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国際感覚のズレ

長年海外で働いています。 日本のバライテー番組を好きで見ます。 有名人たちが正解を出すと高級な食べ物を食べられる場面をよく出ます。 正しいこたえを出した人たちはおいしくたべます。 テレビでみているぼくにとってはそんなに感動することではありません。なぜこの場面は面白いのでしょうか?

みんなの回答

  • mapato
  • ベストアンサー率69% (493/705)
回答No.4

こんにちは。 考えてみると結構難しい問題かもしれませんね。 テレビ番組はその多くが「疑似体験」を楽しむものです。 実際にスポーツをするのでなくてもその観戦は十分楽しめますし、実際に食べることが出来なくても「世の中にはこんなおいしそうなものがあるのか、いつか食べてみたいな」と思うだけでも楽しいといったようなことがある訳です。 では「クイズに正解すると食べられる」というシステムの場合、何が面白いのでしょう。 確かに間違って食べられなければ「可哀想だな」ということにはなるかもしれませんが、過酷な罰ゲームなどが待っている訳でもないので「緊張感」のようなものは全然ありません。 例えばその出演者の熱烈なファンということでもあれば、かなり感情移入も出来るかもしれませんが、多くの人にとっては正直食べることが出来ようが出来まいが同じことでしょう。 しかしバラエティ番組としてはそこで「ひと盛り上がり」出来る訳で、ただ淡々とおいしいものを食べるというのよりはずっと「緩急」をつけることが出来ます。 そういうシステムを取り入れた当初は恐らく「(画面上は)いつでもおいしいものを食べられる芸能人がそれを阻まれる」ことに珍しさがあったのでしょうが、今ではそのようなことも別に珍しくない訳です。 ですがそれでも「ただすんなり食べる」ということに比べると、ずっと幅が出るので(軽くですが)視聴者への刺激にもなるということでしょう。 視聴者もそれにさほど感動を覚えたりすることはないのですが、「その程度の温度」が例えば家族団欒で見ていたり疲れて帰ってきて何となくテレビを見ているような時には逆に丁度良かったりするものです。 何も大きく感情を揺さぶられるようなものや緊張感を伴うものばかりが番組として必要な訳ではないでしょう。 のんびりぼんやり安心して見ていられるようなものも需要があるから流れている訳で、そういうものは決して海外にはないということもないと思うのですが如何でしょうか。

  • cyaboe
  • ベストアンサー率32% (550/1698)
回答No.3

普段食べられないものを食べられるかも、という状態で必死にがんばる出演者の姿と、食べられなくて悔しそうな出演者の姿を面白く見るのではないでしょうか? 食べられなかった人がかわいそうなので、私もそういう企画はあまり好きではありません。

  • Devil-Ear
  • ベストアンサー率21% (738/3448)
回答No.2

別に面白くないよ。

  • 71713
  • ベストアンサー率0% (0/0)
回答No.1

ん? ためしに質問を英語で書いてみて下さい。

anzen123
質問者

補足

Those so called talents have the privilege of tasting expensive steaks,etc, etc provided that they can give the correct answers. Some those who gave the right answer eat the food saying :"It tastes delicious." Watching this, I have no pleasure watching those people having the pleasure of eating. Does this make it to clear to you ?

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