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どうしても「~たら、~れば」と感じること
どれだけ前を向こうとしても、「あの時~していれば・・・」と思うことはありますか? 私はもっと若い時(20くらいの時)にさっさと都会に出て来れば良かったと思っています。 田舎も嫌いではないのですが、最近都会へ来てやっと価値観が完璧に合う友人に出会えましたし、 今まで外出が嫌いだったのが、いろんなお店があって買い物が楽しくて、 おしゃれも楽しめるようになり、 外見も美しくなり、生まれて初めて可愛い、綺麗と言われるようになりました。 また、20年間ずっと身体のことで悩みがあったのですが、 都会の名医に見てもらったらすんなり治ってしまいました。 もっと若い時に出ておけば・・・無駄な時間を過ごしたなぁ、と思います。 田舎でも、その土地で自分なりに頑張ってみましたが、これと言った知り合いにも巡りあえず、 何度も何度も深く苦しんだ時間がもったいないなと思っています。 いくら前を向いても、貴重な時間は取り戻せないんだと感じてしまいます。 都会だから、田舎だから、と言う問題ではなく ただ単に巡り合わせの運がなかったとも言えるのですが、やっぱり・・・と思ってしまいます。 みなさんもそのようなことはありますか?
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- yoruaru-q
- ベストアンサー率17% (476/2703)
>みなさんもそのようなことはありますか? あります。ありますが、ほんとうに「たられば」で語り、優劣はつけられるのか?という風に続きを考えてみました。 田舎と都会の両方で暮らしてみると、田舎は一人でなんでもできないといけない。都会は専門的にできないといけないという差があると思います。 田舎では省略されるものが都会では専門的に掘り下げられていることがあります。 そういうことで自分の価値観が田舎では省略されてしまう人には、都会の方が価値観のあう友人にも出会いやすいと思います。おしゃれも楽しめるようになるというのはよくわかります。 ただ、田舎ならあったはず、自分でできる・できないといけないはずのことが、意外と都会の人はできないんですよね。 田舎は全部を含んだ村になっているが、都会は専門性ごとに村になっている。ただそれだけの違いなんだと思っています。それもそのはず、人間に与えられた時間は平等なので。 ただ、専門的であればいいかというと、それだけではだめみたいです。 たとえばおしゃれなデパートの店員さんの仕事は専門的な服飾の仕事のはずなんですが、休めなかったりしていろいろ大変です。 田舎の「なんでも自分でやるぞ」という感じの動き方で都会の専門性を渡り歩きつなげあわせるようなやり方か、都会で生まれたので専門性の先端まで行って世界とつながるようなやり方のどちらかできるようであれば、都会ではプラスアルファの体験ができるのかもしれません。
- dorce0000
- ベストアンサー率29% (872/2971)
病院探しや名医選びって、行く前の、電話やネットの段階でかなり精度を高められますからね。 私は海外在住時に、日本でどの病院や医師にかかるかを調べ倒して、いい病院を2、3ピックアップし、その全てに念のため受診しました。 調べた中でのベスト5のうち2病院は地方にありましたから、実際地方に交通費もかけて足を運びました。 本当に悩んでる深刻な事だったら、セカンドやサードオピニオンをとることぐらい、当たり前じゃないかと思います。 どうでもいい軽い症状で近所の病院受診したら、医療事故起こされたっていうなら、本人にはどうしようもない問題ですけど。 私素人ですが、担当医師を選ぶ時に、その医師が発表している論文も調べた事あります。 >田舎でも、その土地で自分なりに頑張ってみましたが、これと言った知り合いにも巡りあえず、 田舎在住のせいにしていますけど、医療の件に限っても、海外にいる私ですらできたことも、質問者さんはやったように受け取れないので、本当に書かれているほど「田舎にいたせいで、本当は人の何倍もあったポテンシャルを潰された私」なのか疑問に思います。
お礼
お礼が遅れて申し訳ありません。 「田舎にいたせいで、本当は人の何倍もあったポテンシャルを潰された私」 私の文章が、こういう風に取れるものであったなら、それは私の書き方が悪かったです。すみません。 私は人より何倍もポテンシャルがあるとは思っていません。 むしろその逆です。 今までの人生で、自分に実力がないと痛感したからこそ、 もっと他人の協力が得られる場所を探すべきだったし、 自分も他人に貢献するべきだったし、 運やめぐり合わせが必要だったと感じたわけです。 むしろ、若い時のほうが自分の力を過信していたと思います。 大学進学の際は、都会へ行くことも考えたわけですが どの場所であろうと本人次第で輝くことができると思ったので、 ここで地に足をつけて、できることをやってから都会に行こうと決めたわけです。 だけど、やれることをやってみたからこそ 私はある程度恵まれた環境にいないとどんどん堕ちていく人間だという 弱い面を思い知らされたわけです。 素直にあの時、自分の弱い面を受け入れてもう少し居心地の良い場所を選んでいれば・・・と思うこともあります。 自分の体の悩みについては、確かに日本中の病院を調べ倒してはいません。 それは私の努力不足です。 でも、病気改善や体質改善って、まずは本当に完治するのかと信じられることが第一だと思いませんか。 私の体質は、一般的には不治で、対処療法で凌ぐというのが主流です。 うちの母親も色々調べてくれ、小さい頃は県内の病院に連れられましたが、田舎で病院をハシゴするのに限界が来て諦めたそうです。 私もそんな母親を見て、すっかりあきらめムードになっていました。 その時少しでも治ると助言してくれる人が周りにいれば・・・と感じてしまいます。 都会の数多い病院ならば、完治までは行かずとも、希望をくれる医者や知り合いに出会う確率は格段に増えたと思うのですよね。 もちろん確率が増えるだけで、たまたま巡り合わせが悪かったとも思っているので、その点については最初の質問文に書かせていただきました。 長文になってしまいすみません。 今できることをやろうと思います。
女として一番いい時期をを逃した 一番いい時期って思うのは今がいい時期じゃないからじゃないですか。 一番かどうかはわかりませんが どの時期だって生き生き輝くことはできますよ。 あなたは今を楽しんでない充実した生活をしてないから過去に戻って後悔してるんじゃないですか。 今を生きてみて下さい。 今を充実させたら過去に戻る気持ちはなくなりますよ。
お礼
回答ありがとうございます。 お礼が遅くなってすみません。 確かに、充実できないのはあると思います・・・ 少しずつがんばってみます。
- HeyXey
- ベストアンサー率26% (134/497)
あるけれど、それは錯覚だと知っています。 こういう思考を“反事実思考”と言います。たいていは『ああすれば良かった』という上向きの思考になります。『ああしてれば最悪だった(けど、しなくて良かった)』という下向きの反事実思考にはなりません。それは、私たちには『もっと、もっと』という欲求があるからです。『もっと、よりよく生きたい』『もっと、意味のある人生にしたい』という欲求があるからです。 そして、そういう上向きの反事実思考をすることによって、『この先のもっと良い選択に活かしたい』と考えるからではないでしょうか。『後悔したくない』のです。『損したくない』のです。 じゃぁ、なぜ、その時に「今考えているようなこと」をしなかったの?と尋ねてみればいいのです。きっと、理由があるはずです。もっと悪い選択肢もあったはずですが、それを選ばなかったことは褒められることがありません。この不公平は、『もっと、もっと』のバイアスが心にかかっているからです。
お礼
回答ありがとうございます。 確かにそうですよね。 私がすぐに都会に出なかったのも、今となっては記憶が曖昧だけれども、 経済的な事情と、「田舎でも何かできることはないか」と考えたからだと思います。 今考えてみると、都会を出る選択肢のほうが正しかった気がしますけど、 それって、ギャンブルで外れを引いて後からああしとけばよかったと思うようなものですよね。 ただ、人生の経験はギャンブルと違って負けて終わりではないですし 若いうちに都会に出てたら最悪事故に巻き込まれて死んでいたり、 今よりもっとひどい状況になっていた可能性はありますよね。 もっと悪い選択肢だった場合のことも考えて、 逆にポジティブになろうと思います。ありがとうございました。
大学を出ていれば今みたいに土日も祝日も働かなくてよかったのかなと思うことがあります。 ただ大学に行ってそのまま資格を生かした職業をしてたら今みたいに自由な感じもなかったかもしれないとも思います。
お礼
回答ありがとうございます。 子供の時に将来を見通すのはかなり難しいことですよね。
~たら~れば いくら前を向いても、貴重な時間は取り戻せない って、前向いてないですよね。 前向いてたら過去を振り返らないはず。 後ろ向いてませんか 振り返ってませんか。 いくら前を向いても、貴重な時間は取り戻せない 当たり前です。 過去は変えられないし戻ってこない でも未来は自分の好きなようにできる。 今を出発点にすればいいんですよ。
お礼
回答ありがとうございます。 前を向こうとしても、やはり「女として一番いい時期を逃した」というがっかり感が大きくなってしまいます。 今まで若いから、と逃げれていたことが逃げられなくなったからかも・・・ とにかく、思考停止せずもうちょっと色々行動してみます。
- smailsmail
- ベストアンサー率25% (66/256)
オランジーナゆりさん、こんばんは ありますよ~。たられば。 基本的には、選択肢が多すぎることによる弊害ですよね。 選択肢が多すぎて、後になって、アレもしていたら、これもしていたら、となる。 まずは選択肢を少なく絞ることが必要ですね。欲張りは本当に不幸です。 極端に言えば、どうしても一つだけ手に入れたいものは何?、と考えることですね。 私の場合は、普通に恋愛して結婚したかったです。 でも無理でした。今は40過ぎです。 なぜ無理だったかというと、就職に失敗したからです。 就職自体はできましたが、給料は安く、ボーナスも殆ど出ませんでした。 会社への距離も遠く、通勤も辛かったです。 好きな子はいましたが、もしかして自分のほうが収入が少ないのではないかと くだらないプライドで、転職するまでは告白しないぞ、と決めました。 ところが転職活動はなかなかうまく行かず、5年もたってしまいました。 このままではお互い歳をとってしまうと、焦り、 漸く食事に誘うと会ってくれましたが、その時にはもう結婚を決めていました。 もっと感情に素直になっていたら・・・悔やんでも悔やみきれません。人生を台無しにしました。 そのあと、なんとか転職し、仕事も掛け持ちで仕事ばかりしてきましたが、 ここ数年やっと余裕が出てきたところです。 しかし、やはり思い出しては、たられば、です。 くやしいです。 オランジーナゆりさんは、ちょっと遅れてしまったかもしれませんが、 まだまだ充分に若く、全然問題無いですね。 今を、楽しんでくださいね。 では。
お礼
回答ありがとうございます。 質問者さんの過去のエピソード、少しだけお気持ちが分かります。 私もプライドが邪魔してチャンスを逃したことがありました。 特に、人間関係はタイミングが重要ですよね。 考えすぎず、行動すれば、何か変わったかもしれない。 そういう気持ちが1番自分を苦しめてしまいますよね・・・ 貴重なお話をお聞かせていただいてありがとうございました。 私の周りの人も、色々な過去があるのかもしれないと再確認できるようになりました。 自分だけ、と思考停止せず、まずは行動してみます。
- obrigadissimo
- ベストアンサー率23% (1613/7000)
お望みの回答にはなりませんが 【来る者は拒まず、去る者は追わず】 の後者を追ってしまった経験や 【ぼくは若いころに斜めに構えていて、 いろんなことを吸収できずに大損した。 糸井重里】 の糸井さんのようなことも有ったりしますが、 時・心が、ここに至らずということで、仕方がない次元の ことではないかとおもって、いまは殆ど考えないように しています。 更に余計なことになりますが 《~たら、~れば》は、創意工夫・発明・発見に 必須なことですので、これからは、そうしたことに 適用するようにしてみては如何でしょうか。 こんなことを書くのは質問者さまが自身で描いた ライフデザインの目標に向かって完全燃焼できていない ような雰囲気なのが気になってなのですが……私の 想い過ごしなのかもしれませんな。 いまは、インターネットなどで、広く情報が得られますので、 国内のみならず、時間と空間は狭まっているのではないでしょうか。 個人的には、時間と空間よりも、感覚……センスが重要な気がします。 糸井さんが斜めに構えたのは知性というよりも感覚が そうさせたのでしょうから~~~~ 広く数多く世界を旅してみませんか。 それで、また、ちょっと違った訪れが 質問者さまのエスプリにあるでしょう。 Have a nice time! All the Best.
お礼
回答ありがとうございます。 お言葉に色々と考えさせられました。 なんとなく、私は数年超えられなかったハードルを超えて、 別の視点が見え、今までの自分が小さく見えてきてしまったのだと思います。 長い時間、自分で自分の首をしめてしまい、苦しむこともありましたが 今の自分を信じて、これからの目標を立てようと思います。
- ShirokumaX
- ベストアンサー率31% (290/932)
人格を疑われそうな回答をしますが。 何で自分は女性に対してこんなに紳士的過ぎるんだと思うことはあります。欲望に任せて後先考えずアレしちゃうということがなぜ自分にはできないのかと。 頭の中はその女性のヌードでいっぱいで気が狂いそうなのに、お茶飲む関係だけで終わった美女たちが、少なく数えて5人はいますね。あの時もっと強く出ることができたら・・・後悔だけですよ。 しかもその後、ある意味天使、ある意味悪魔な女性と出会い、気楽にそういうことをするという能力を奪われてしまいました。いま私がそういうことを気楽にするようなことをしたら、本当に人でなしと言われても仕方がない、そういう自分になってしまいました。 おかげで縁のなかった美女たちとの出会いがますますもったいなく思えて・・・。 考えたら悔やまれるだけなのでこの辺で終わります。
お礼
回答ありがとうございます。 何事も執着してしまうと 逆にすぐに手が出ない時ってありますよね・・・ ShirokumaXさんは本気で悩まれているのだと思いますが 少しコミカルな題材にほっこりしてしまいました。すみません。
- tera1999
- ベストアンサー率24% (245/991)
ありますね。たくさんあり過ぎて数え切れません。 グループで分ければ。 親しくしようと近づいてきてくれた、かつての友人を「つまんないやつ」なんて、疎んじてしまったこと。それも、2,3人います。ちゃんとおつき合いしていれば今頃心強い親友だったのに。(男性編) せっかく好意を寄せてきてくれた女性を同じく、つまんない理由で無視したりしてしまったこと。いま思えば地味に見えただけで、ほんとうはいい子だったのに。後から思ったってもう遅いです。(女性編) 明らかに、お相手が誘ってきてるのに気づかなかった、アホさ加減。これも何度も。(女性とのエッチ編) 妻を亡くして、自暴自棄になって数千万ものお金をドブに捨てるようなことになった。 自分の未熟さ。もう少し落ち着いていればよかったのに。(金銭編) あのとき、公立高校に進学していればもっと違った人生を歩んでいたはずなのに。(進学編) もう悔しくて、悔しくてならないときが、多々あります。 すべては、終わったこと。 でも、私は定年退職まで頑張って働いて、時間ができたら、それらを含めた「自分史」を書こうと思っています。ジェットコースターのような人生だったので、丁寧に振り返りながら書くつもりです。 誰でも一本の小説は書けるといいますので。 ご参考まで。
お礼
回答ありがとうございます。 自分史、素敵なお考えです。 私も子供ができた時、「お母さんね、昔こんなことがあったのよ。 でもなんとかなったから大丈夫、あなたもなんとかなるからがんばりなさい」と背中を押してあげられるような母親になれるよう精進します。
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お礼
回答ありがとうございます。 お礼が遅くなってしまい申し訳ありません。 回答文を読みながら、思わずうんうん、とうなずいてしまいました。 私が長年感じていた違和感を代弁してくださったようです。 今までのモヤモヤがスーッと晴れて行きました。 私はどちらかと言うと、物事に対して突き詰めていくタイプで その過程が一番大切なので、省略されると悲しくなってしまいます。 その反面、地元の友人は将来を見据え、さっさと車を買ったり、結婚したり、親戚ともたくさん交流していて、高い生活力を身につけていて、私はどちらの良さもないな・・・と思っていました。 結局どちらが性に合っているかといったことだったようですね。 田舎で育んだ強みを生かして、都会生活を楽しんでいこうと思えるようになりました。 貴方様のご回答、おそらく一生忘れられないものとなると思います。 大切なお言葉を本当にありがとう。