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7月4日に生まれてについて

なぜこの映画が作品賞にノミネートしたのでしょうね。 最初と最後までの反戦を訴えかけるシーンはよかったのですが。 主人公がペニスペニスと狂ったようにしてさけんで娼婦とHしておまけにきたならしい言葉を浴びせたりちんぽ吸うとか? あのあたりのシーンは別にカットしてもよかったと思います。 なぜオリバーストーンはこのシーンまでいれようと思ったのでしょう? それから審査員もあんな汚らしい言葉を浴びせる映画はとてもじゃないけど芸術とは程遠いものだと思われませんか?それなのにノミネートしたというのにはちょっと納得がいきません。なぜ汚らしい言葉を使ったりする映画も候補にいれるんですか?ちょっと説明してもらいたいくらいです。前述したシーンさえなければ映画としては楽しめたしアメリカでも反戦運動があったんだなと勉強になりました。ですが子供にみせたいとは思いませんでした。

みんなの回答

noname#70703
noname#70703
回答No.5

補足 ペニスは医学用語なので、問題はありません。

noname#70703
noname#70703
回答No.4

>なぜこの映画が作品賞にノミネートしたのでしょうね。 正しい日本語は、「なぜこの映画が作品賞にノミネートされたのでしょうね」です。正しい日本語を使ってください。それと、これだけでは何の作品賞かわかりません。アカデミー賞ですか? >それから審査員もあんな汚らしい言葉を浴びせる映画はとてもじゃないけど芸術とは程遠いものだと思われませんか? アカデミー賞の作品賞のことだと仮定して言いますが、アカデミー賞に審査員はいません。カンヌ映画祭などとはシステムが違います。 それと、ここは審査員は読んでないので、この質問はここでしても無駄です。 >子供にみせたいとは思いませんでした。 あなたが親なら、子供に見せなければよいと思います。アメリカでも年齢制限のある映画だったと思いますよ。

noname#67493
質問者

補足

>アカデミー賞の作品賞のことだと仮定して言いますが、アカデミー賞に審査員はいません。カンヌ映画祭などとはシステムが違います。 >それと、ここは審査員は読んでないので、この質問はここでしても無駄です。 アカデミー作品賞は審査員なくしてどのように作品を選んでるのでしょう?

  • acchipoo
  • ベストアンサー率44% (175/394)
回答No.3

主人公が「ペニス!ペニス!」と叫ぶのは、厳格で名誉の負傷をした息子を誇りに思いながらも 本当の息子の苦しみを理解しない、受け入れてくれない親への当てつけだったように理解しました。 (主人公の親は品行方正な人たちだったので、そのような下品な言葉を極端に嫌っていた) 娼婦とHするシーンも、下半身まひで完全に性行為とはかけ離れてしまった主人公を 娼婦だけは受け入れてくれる重要なシーンだと思います。 言葉や行為そのものにいきなり嫌悪感を向けては、内容を理解しようという境地にまでなかなか至らないのでは? 芸術方面においてだけ性的な表現が美しくなければならない必要性はないと思うのですが・・??

  • alidon
  • ベストアンサー率26% (292/1091)
回答No.2

様々な社会の要因で感受性の鈍い、感情移入の出来ない、或いは自らを見つめて社会との接点を知り、思いやりと供に他者を労わる事が出来ない子供が多くなっているようですね。 そういう子供は既に大人の中にも多く存在しますし、既にこの流れは止めようも無いでしょう。 と言うことで言えば、仰るとおりに見てもその素晴らしさなんかは全く理解できない、したくないのが多くの人の感覚となって行くでしょうね。 自分の(乏しい)知識に基づく(絶対的な)判断を信じて受け容れる情報を選択してしまう今の若者には見せてはいけない映画かもしれません。 ただ、あの映画を評価したのは、未だ人が其処まで堕していない時代の人達ですから、 >ちょっと説明してもらいたいくらいです これは恐らく理解出来ないでしょうから説明などは出来ませんが、それでもキチンとした理由は有ります。

  • so-long07
  • ベストアンサー率68% (11/16)
回答No.1

お久しぶりです。 まずあなたの名前自体がわいせつなものなのに、 映画の過激な性表現について云々するのはおかしいのではありませんか? つぎに描写に共感できないからといってダメ映画と決め付けてしまうのではなく、 なぜそのような描写がされているのかを自問自答することが大切です。 安易に「どこが面白いの?」という質問を繰り返しても何も身につかないと思いますよ。 ですから「汚らしい言葉を浴びせる映画はとてもじゃないけど芸術とは程遠い」という価値観を疑わず、 それに固執するかぎりどんな映画を観てもおなじことです。 「子供にみせたい」映画にしか感動できないままでしょう。 つまり本当の意味での「勉強」にはならないということです。

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