、その絶対数の問題でしょうか。新人のリアリティショックがひどいです。基本的な看護師の素養事態を疑ってしまう内容なので、悩んでしまうんです。オムツ交換時に病衣まで汚染してても「ほっとこうや」と平気で言える人たちですから。でも必死でいいところは探しているつもりなんですけど、押しても引いてもだめでした。でも看護部長がとてもよい人になったので少しづつではありますが改善傾向です。あと十年先は良い病院になってるかと思うんですがね。じれったくて待てるかな?なんて、、、。でもタスクドンさんの言うように、自分はそんなことについて行けないなんて投げださないように頑張ります。ありがとうございました。

noname#3019
noname#3019
回答No.3

 威圧的に見えるということは、それだけ距離があるということですね。治療する側の人々は何も精神疾患を体験してないんだから、そういった苦悩を持つ人々の苦しみの本質に対して、基本的には「無神経」(ノータッチ)でおれるポジションにいるとしか思えない。またそのほうが安全だとも思える。  私が思ったのはあえて実名をあげると齋藤環さんなんかは、若い割には「権威」に愛着がありそうだと本などを読むと感じますね。「去勢の否認」という発想自体がそうでしょ。(お読みでなかったらすいません)彼の師匠が稲村博さんで、不登校の初期の治療法で「強制入院、薬漬け」などといろいろ言われてたんでしょう。これなどはわかりやすいほど「距離」を重んじる発想ですね。  つまりこの「距離」の難しさがすべてなのですよね。患者さんとしては距離感を感じさせない治療をしてほしいと思うわけでしょう。しかし治療者側は、患者の内的世界観に飲み込まれるのを恐れるあまりに距離を置かざる得ない。治療者側が余程強力で柔軟性のある主体性を持つことができれば、こういった問いかけが起こることも無いはずなのだろうけれど、そうなると自分の人間性とも直面しなくてはならないほどのところを、くぐりぬける重要性に直面せざるを得ないのでそういう作業は大変だから、「権威的」に振舞っているほうが気楽でよい、ということでしょう。  看護士がどういったことを具体的に現場でされているか知らないから、ここまでスムーズに書いてこれましたけれど、カウンセラーがすることを義務付けられている(と思った)、「教育分析」というのはやられているんでしょうか。これこそ患者の「身になる」ことでもあるように思えるのだけれど、ドクターの方々は多分やられてないのじゃないですか。  最近、「精神科医を精神分析する」(佐藤 幹夫著 新書y)というタイトルの本が出ました。多分ストレス解消になりますよ。というより作者はあなたのように現場で働いてきた経験から著名なドクターの方々を批判されているので、共感できるかもしれませんよ。

kouchan2
質問者

お礼

精神科看護師がキチンとした教育を受けていないと、101101さんの言うような内的世界に引き込まれていくような感覚に陥って、拒絶してしまいます。しかし、心理学的な見地からね例えば統合失調症の患者さんの妄想などを考えたときに、妄想の裏側にある思いや背景に注目すると、妄想の世界に引き込まれる感覚はないと思います。看護師や看護学生、医師などが自分自身が妄想などの病的世界に引き込まれるという認識でしかないのが専門的じゃないですよね。患者によって、そうなってしまうのではんくて、自分自身の防衛機制が働いているということに気付かない人がほとんどです。残念ながら医師も今では精神疾患の神経学仮説にばかり偏って心理学的な捉え方ができない様に思います。看護は神経学仮説からのアプローチを行うとミニドクター化してしまいますので、僕は純粋に心理学的側面からのアプローチが自己分析や他者分析に有効だと思っています。しかし「精神科医を精神分析する」なんて、面白いですね。 読んでみようかと思います。同感できることが多くて、びっくりしました。本当に一般の方ですか?また意見くださいね。ありがとうございました。

  • dashinshi
  • ベストアンサー率49% (113/230)
回答No.2

まず最初にお断りなんですが、素晴らしい医師や看護士などのメディカルスタッフも沢山いらっしゃいます。 ですが。。。現実の医療現場を見ると、?????と思う状態のよく目にします。 特に、精神医療や老人医療(一部介護を含む)分野にはその傾向が強く感じられます。 私自身は、医師ではありませんが、医療現場を数多く見てきた経験から、精神医療と老人医療の分野は特に「看護」が重要であると痛切しています。 これからは、私個人の考え方なのですが、 「診療」と「看護」は担当する分野が違うだけで、同じレベルの医療行為で、あると思います。 特に、精神医療や老人医療の現場では、その傾向が顕著です。 現在の日本の医療体制には、多くの問題があると感じていますが、その一つに「看護」と言う極めて重要な医療行為があまりにも軽視されている。 看護士の制度自体も(養成方法や試験のありかた、準看制度)見直して、もっと「看護士」地位と権限を上げるべきものと考えています。 こうした、考えをもつ私には、「医者のこまづかい」や「サラリーマン」に徹している看護士がとても不快にうつります。 少々細かい話しになりますが、 精神医療の現場なら、「医師」「看護士」「薬剤師」「医療事務(ソーシャルワーカーとして)」が、一体となり、同じレベルでの発言ができ、治療を行っていけるような状態が作れないだろうか?といつも思います。 あなたの様な、看護士が少しずつでも増えて、「看護」が「診療」と同等、ときには、それ以上に重要な医療であると社会が認識していくことを心より願っております。がんばってください。

kouchan2
質問者

お礼

本当にそう思います。以前僕自身がdasshinshiさんの言うような病院に近い所に勤めていたものですから、現在の職場の至らないところに過剰に反応してしまって。看護士は最近看護師に変更されて格上げされたんですが、名称だけではいけませんよね。これからの時代は精神疾患が多種多様化とともに増加もしてくると思いますが、精神疾患というものの捉え方を専門職はもちろん、世間一般の方も、充分に認識しないといけないと思います。精神疾患は誰でも起こりうるもので、別に恥ずかしいことではないと思っています。ストレスの多い世の中ですので社会現象とも密接に関係していますし、偏見など大きな問題もありますが、やはり患者さんも精神医療に携わる者も、こころの問題なので難しいと思います。でも地道にがんばって行きたいと思います。ありがとうございました。大変勇気付けられました。

回答No.1

まとはずれな意見だと思うんですが、すみません。 実際行ったことがないので。 本当は早く行きたいのですが、メンタルな病院に行ってあーだった、こーだったという体験談をみるとそういった威圧的というか、簡単にあしらっちゃうような看護師さんや、お医者さんがいるようで、なかなか行けずにいます。 私にとっては、病院に行くことはやっぱり内科などにいくよりも、ずっとずっと勇気のいることだと思っています。 だから勇気をもってやっと踏み出したのに、そんな看護師さんやお医者さんに運悪く出会ってしまったら、すごく落ち込んでしまうと思います。 やっぱり、親身になって話を聞いてくれるお医者さんと看護師さんを求めます。 ほんと、的はずれですみません!!医者でもなければ看護師でもないのに・・・。 お仕事頑張って下さい^-^

kouchan2
質問者

お礼

メンタルな悩みで受診するのは、本当に勇気がいると思います。だからこそ精神科の看護師はコミュニケーション技術においても、人格的にも優れていないといけないと思います。勇気を出して受診しているんだということも専門家なら念頭においておいて接しないといけないのにね。医療関係ではない人からの意見って、実を言うと一番身にしみるんですよね。精神医療がもっともっと改善されるように地道に頑張ります。ありがとうございました。

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