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さっぱり分かりません

 ジョン・ディクスン・カーの「火刑法廷」(ハヤカワ文庫)を読んで首をかしげました。  エピローグにどんでん返しがあるらしいんですが、読んでみても何のことやらさっぱり分からないんですが……。  ここに出てくる「わたし」って誰のことなんでしょうか? まさか読者が自由に解釈する部分ではないですよね。  この小説、推理小説としてもオカルトとしても読めると思っていたところ、ある人から「これはオカルトではない!」と教えられてますます混乱しています。  われながら読解力のなさに呆れています。この小説の「本格ミステリとしての」仕掛について解説していただけると嬉しいです。

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noname#2287
noname#2287
回答No.1

>ここに出てくる「わたし」って誰のことなんでしょうか? ドンデン返しとはこの作品は違います。 ドンデン返しなら、「最後の私が犯人(不合理も)」でしょう。 >まさか読者が自由に解釈する部分ではないんですよね 【数式だって、活字だって、フィクションだろうが無かろうが、「読者が解釈(自由にしか出来ない。活字の読み違いとか、数学的に間違いという意味での誤解釈以外で)するのが活字(記号)では?」 前後の意味・文脈・繋がり含めて「すべてあなたの解釈しかない」勿論、他人にHELP参考は構わないが、それすらあなたの解釈の範疇を出るのは不可能では?」】 偉そうで「一旦謝罪、ゴメン」 ピンとこないのは、「読んだ年齢も関係あるかな?」 自分は中学生だった。 あと「J.D.カー」「カーター・ディクスン」ともに、翻訳の悪さは有名なので 「読んだ翻訳版が悪文(悪約といえばこれというくらい村○氏)のせいか? 「J.D.カー」は: ・推理小説の中で「密室」に執着、駄作含め「密室」モノ (代表作「三つの棺」の中の、密室講義は有名すぎる) ・不可能犯罪も当然多数、そして駄作、明白な失敗作も。 ・そして「火刑法廷」(原題もそうだが)は、【唯一(と思う。素人なので)曖昧な終わり方をしている特異な作品。特異とは「解決がダブルミーニング」になってる事】 ポジ・ネガほど「こっちの説取るとあっちはダメ」と厳密には「穴」があるでしょう。 「よく言われる彼の<怪奇趣味>が、結末でも合理的に終わらない特異な作品」だという事です。 読解力など不必要、「個人の趣味に合わないだけでしょう」 友人の「オカルトではない!」には賛成し兼ねる。 だって、解釈としては「合理的解決OR魔女」どちらかでしょう? 果たして、「どちらなんだ?」と余韻(不適切な形容)を『意図してあの結末にした』と自分は思ってます。 <怪奇趣味>には事欠かない彼の作品群で: 「どんなに<怪奇趣味>の味付け、小道具を散りばめた作品でも結局は、合理的な解決に、推理作家の面子を賭けて仕上げている。」 その<合理的解決>にこだわり過ぎてるからこそ「失敗作・駄作」も多数の作品には見受けられるのでは。 結論:「火刑法廷」は: <怪奇趣味・オカルト>趣味の作風も、ほぼ全作品が「合理的解決」で終わってる(その為に「陳腐なトリック」「そりゃないぜ」の結果になろうとも。) 「オカルト風味」はあっても「オカルト(≠合理的解決)的解決」=何でもあり」は、推理作家として律儀に守った。 その唯一の例外に「近い」のが「火刑法廷」。だからこの作品は彼の晩年の「歴史モノ」などの「他ジャンル」に入れるべきかも知れない。 なぜなら「下手な落ちを着けずに、<?>のまま終わるから」 作品の意図(私見です)の流れは(下手くそは勘弁を): <怪奇趣味>→<合理的解決>→<合理的解決が反転したオカルト風解釈の余地を示唆した最終章>→<結論は読者まかせ>→<オカルトが「惨めな合理的解決」に貶められずに「不合理も、もう1つの可能性」として有り得る>→<読者は(詳細の重箱の隅を突付かずに)不思議で奇妙な作品と記憶する> 以上です。あといえるのは「火刑法廷的ラスト」は、「この作品だけで、他の人がこの「ポジ・ネガ」的手法を真似してもこれを越えた作品は無いという事。 筒井氏とか意外(?)な人も「代表作はこれをあげてる」 そして、「火刑法廷」に満足しない人が「ユダの窓」など読むと「どう評価するのか?」は興味あります。 >「本格ミステリとしての」仕掛けについて… 他のミステリ専門家の回答・否定意見を参考にして下さい。 ただ、「個人的には1番好きな彼の作品」なので投稿しました。(仕掛けについての「些事」は「無粋」では?) 「本格」ではなく「変格ミステリ」と捉えてるので。 P.S.奥さんが「漏斗を見て怯える」これって怖いし、印象強烈! あと「よく分からない」のは置いといて「好きか嫌いか」その判断不可能なホド混乱してるのですか? ただ「読んで、面白いかどうか」だけで判断するスタンスが良いのでは? 読んで「助けを必要とするのは、数学とか以外で不必要と思う。ましてやミステリだから」 勝手な意見でした。 では~♪♪♪

oo-namakemono
質問者

お礼

ありがとうございました。

その他の回答 (1)

noname#6782
noname#6782
回答No.2

この質問を見てから、「火刑法廷」を読みました。 エピローグの「わたし」は、マリーだと思います。 仰るとおり、オカルトとしても、本格ミステリーとしても読めるということではないでしょうか。 本格ミステリーとしては、犯人は二人組で、二人のうちの一方だけが第三者に罪を着せようとして暴走したというところが特色だと思います。 「オカルトではない。」と言われたのは、オカルトとして解釈した場合の方が、つじつまが合わない部分が生じるということかもしれません。 (しかし、本格ミステリなら、エピローグは必要ない感じがしますから、僕はどちらかというと、オカルト作品だと思います。)

oo-namakemono
質問者

お礼

ありがとうございました。

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