- ベストアンサー
アメリカ(欧米?)の商品はギャグ性があるように思う
もちろんそういう商品だけでないわけですけど、ギャグ性という物を特異にしている気がします。私はちょっとボウリングやってます。ボールに漫画とかファニーなもの書いたりするのってアメリカなんです。他の例はあまり知らないのですが。 何でアメリカ人はギャグ性を商品化してしまい、日本人はだめなのでしょうか。
- みんなの回答 (1)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
実際にあった話です。 ある日本の雑貨屋さんがおもちゃやパーティグッズなんかを置いてあるコーナーにライターを置いて「面白い色の炎が出るライターです。試してみてね」とPOPを置きました。実はそのライターは点火スイッチを入れるとビリッとくるいたずら商品なのですが、ある日、お客さんが真剣な顔をして店員にそのライターを突きつけて「あそこに面白い色の炎が出るって書いてある。出せ」と迫ったそうです。これがちょっとしたいたずらであると説明したら「お前の店は客にウソをつくのか。ここの店の商品は全部ウソなのか」と烈火のごとく怒り出し、とうとうそのPOPはもちろんそのいたずらライターそのものが片付ける羽目になったそうです。 日本人というの非常に真面目な民族なので、ジョークが嫌いなんです。例えば、会議をしていて非常に会議が煮詰まるときがありますね。こんなときにジョークを言うと相手が外国人ならウケるのですが、日本人相手にこれをやると「大事な会議中にふざけるな!」と怒り出す人が必ずいるんです。 ちなみにこれも本当の話。イタリアで卵を買ったら、中でいくつか割れていたそうです。怒って店のおじさんにクレームをつけたら、おじさん少しも動ぜずにっこり笑って「良かったじゃないか、あなたの代わりに神様が卵を割っておいてくれたんだよ」と言ったそうです。これを「いやあ、おじさんに一本取られたなあ」と笑えるかどうかですね。たぶん、日本人の90%以上がマジギレすると思いますが。
お礼
お挙げになられた例は、あまり日本ではポピュラリティーを獲得できそうにないですね。ライターにしろ卵にしろ。なんというか、売る側が商品の誇大表示をするというか、消費者がわが一杯食わされると言うか、そういう文脈ではまったく通じないかもしれません。 しかし、会議の例ははなはだ疑問です。なぜそんなに受けないのだろうかと?果たして欧米人に受けて日本人に受けない理由は何かと言うと、おっしゃるとおり「今はギャグっている状況ではない」という強い背景に縛られているからでしょうが、しかし、その拘束力を解き放つような強力なギャグ性を持ってすれば、いかなる石頭でも抱腹絶倒の荒らしに突き落とす事が可能なのか?と思ってしまいます。しかし、笑いと言うものは、「今笑うべきか否か」という強固な文脈抜きには成立し得ないものなのか、あるいはそれは人によって違い、ある人は絶対笑ってはいけない場で笑いある人は笑ってはいけない場所ではどんなに傑作なギャグにもまったく精神の動揺を見せず、笑うべき場所ではどんなに低級拙劣なギャグでも心からおかしいと思って笑えるのか?その辺のメカニズムが常に疑問ですね。