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中国の「宴に関する逸話」
近日開く社内の慰労会にて,中国の逸話に絡めた挨拶を考えねばならないことになりました。(会場が中華料理店であることから) 例えば ・武将が宴を開き,功労のあった部下をねぎらった ・仲間同士で宴を張り,将来の成功を誓い合った (三国志の「桃園結義」もこれに相当する?) というような逸話をダシに,自社での最近の功労・未来の成功を語ろう,というわけです。 中国史・漢詩などに詳しい方,さわりだけでも結構ですので(出典もわかる限り)知恵をお貸し願えたらと思います。 よろしくお願いいたします。
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漢の高祖が天下を取ったときの酒宴で韓信が『多々益々弁ず』とやった話はいかがでしょう。史記に出ています。 その宴会で武将の品定めの話になり、韓信があの男は百人の長、この男は千人の長と韓信が評価を始めたので、高祖は『じゃあお前は何人の長になれるのだ?』と尋ねたところ。『多々益々弁ず(多いほどけっこう)』と答えたので高祖がちょっと鼻白み、『じゃあ俺はどうなのだ?』と尋ねたところ、『陛下は一人の兵も使うことができません』と答えたのです。これには高祖もカッとなり、 『そんな凄い大将が一人の兵も使えない俺の家来というのはちょっとおかしいじゃないのか?』と叱責とも質問ともつかぬ発言をしました。これに韓信はこう答えたというのです。 『陛下は将の将たる器なのです。』と答えたということです。 凄いゴマスリですよね(^_-) でも韓信はこの後、謀反の嫌疑をかけられ、斬首されてしまいます。そのときに叫んだ悲痛な言葉が『狡兎死して走狗煮らる』という有名なものでした。もう多々益々弁の大将は泰平の世では必要がなくなり、煮て食われてしまうのだという叫びです。