「ミニヨンの歌」はゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』に登場するジプシーの少女が歌う歌です。これをはじめて日本に紹介したのは訳詩集の『おもかげ』で、森鴎外の訳ともその妹の小金井きみ子の訳ともいわれています。
「レモン」の木は花さきくらきはやしの中に
こがね色したる柑子はたわヽにみのり
青く晴れし空よりしづやかに風吹き
「ミルテ」の木はしづかに「ラウレル」の木は高く
くもにそびえて立てる国をしるやかなたへ
君と共にゆかまし
以下第三連まであり、いずれも「しるやかなたへ君と共にゆかまし」で終わっています。「南の」の言葉はありません。
1866年にフランス人のトマが『修業時代』をもとに三幕の歌劇にしたてて作曲をしました。手元の楽譜(安っぽいやつ)で辞書をひきつつ推測したところでは。
あなた、ご存じ オレンジの花咲く国、
金色の 果物の国 深紅のバラの……
という具合で、ここでも「南(sur)」ということばはでてきません。どうやら「君よ知るや南の国」という言い回しは、トマの曲の出だしに日本語合わせてできあがっただけのもののようです。「君よ知るや南の国」と言うとなにか抒情的なものを感じるかもしれませんが、「Do you know the south land?」と訳してしまえば味もそっけもないとか。
上の楽譜に載る訳詩(桃園京子訳)は
君よ知るや南の国 黄金の陽は照り輝く
空の彼方青く晴れて 夢も青きわが故郷よ
・・・・・・・
南の国こそわが故郷
・・・・・・・
忘れがたき森の木陰
・・・・・・・
夢をさそうわが故郷よ
ああ幾山川遥かに超えて帰り行かん
・・・・・・・
南の国こそわが故郷
故郷だらけですね。口直しに「おもかげ」訳を敷衍して最後のリフレインを
いつかそこへ あなたとごいっしょできたらいいのにね。