スクエアにボールを回してるパスなんかすばらしくも何ともないので、「パスをあわせる」というのは、スペースへのパスについてのことと解釈して回答します。
スペースにボールを出してそこに走りこんだ選手にパスが通る、サッカーの素晴らしい瞬間のひとつですが、基本的にどちらかが合わせるという表現は正しくないと思います。
例えばディフェンスラインのウラへのスルーパスにしても、受け手の走り出しを見てから出していたのではオフサイドになるし、送り手がボールが出るのを確認してからスペースに走りこんだのでは、折角のスペースも有効に使えません。
基本的には、受け手と送り手が同時に同じスペースに対して、同じパタンの利用法を頭に思い描いているか?ということだと思います。サッカージャーナリストの湯浅ケンジ氏はこれを「イメージシンクロ」と言っています。これを僕らのトーシロレベルにブレイクダウンすると、FWがラインのウラのスペースが空いていると思ったら、「俺はこのスペースで仕事をしたい」とボールホルダーに目で合図します。いわゆる「アイコンタクト」ってやつですね(古っ)。ムリヤリイメージシンクロさせるわけです。実際のプロのアイコンタクトはもっと前段階に終了しています(送り手がボールをもつ前とか・・・)。ヒデがボールを受ける前のクビを左右に振っているのは敵のディフェンス・攻撃の為のスペース・そこに走りこむ選手を見ている。で、ボールをもった時にパスを出すと、見ているスペースそのものが違っていたり、ダイレクトで打つのか一旦タメるのか、そういったところでパルマのヒデは周りとのイメージがシンクロしていない。Jの平塚にいた時は、周りのレベルが低く、ヒデのイメージレベル(高)に合わなかった。だからイタリアへ行った。
話はそれましたが、合わせるというよりは両者の頭の中に同じビデオが写っていて、そのマネを両者がする、という感じでしょうか。
とは言いながら、最終的にボールを動かす主体性はボールホルダーである送り手にあるので、送り手が合わせるというのも正しいのかもしれません(どっちやねん!)。というのは、センタリング・クロスの場合、中を見て、人に合わせて蹴ることが多いからです。
ヒデが「何で俺のパスに合わせないんだ!!」という表情を浮かべるのは、自分の攻撃イメージがベストの選択だと信じて疑わないからでしょう(プロ、しかもセリエAの選手なら当然!)。私ならパスが通らなかったら「ごめーん、そっちだったのか?」とか言って謝ってる。自分のプレーに自信ないし(弱)。
お礼
下記の皆さんもありがとうございます。 やはり両方が共通のビジョンのもとで「両方が相手のことを考えてあわせる」ことで素晴らしいプレーが生まれるんですね。あとは出し手のパスの精度ですか。 昼休みのサッカーだけではなかなか意識的には実感できませんでしたね(無意識にはやってたかもしれないけど)。