最初に結論だけ言えば、
「所持」と「間違って使う」のは犯罪になりません。
これだけで回答としては充分だと思いますが、
後学のためになぜ犯罪にならないか、
また「所持」と「間違って使った」場合以外はどうなのかについて
詳しく書いておきます。
読まなくても問題ありませんよ。
なお、元の質問(所持と間違って使ってしまった場合)に対する
直接の回答となる部分には下線を引いておきます。
まず刑法にあるのが以下の条文です
(未遂と予備は省略しました)。
(通貨偽造及び行使等)
148条 行使の目的で、
通用する貨幣、紙幣又は銀行券を偽造し、
又は変造した者は、無期又は三年以上の懲役に処する。
2 偽造又は変造の貨幣、紙幣又は銀行券を
行使し、
又は
行使の目的で
人に交付し、若しくは輸入した者も、
前項と同様とする。
日本国の通貨については、
本条1項により、「行使の目的」を以ってする偽造・変造を
同2項により、行使それ自体および「行使の目的」を以ってする
交付・輸入を処罰します。
「行使の目的」とは
「真正な通貨として流通に置く意図」
を言います(自らだけでなく他人を利用する場合も含みます)。
また「偽造」とは、
「一般人をして真正な通貨と誤認せしめる外観の物を作り出す」
こと。
「変造」とは、真正な通貨を加工して名価の異なる通貨にすることですが、
区別の実益は余りないのでここでは無視していいです。
真正な通貨を加工しても全く違う通貨にしてしまえば
偽造になりますが、ますます変造と区別が付かないと思います。
実用上関係ないので気にしなくていいです。
「行使」とは
「真正な通貨として流通に置くこと」
を言います。
(外国通貨偽造及び行使等)
149条 行使の目的で、
日本国内に流通している外国の貨幣、
紙幣又は銀行券を偽造し、又は変造した者は、
二年以上の有期懲役に処する。
2 偽造又は変造の外国の貨幣、紙幣又は銀行券を
行使し、
又は
行使の目的で
人に交付し、若しくは輸入した者も、
前項と同様とする。
外国の「通貨」の場合は、
まず日本国内に「流通」している必要があります。
これは事実上で足ります。
日本国内においても
時と場合によっては米ドルなどを使う取引もあり得ます。
強制通用力が無いことは「通貨」でないことを意味しません。
この場合も、通貨偽造と全く同じです。
なお、両替も行使に当ります。
(偽造通貨等収得)
150条 行使の目的で、
偽造又は変造の貨幣、紙幣又は銀行券を収得した者は、
三年以下の懲役に処する。
これは、「収得」を処罰しますが、
この場合に収得する偽貨は
148条149条に違反して偽造されたものである必要はありません。
つまり、偽造行為自体が
例えば教材用として作っただけで「行使の目的」を欠くために
148条149条の罪が成立しないとしても
その結果出来上った偽貨を「行使の目的」で収得すれば
本条違反となります。
本条の通貨は、
国内で流通していれば「外国の通貨も含む」(前田雅英「刑法各論講義[第2版]P.402)
ものです。
#そんなわけで外国の通貨でも流通していることはあるし、
流通している限りは、通貨でないというのは間違いです。
(収得後知情行使等)
152条 貨幣、紙幣又は銀行券を収得した後に、
それが偽造又は変造のものであることを知って、
これを行使し、
又は
行使の目的で
人に交付した者は、その額面価格の三倍以下の罰金又は科料に処する。
ただし、二千円以下にすることはできない。
これはたまたま自分の手に入れた通貨が偽貨だった場合に、
後で気付いても警察に届けたりせず
そのまま知らん振りをして使ってしまったり
使わせることを意図して他人に譲ったりすることを
禁止するもの。
ということで、
手品用の貨幣を「所持」していることは、
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そもそも偽造通貨の「所持」が違法でない以上
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犯罪となりません。
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違法なのは、
1.「行使目的の」偽造、変造、交付、輸入および収得、
2.「行使そのもの」
だけです。
そして、「間違って買い物した」というのは、
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行使について過失犯を処罰しない
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(目的犯については過失というのはそもそもあり得ない)
以上、犯罪となりません。
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更に、手品用の貨幣を造ることも「行使の目的」を欠くので
通貨偽造罪にはなりません。
手品用の貨幣を手品用として売るのも「交付」に当りますが
「行使の目的」を欠くので偽造通貨交付罪になりません。
これは日本の通貨でも外国通貨でも全く同じです。
なお、「一目で偽物と判る」ような代物は
そもそも「偽造・変造」に当りません。
次に、刑法以外の罪を考えると
通貨及証券模造取締法
1条 貨幣、政府発行紙幣、銀行紙幣、兌換銀行券、国債証券及地方債証券ニ
紛ハシキ外観ヲ有スルモノヲ製造シ又ハ販売スルコトヲ得ス
というのがあります。
これは「紛らわしい」外観つまり
「一般人が見れば真正な通貨でないことが判る」
場合(*)の話です。
これは目的を問わず「製造または販売」を禁止しているので
手品用であっても製造販売すれば違反する可能性はあります。
なお、前に違法性阻却事由に該当するかと書いたのですが、
手品用として、
本物の1万円札に似た外観で1.5倍の大きさの100万円札を作成した行為が
同条違反で摘発されたことがあるようです。
ただしこれは「通貨偽造罪」ではありません。
なお、所持は違反ではありませんし
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行使(実際にはまずできないですが)も
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交付(子供なら騙せる?)も違反ではありません。
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(*)「紛らわしい」というのが「偽造も含むのか」は問題ではあります。
と言うのは、紛らわしい物の製造販売が目的に関係なく犯罪になるのに
紛らわしいどころか本物と見間違う場合が
目的によっては犯罪とならないのは
明らかに均衡を失するからです。
含むとすれば、刑法各条と本条の関係を如何に解するかが問題となりますが、
とりあえず、ただでさえ長い話がますます長くなりすぎるので割愛します。
更に、
外国ニ於テ流通スル貨幣紙幣銀行券証券偽造変造及模造ニ関スル法律
1条 流通セシムルノ目的ヲ以テ
外国ニ於テ
ノミ
流通スル金銀貨、紙幣、銀行券、帝国官府発行ノ証券ヲ
偽造シ又ハ変造シタル者ハ
重懲役又ハ軽懲役ニ処ス
2 金銀貨以外ノ硬貨ヲ偽造シ又ハ変造シタル者ハ
軽懲役又ハ二年以上五年以下ノ重禁錮ニ処ス
2条 流通セシムルノ目的ヲ以テ
偽造又ハ変造ニ係ル
前条ニ記載シタル物ヲ
帝国若ハ外国ニ輸入シタル者ハ前条ノ例ニ同シ
3条 情ヲ知テ偽造又ハ変造ニ係ル
第一条ニ記載シタル物ヲ
行使シ若ハ
流通セシムルノ目的ヲ以テ
授受シタル者ハ
軽懲役又ハ六月以上五年以下ノ重禁錮ニ処ス
2 収得シタル後
其ノ偽造又ハ変造ナルコトヲ知テ
行使シ若ハ
流通セシムルノ目的ヲ以テ
授付シタル者ハ
其ノ名価三倍以下ノ罰金ニ処ス但シ二円以下ニ降スコトヲ得ス
5条 販売スルノ目的ヲ以テ
第一条ニ記載シタル物ニ
紛ハシキ外観ヲ有スル物ヲ
製造シ又ハ帝国若ハ外国ニ輸入シタル者ハ
二年以下ノ重禁錮又ハ二百円以下ノ罰金ニ処ス
2 前項ニ記載シタル物ヲ販売シタル者ハ前項ノ例ニ同シ
まず、本法の適用があるのは、
外国において「のみ」流通する貨幣等の場合です。
日本においても流通していれば、刑法各条が適用になります。
本法の禁止する行為は、
1.「流通の目的」を以ってする偽造、変造、輸入、授受(=交付と収得)
および授付(=交付)
2.行使、
3.「販売目的」での紛らわしい物の製造および輸入、
4.販売
です。
所持は違反ではありません。
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行使は違反ですが過失は不処罰です。
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手品用は「流通の目的」を欠きます。
ただ、手品用に販売する目的での模造品の製造は問題があります。
ただしこれも「通貨偽造罪」ではありません。
貨幣損傷等取締法
1 貨幣は、これを損傷し又は鋳つぶしてはならない。
2 貨幣は、これを損傷し又は鋳つぶす目的で集めてはならない。
真正な貨幣を加工することは通常は損傷が避けられないので
手品用に改造するのはほぼ確実に本法1項に違反します。
ただしこれも「通貨偽造罪」ではありません。
ということで、
どれを見ても「所持」を違反とはしていません。
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また「過失による行使」も違反とはしていません。
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なお、
偽造、変造、模造、交付などについては、
「行使の目的」が無い以上刑法犯とはなりませんが、
場合によっては他の法令に触れる可能性はあります。
#本来ならば犯罪だと主張する方が条文と根拠を示すべきではあります。
お礼
親切丁寧にありがとうございました。 とても参考になりました。