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神奈川県逗子市の行政について
過去に逗子市が国と対立して行政上の混乱と停滞を招いた、という事実はあるのでしょうか。またあるとしたら、いつ、どのような問題をめぐって対立し、その結果どうなったのでしょうか。 現在卒論で別の県の行政を扱っておりますが、その参考資料の中に国家と県との間の摩擦はなるべく少ない方がいい、という文脈の中で「神奈川の逗子市がいい例だ。」という一文があり、その説明が載っていませんでした。 本論とは直接関係ありませんが、すごく気になりました。ヨロシクお願いします。
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touchさんがおっしゃっているように、池子の話ですね。 在日米軍の弾薬庫跡に、米軍関係者の住宅を建てる方針を米軍が提示して、あとは反対市民運動と国との揉め事が始まるのですが、話をややこしくするのは、その当時の神奈川県知事が革新系であったこと、市長選挙で勝利した建設運動反対派の市長が圧力を受け、意見を後退させたり、議会を解散したりなどと混乱をしたこと。 最終的には、知事が国と市の間の調停に乗り出したことでしょうか。 ちなみに、住宅は建ちました。 たしかに、国の利益と市の利益の対立を考えるうえでは、地元の方には大変失礼ですが、貴重な例だと思います。 参考までに、この問題を調査研究された方のページをあげておきます。なお、思想的なものがあるのかは私には分かりません。
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- touch
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それは、池子(字があっているかどうか不明)にアメリカ人住宅の建設をめぐっての一連の事件についてではないでしょうか。 あのとき、逗子市長選挙など住宅建設推進派と反対派の両者に分かれて激しい争いを演じていました。 それと、アメリカ人住宅建設のには、確か、日米安保などの問題が背後に隠れていたような気がします。 そうしたことであれば、沖縄の基地移転問題の一連の騒ぎも国と地方との対立による行政上の混乱と停滞を招いたものと言えるかもしれませんね。
お礼
思ったよりも早く返答がきたのでうれしいです。そんなことがあったんですか。ありがとうございます。
お礼
詳しい説明、ありがとうございます。やっぱり最終的には建設という形になったんですね。これですっきりと卒論がかけます。