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やはり社会では会社に所属していることが重要なのでしょうか?
やはり社会では会社に所属していることが重要なのでしょうか? 今、僕の中でこの価値観がものすごく揺れています。 日本の社会の構造がいくら変わったといっても、やはり会社に所属している方が条件がよいでしょう。それは、社会の目、生涯の給料、会社ブランドとしての特権。さまざまあるでしょう。それは、十分わかっているつもりです。 でも、それでも何かちょっと引っかかってしまうんです。 僕は香港で映画関係の雑用でもいいと思っています(できるかどうかは別として!)。それでなくても、どんな仕事でもゆっくりとした仕事でも心の充実度を優先してやりたいな。と思っています。が、一方、やっぱりちゃんとした会社に勤めてきちんとした給料をもらい社会に認められるようにもなりたいな。などとも思ってしまいます。アンビバレントなんです。 海外にはサラリーマンという言葉は無いと聞きます。 誰か、何かアドバイスあったらお願いします。
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- nama777
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#4さんが正しいと思います。 >自分の心のゆとり優先での「決定」v.s.社会の価値観優先での「決定」 >ということです。この二つの感覚の間で揺れ動いてしまうのです。 その両方とも欲しいという所が 「甘い甘い」 という意味ではありませんか。 (1)自分の心のゆとりと (2)社会的価値観・ステイタス。 別にどちらが正解ということはなく、皆それぞれ自分の性にあった方を選んで生きているわけだけれど、どちらを選ぶにせよ、一方を取ったらもう一方は捨てるのです。 その両方とも手に入れているお大臣など、この世に1人としておりません。ウォンカーウァイやジャッキーチェンだって同じ。世間体のよいステイタスの影には、ずっしりとした社会的責任が不可分についてくるからです。 香港で映画業界に関わりたい? 大いによし。でもそうやって自由人として生きたなら、その代償としてローンが組めなかったり、マンションが借りれなかったりしても、受け入れるべきです。自分の選んだ人生には責任もたなきゃ。 どちらを求めて生きるも全く貴方の自由だけど、両方欲しいは虫が良すぎる、甘えた望みです。
- takao
- ベストアンサー率20% (34/170)
既に皆さんが書いていらっしゃいますが、 仕事をする、例えば映画を作るのもそうです、と言うことはお金を使う、ということです。 営業も開発も全てはお金を使うことから始まります。 企業なり国家なりに所属する、というのはこの最初に使えるお金(資本)がある程度準備しやすい、 あるいは幾らかは準備されている、と言うこととほぼ同じことです。 もちろん、さあ遣ってください、と誰もお金はくれません。 予算のぶんどり合戦があるわけです。 皆、仕事をする為のお金が欲しいのです。 何かの企画を実行するも商品開発するもすぐに億の単位の資金が必要です。 どこにも所属しない、と言うことはその資金獲得から始めなくてはなりません。 お金を集めるのが目的なら良いと思いますが、何かを為す為の資本集めから裸一貫でやるのは かなり遠回りの感がしませんか? 会社に所属して「給料をもらう」という発想は良くないです。 やはり、会社のお金を運用してやって儲かった分から報酬を貰うんだ、くらいで考えないと。 当然、運用に失敗した場合はペナルティーがあるでしょう。 しかし、個人で何からなにまで一人でやろうという根性があるのなら それくらい問題にならないと思います。 なにか仕事がしたい、と言うのならどこかに所属したほうがやりやすい、という側面も忘れないでください。
- mayuusa
- ベストアンサー率18% (108/579)
悪いけど、相談として随分ピンぼけしてるな、と思います。 >会社に所属している方が条件がよいでしょう。 何の、条件でしょうか。お見合いとかですか?? 会社に所属していることがネックになることだって色々あります。目的によります。 >社会の目 たしかに無職のひとよりは、ローンも組めるだろうし、そういう意味では信頼もあるかも知れません。しかし有職なら何も会社員が優遇されるわけはないでしょう。 >生涯の給料 甘い甘い。終身雇用の夢を見すぎでは?入っただけでは、生涯の給料の計算は成り立ちません。 >会社ブランドとしての特権。 そんな、他人が聞いただけでブランド名に思えるような企業名なんてそうざらにあるもんじゃありません。甘すぎ。。。。もしかして大企業社長の御曹司さんなのでしょうか?話が見えません。 >心の充実度を優先してやりたいな。と思っています。が、一方、やっぱりちゃんとした会社に勤めて 意味不明です。「ちゃんとした会社」に努めて心が充実しているひともいます。別問題でしょう。 ただ、香港に行かなければ心が充実しそうにない予感がするのであれば、“会社員"になるならない、周りがどう思うとかの問題ではなくて、とりあえず行って見たら?と思います。生活できるのであれば。
お礼
せっかく回答いただいたのですが、とりあえずひとつだけ反論しておきたいと思います。 >どんな仕事でもゆっくりとした仕事でも心の充実度を優先してやりたいな。と思っています。が、一方、やっぱりちゃんとした会社に勤めてきちんとした給料をもらい社会に認められるようにもなりたいな。などとも思ってしまいます。アンビバレントなんです。 自分の心のゆとり優先での「決定」v.s.社会の価値観優先での「決定」 ということです。この二つの感覚の間で揺れ動いてしまうのです。 社会の価値観優先の場合、その仕事内容は予想もつきませんが、自分の心のゆとり優先の決定では、ある程度余裕を持って(小さいけれでも)仕事ができると思ったからです。社会の価値観優先での決定で、結果として心の充実を得られる人もいるでしょう。 香港には今までに数度訪れました。 合計2週間半ほどの短い滞在でしたが、そこで生活するさまざまな同年代や、ちょっと先輩の人を見るととても憧れてしまいます。(成功する)確率論でできるだけ見ないでくださいね。僕もそういう視点はできるだけ排除するように心がけています。最低の職として、日本と同じように派遣スタッフの制度が充実しているらしいです。 また、香港の人々のビジネス感というのも日本人と違って、転職がいいこととされているらしいです(「香港魂」参考)。どうして給料の高い仕事を断る?という、思考回路らしいです。そういう考え方も魅力に感じます。 誰かに、冷や水を指される前に前もって言っておきますが、多分僕の香港像は幻想にちょっぴり傾いてますね^^;でも、その幻想・夢の世界で一生懸命生きている人もいると思うと体がうずいてしまうのです。。。
- koyuki2001
- ベストアンサー率15% (18/118)
自分の力で食べていける見通しが立っていて 今、ではなく、将来の自分の姿がきちんと描けているならば、 就業形態は、会社員(あるいはどこかの組織の一員)でなくても いいと思います。
お礼
返答ありがとうございます。 やれるだけがんばる気概だけはあるのです。 koyuki2001さんは女性の方ですか?女性の方もそのように思っていらっしゃるのなら、あながち裸一貫の行き方も捨てたもんじゃないかもしれませんね。 (でも、昔の人ってみんなこんなタイプだったんでしょうねー。サラリーマンが生まれる前って。)
はじめまして。 私は、人材紹介会社で多くの方の転職のお手伝い・企業の採用のお手伝いをしているものです。 現代では「終身雇用」という概念は完全に崩壊しています。どんなに大きな(有名な)企業であっても、いつ倒産するかわからないです。 仕事をすると言うより生きていくにあたり重要なのことは、「会社(組織)に依存する」のではなく「自力に依存する」ことです。 「会社に所属しているから安泰」ではなく、「自分は○○で稼いでいけるから安泰」というようにならなくてはいけません。 私は「営業」という職種に関して、自分に自信を持っています。例えフリーランスになっても、食べていける自信があります。 今の会社に所属しているのは、「オモシロイ仕事ができる」というのが理由です。社会に貢献出来る仕事ですし。 大事なことは、自分の軸足をしっかりと定めることです。 私の場合は、「営業職」に軸足をおろして生きていきます。つまり、私は「○○会社の人」ではなく「営業の人」なのです。その結果として、今の会社に所属しているだけです。 映画業界で生きていきたいのであれば、あなたも「映画業界の人」になるための自力をつけることが重要です。 心の充実度を優先させるのと会社に所属するのは、比較の対象が違います。逆に言うと、会社に所属していても心の充実度は維持できます。実際に私は出来ていますので。 きれい事を言っても、会社に所属していても、「自力」が無いと生きていけません。 しっかりと「自力」つけてください。
お礼
返答ありがとうございます。 「自力」ですね。しっかりと見定め、精進していきたいと思います。 返答ありがとうございました!
逆から聞きますが、会社に所属しないと意味ではどのようなことを考えていますか、香港で映画関係の雑用と書いてありますがこれは最初は雑用をして将来は映画監督が俳優になりたいとの意味ですね 私は昔も今も会社に所属しなくても「社会の目、生涯の給料、会社ブランド」が劣っている思いませんその様な人は沢山いると思います、自分で技術や技能を身につけている人(大工・理容師・その他多数) 仕事と言うのはなかなか自分の思い通りにならないものです、たまに充実度をあじわえる時はありますが普通は苦労することが多く思ったほどの充実度はあじわえないものです 私は会社に15年ほど勤めていた間、資格取得や実務経験をつんである程度自信がついたので独立しました、こんどは会社がお客さんになるので厳しいですか勤めていたときよりもよかったと思っています
お礼
早速の返答ありがとうございます。 将来、映画監督のようになれたらいいなと考えております。ですが、現在の心理状況から少し肩の力を抜いて好きなことをやりたいとも考えています。映画監督といっても従来型の大型の人間いわゆる映画監督を考えているわけではありません。もう少し素朴な感じでもいいんです。 こういう考えは、否定されるかもしれませんが、僕は環境によって人は鍛えられていくと思います。 意思より環境だと思うのです。 だから、自分の好きな分野に身を置けば心身ともに健常になり、能力が十分発揮できるのかなと。でも、甘いのは十分承知です…。 でも、納得できないのはそんなに肩肘張ってやる必要もないのかなぁ。と、感じてしまうことです。多分、意識的にそういうことをしなくても状況が人をがんばらせると思うのです…うむぅ…。 まだ学生生活の残りもありますのでじっくり考えて行きたいです。
お礼
はい。十分承知しております。 先ほどの質問、徹夜明けであったため少々わがままな意見になってしまって、不快にさせてごめんなさい。 そういう面も想定した上で、いろいろ考えていきたいと思います。 でも、プリミティブな欲求かもしれませんが裸一貫に対するあこがれってのも否定できないですね^^;
補足
なんだかtakaoさんの文章、はっきりしていて力強いですね。なんだか読んだり眺めたりしていると、ポジティブな気持ちになってきます。 そうですね。どこにも所属しない。ということは、政治では無所属でがんばるのと同じようなものですかね。自民党に入れば、さまざまなしがらみはあるものの、ある程度の資金と人脈などが保証される。そして、それが自分の求めるもの(基本的に善政です。たぶん)に一番近道ということですね。何だかんだ言っても力というのは重要でしょうから。 適切なアドヴァイスありがとうございました。