※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:楽曲「うっせえわ」に見る日本人の不寛容さ。)
楽曲「うっせえわ」に見る日本人の不寛容さ
このQ&Aのポイント
adoさんのデビュー曲「うっせえわ」は、コロナ禍の鬱屈とした世の中に風穴を開けるセンセーショナルな歌詞で一気に話題となった。
「うっせえわ」の歌詞は社会への不満や憎悪を具体化したものであり、日本人の不寛容さが浮き彫りになっている。
現在の日本では賛成派と反対派で分断が起きることがあり、異なる意見を持つ人を排除する傾向がある。建設的な議論ができるようにするためには、相手の意見を尊重し、寛容な態度で接することが必要である。
今回も長文になります。誠に恐縮ですがご一読いただければ幸いです。
2020年10月に発表されたadoさんのデビュー曲「うっせえわ」。そのセンセーショナルな歌詞がコロナ禍の鬱屈とした世の中に風穴を開け、一気に話題となりましたが、この曲が話題になっていた当時の私としては、正直なところこの曲に嫌悪感を抱いていました。「うっせえわ」の歌詞のところどころに、私がコンプレックスに感じているところを痛烈に批判するような表現があるからです。その例として、以下のようなものが挙げられます。
・「一切合切凡庸なあなたじゃわからないかもね」
→この歌を理解できない奴、つまり若者の考えを理解できない奴は皆「老害」だとみなされる
・「頭の出来が違うので問題はナシ」
→Fラン大学を出てる人間に物申されたくない、つまりFラン大卒の人間にこれっぽっちも価値はない
・「くせぇ口塞げや限界です」
→どんなに舌磨きをしても口臭が抑えられないのに、「口臭のある奴なんか生きる価値なんて無ぇんだよ!!!」と言われた気分になる
・「丸々と肉付いたその顔面にバツ」
→「メタボ体型のキモいおっさんにも生きる価値なんて無ぇからさっさと死ねよ!!!」と言われた気分になる(今のZ世代の感覚としては、30代前半でもおっさん扱いされる)、だからと言って運動をしても全然お腹がへこまない
今はさほど気にしなくはなりましたが、私がこの「うっせえわ」の歌詞を考察してみて思ったことは、「社会に対する不満や憎悪を具体化した」という点であると私は考えます。時には理不尽とも言える世の中の動きや世論に過激な言葉で抗う、という姿勢が感じ取れますが、私としては「日本という国も不寛容になってしまったなぁ…」と思うのです。
現在の日本にはマイナンバーやインボイスなど、賛否両論分かれる問題が山積しており、賛成派と反対派で国民が分断される、ということもしばしば起こっています。こうした国民の分断が起こる根底には「うっせえわ」の歌詞に見られる
「あんなのに賛成(反対)してる奴は頭がおかしい」
というような、「自分の持つ意見とは異なる意見を持つ人は徹底的に排除する」という考えがあるのではないか、と思うのです。皆さんはどうすれば賛成派、反対派で差別することなく、建設的な議論ができるようになると考えますか?
お礼
回答ありがとうございます。 >自分の不満を汚い言葉や単語を並べて、主張することを 自己主張の表現であるのが何が悪い?と歌っているのですが、実に下品で思い上がった表現だと思います。 まさにあなたのおっしゃる通りだと思います。世の中の動き、特に政治に関して口汚い言葉で批判を繰り広げる方が最近になってどんどん増えているように感じます。 言いたいことは決して理解できないわけではないのですが、私としては 「もう少し言い方を考えましょうよ…」 と思うのです。「精神的に弱すぎるアンタが異常なんだよ!!」と言われそうですが…