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子猫を見殺しにしてしまった…取り返しのつかないミスとは
- 私は子猫を見殺しにしてしまいました。車にひかれ、悲惨な状態で息を引き取った子猫の運命に大きな後悔と罪悪感があります。
- 子猫を救うべき選択を間違え、結果、子猫の命を奪ってしまった私。この取り返しのつかないミスが私の心に深い傷を残しています。
- 子猫が車にひかれてしまった瞬間、私は大声で叫びました。しかし、予防すべきだった行動を取れなかった自分に対する悔やみは消えません。
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辛いでしょうね。私も、似たような経験があります。出張先から、急いで帰らなければならなかった時です。道端に羽が折れた1羽のハトと目が合ってしまいました。手を差し伸べると逃げようとせず、私の手にうなだれてきます。近くにあった交番に行ったら、迷惑そうでした。動物保護団体にその交番から電話して事情を話すと、保護鳥しか扱わないとそっけない対応。これから電車に乗るので持って帰れないし、鳥かごもない状態でした。泣く泣く、交番そばの野原に話しました。おそらく、命はなかったと思います。30年前の話です。思い出すたびに、やるせない気持ちです。 だから、動物をよりも慈しもうと心に誓っています。あなたも過去を悲しむより、あなたとこれから関わるかかもしれない動物たちを慈しんでください。こうした回答を書けて、ありがとうとあなたに申し上げたいです。
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あなたは立派です。救えなかったけど、人にしかできない事を誰しもよりも早く立派にやってのけたと思います。
- sp550uz
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私は無宗派ですが、手塚治虫氏の「ブッダ」等々を読んでおり、個人的に『生まれ変わり』を信じています。きっとその子猫は、今度は、辛く寂しく厳しい野良猫ではなく、飼い猫として、または、別の生きものとして生まれ変われるのではないかと。むしろ、その為の事故だったのではないかと。 即座に市役所に連絡もして、お花も添えて貰って、子猫は、沢山の『徳(とく)』を頂戴していることでしょう。自分なりの供養をしてあげたのなら、それで十分だと思います。多くの哀しみや後悔は、時間が過ぎることでしか解決出来ません。 『一生、頭から離れない後悔』ってのは、大なり小なり、誰しもが持っているものです。ややオカルトっぽくなりますけど、貴殿がペットを飼いたいとか、飼えるような状況になった時、または、買い物がてらに、ペットショップとか譲渡会などを通り過ぎたときに、ふと『何か』を感じることがあるかもしれません。 今の後悔は、貴殿に「何らかの変化が必要な事」を指し示しているのかも。貴殿が現状で優柔不断な性格に悩んで居るとして、徐々に『即実行型の性格』になれたのなら、その子猫に心から感謝すれば良いのではないでしょうか。 長文・駄文・誤字陳謝。