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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:信号のない横断歩道)

信号のない横断歩道でのドライバーと歩行者の関係について

このQ&Aのポイント
  • 信号のない横断歩道では、ドライバーは歩行者に気づいたら必ず停止すべきです。
  • しかし、ドライバーが止まらないこともあり、歩行者は自己防衛の観点から譲る姿勢を持つべきです。
  • 交通ルールを守るドライバーばかりではないため、歩行者は自身の安全を守るためにも注意が必要です。

質問者が選んだベストアンサー

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  • eroero4649
  • ベストアンサー率32% (11072/34514)
回答No.13

私は質問者さんと同じ考えで、現実主義者です。 私の自宅近くのあるT字路は、私は有線道路側を走っていても必ずT字路の前で徐行します。住宅街なので後続車両もありません。以前にそこで何度かぶつかりかかったのですが、いつも一時停止側の人が見ないで出てくるので、こちらが優先道路ですが徐行するのです。実際、たまーにそこでやっぱり見ないで出てくる車があって、私が一時停止して先に行かせることもあります。「事故ったら負け」だと思っているからです。 しかし世間には、ご主人のような律法主義の人も少なからず存在します。「世の中の全ての人が法を守れば問題は起きない」と考える人です。圧倒的に男性に多いです。 ユダヤ教では、安息日には働いてはいけないという決まりがあります。パリサイ派と呼ばれるユダヤ教徒の人は「そう決まっているから絶対に働いてはいけない」と考えます。もし安息日に病人やケガ人が出たときに医者はどうすればいいのか?働いてはいけないので、治療をしてはいけません。もしそれで病人やケガ人が死んだら?それはしょうがないのです。安息日にそんなことになった人がいけないのです。 日本では、輸血をしてはいけないという宗教上の決まりを頑なに守って子供が亡くなってしまったという事件が昔にありましたね。 というわけで、それはもう旦那さんにとっては「信仰(価値観)の根幹」に関わる重要なことなので、譲ることはできないのです。「自分の正義感を曲げて事故を起こさないより、自分の正義感を貫いて事故が起きるほうがまし」と考えるのです。これはもうその人の人生観の根幹に関わることなので、他人がとやかくいってもどうにもならないのです。

noname#218117
質問者

お礼

回答ありがとうございます!まさに「律法主義」そのものです。彼の価値観をうまく説明してくださり、ありがとうございます。 ユダヤ教の例もわかりやすかったです。 すごく納得しました。正義感にもとづいているから、譲れなかったんですね、きっと。 争っても無駄なことなのでこれからは娘と私だけ事故らないように気をつけていきたいと思います。

その他の回答 (12)

回答No.2

旦那さんの言っていることは正しいですが、言い方が悪いですね。 世の中は法律でがんじがらめになっているわけではないです。 余計なトラブルは避ける方法があるのなら避ける。これが成長というものです。 「愚かなものには、ただ頭を下げよ」 全てにおいて奥様が一枚上だと思いますよ。

noname#218117
質問者

お礼

ありがとうございます。法律はいつも正しいだろうけど、いざというときに判断して命を守るのは、自分ですよね。

  • tzd78886
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回答No.1

私も旦那の考えに賛同します。迷っていたりすれば車の方も「通れるんだろう」と思ってしまいますが、渡り始めてしまえば撥ねれば自分が加害者になってしまいますからそんなことはしません。相手がやたら飛ばしていたり飲酒運転をしていたとすればまた別な問題ですが、そういう時には見ていれば分かるでしょうから旦那も無理に渡ろうとはしないでしょう。

noname#218117
質問者

お礼

ありがとうございます。