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画期的な映画
エポックメイキング(画期的)な映画というと何を思い浮かべますか?どこがどのようにというコメントもつけていただきたいです。 映画を見てると「あーこのネタ前にもどっかで見たことあるなあ」と思う事しばしば。 やはり「こんな映画初めてだ」という映画を見たらとてもうれしいものです。 例えば最近では「メメント」は時間をどんどんさかのぼっていく映画で「おっ」と思いました。「マトリックス」の映像はゆっくり動いているのにカメラはガンガン動いている絵もはじめて見ました。D・リンチの「ロスト・ハイウェイ」は一人の役を途中から別の役者が演じてました。 独断と偏見で結構ですので、色々と教えていただけないでしょうか? ちょっとしたことでいうと、「ダイ・ハード」のナカトミ社長の役はこれまでの日本人と違ってとても堂々とした役どころで驚きました。などなど。 宜しくお願いします。
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再びコンニチハ。 >ストーリー展開とは これは別に私の功績ではなく、当時はよく言われてたことなんです。 蓮實重彦に影響を受けた黒澤清や青山真治、塩田明彦といった 若手(もう中堅かな)(黒澤は大御所かな)の監督たちの対談集 ●ロスト・イン・ハリウッド:デジタルハリウッド出版局 なんかに、もっとシャープに語られています。 宇宙人の話も出ていたんじゃなんかな? 昔は映画の中の宇宙人は人類の敵だったんだす。それが ●惑星ソラリス ●2001年宇宙の旅 といった作品から「インナートリップ」もしくは「神との遭遇」 といったテーマが出てきます。少し前では ●コンタクト がこの直系で真摯に取り組んだ作品ではないか。 ●ミッション・トゥ・マーズ もこの手の変形として不可思議な作品でした。 やはりキリスト教文化が生んだ映画だな、と思います。 宇宙人を敵にしなかったのは ●未知との遭遇 ですね。 ●E.T. になるともはやアイドルです。あとで ●マーズ・アタック に皮肉られていますね。 >30年代と60年代なんですか? 30年代はハリウッドがスタジオシステムを確立し プログラムピクチャーという方法論を編み出した頃です。 その、ハリウッド映画で育った世代がプログラムピクチャーに飽きてしまい 従来のルールをひっくり返した新しい方法論が 60年代のアメリカン・シネフィルやヌーベルバーグという訳です。 シネフィル後期の作家で、その後、映画界の中心を担っていくのが スティーブン・スピルバーグですね。 前出の「ロスト・イン・ハイウッド」では現在のハリウッド映画を スピルバーグ以前とキャメロン以降で評論していて興味深かったです。 さて、個人的に今後のエポックとして注目したいのが 先日朝日新聞で黒澤清が「マイノリティ・レポート」評で書いてあったような 最近のスピルバーグの訳のわからない部分。 そして「ダンサー・イン・ザ・ダーク」で日本でも有名になった(かな?) デンマークのラース・フォン・トリアーといったあたりの流れです。 トリアーが30年代ハリウッドのプログラムピクチャーを逆手に取ったのが ドグマ95というヤツです(下記URLを参照ください)。 一般受けしにくい映画ですが ●MIFUNE なんかは一見の価値ありではないか。 少なくとも、あの手持ちブレブレカメラは、流行ってませんか?
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「12人の優しい日本人」 コレは、『12人の怒れる男』のパロディーですよね。 ヘンリーフォンダ主演のアメリカ映画だたと思います。 個人的には『怒れる男』のファンだったので、ぱろでぃーのほうは興醒めしてしまいました、、、、 すいません、余計なことだったかもしれませんね
お礼
ありがとうございます。 「12人の怒れる男」は舞台からの映画化だったと記憶しています。ワンルーム劇とう発想はだからこそ出たんでしょうかね。「~日本人」も舞台だったのでしょうかね?「日本人」の方は実はあまり覚えていないのですが、ガンガン意見をぶつけあう元ネタに対して「いや、私は別に」みたいな譲り合う日本人というひねりのパロディだったでしょうか? あ、突如思い出しましたが、「家族ゲーム」ってのも僕は驚いたんですよね。台詞があんなに小さな「つぶやき」でもありなんだと。これは画期的だと。で、台詞がとても小さいのでマンションのドアの音が今度は「爆音」のように聞こえたり。まあ、それ以前の映画にもそんなつぶやきの台詞はあったのかもしれませんが、私はあれが初めてだったのであくまで個人的経験と言う事で。「前にもそんなのあったぞー」というのがあればまたぜひ教えてくださいね。
- chonpe
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えーと、私が思い浮かぶのは、「CUBE」と「12人の優しい日本人」です。 CUBEは、非常に低予算ながらそれを感じさせず、予算の低さを逆手に取ったような映画だと思いました。また、エンディングを迎えた後も、何かを考えさせるような余韻が残りました。 12人の~も、同じ感じですが、日本映画で陪審員を扱っているところと、 ほとんど場面が変わらないにもかかわらず、内容的には2転3転し、あきさせない展開です。 どちらも、「こういう映画の作り方もあるんだなー。」と感心させられました。 よかったら見てみてください。
お礼
ありがとうございます。 あー確かに「CUBE」は凄いですよね。一辺10mぐらいの立方体一個作っただけですもんね。その内側が映ってる背景の全て。究極ですよね。照明とか変えて別の部屋に見せている。映画は首ちょんぱとか出てきてとても怖かった。 「12人~」も確かに画期的です。僕は「12人の怒れる男」とビデオで続けて見て「味比べ」をした事があります。それで思い出しましたがヒッチコックの「ロープ」も一つの部屋でしかもカットなし。2時間の映画で映画の中の時間も2時間。見てる方はあたかも2時間カットなしに見える。実際にはカメラがパンした時に柱を横切ったりした時にカットして又柱から撮りだすというような事をしてたそうですね。
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お礼
有難うございます。 URLいろいろ見せていただきました。 柳下さんは凄いですね。 エスクァイアと書いてあったので本棚から昔エスクァイアの米映画の特集号を引っ張り出してきてみると柳下さんの文自分も読んでました。80年代までの映画史をスタジオシステム崩壊、ニューシネマ、インディーズ系出現とくくり、今どうなんだという対談でした。基本的に「アメリカ映画」なんてものはもうないという前提で、そんななかで悪しき流れとして「サンダンス的映画群」という言い方で批判してますね。どの映画もサンダンス的でこじんまりとしていると。HPでは「バッファロー66」や「マグノリア」などが例外として誉められている。 それから、ニューシネマの後80年代以降長らくスピルバーグ、キャメロン世界が続いていて何も変わってないとも。なるほどなあ。 「ロスト・イン・ハリウッド」も紹介されてました。面白そうですね。 宇宙人の話有難うございます。 柳下氏は「宇宙人はアカだった」と言ってますね。そーしてソ連もなくなり、いろいろ解明されて宇宙への恐怖も夢もなくなった。宇宙人なんて来っこないと。 「ソラリス」って昔見たんですがちょっと覚えてないんですよね。もう一度見てみようかな。自己の内面を反映するような幻想を生む湖という話だったと思いますがそれでどんなテーマなんでしたっけ?「2001年」は神のテーマは考えてみたらやはり人間の常識の範囲内で描かれる神だったなあと思います。難解とかいわれてたが、実はわかり安すぎ。神が進化を導くってそんな人間本位な宇宙っておかしいかも。天動説的な気がする。「エイリアン」の方がたまたまそこに文明があった的で自然。かな?。 プログラムピクチャーってなんかそれが当たり前のように認識してしまっているのでいまさらですが、それもやはり生み出されたものなのですね。それが30年代。日本の興行成績は1960年がピークだそうです。映画興行に下降はTVのせいだと聞いております。TVに対抗する意味でTVに真似の出来ない大作主義がとられた。画面もでかくなった。ニューシネマ、ヌーベルバーグはその大作主義に反する意味で出現したのでしょうか?。 「スピルバーグのわけのわからなさ」ってなんなんでしょう?スピルバーグにわけのわからなさがあるんですか?どの部分のことを言っているのだろう? ドグマも読ませていただきました。10カ条を課している。知りませんでした。 手持ちカメラというと僕は「仁義なき戦い」ですが、あれは「なんじゃこら?」という感じで面白くなかったなあ。最近見たのですが。既に後出の手持ちカメラの映像をたくさん見てたからでしょうか。方や、キューブリックがいかにぶれない映像を撮れるかとステディカムを開発してるのと、ぶれてる方が面白いという映画とがあるわけですね。 あ、全く脈略なく思い出しましたが「ストレンジャー・ザン・パラダイス」というのにも驚かされました。台詞は別に会話がキャッチボールされてなくてもいいんだ!というのに驚きました。誰かが何か言ってもしばらくだれも何も言わなかったり。でも日常会話って結構そうだよなあとか思いました。 こうしてみると「新しい技術」という正当派の「エポック」と「枠を壊す」という意味での「エポック」があるのだなあと思います。